目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

6. 愛情って難しい ― フィッシュボールと炭火焼きのミール

「昨晩はすまなかったな!」

「謝罪が軽い!」


 シャンカルの店が開店時間になり、追い出された俺とサンズはトボトボと街への道を歩く。


 サンズにしてみれば、そもそもそんなに悪いことをしたって認識じゃないんだろう。

 シャンカルにも「ザジさんにも悪いところがある」と言って叱られたし、とりあえず手打ちにするか……。


 ワンチャンいけると思われてた件については、一旦忘れたフリをしておこう。

 フリだけどな。フリ。


「詫びとして、何か奢るぜ」

「お、サンキュ。じゃあ、今日は鍋持ちの店で奢ってよ」

「鍋もちか、まぁいいだろ。じゃあ行きつけの飯屋に連れて行ってやる」

「サンズ、ふだん鍋持ちの店なんて利用してんの?」


 ブルジョアだなー。


「いや、その店はめっちゃ安いんだ。六十近いジジイがやってる店なんだが、あそこで食う×××うどんは最高なんだ」

「うどん! おー、楽しみ!」

「注文は任せてくれ。お勧めをご馳走する」

「任せる任せる」


 繁華街へ向かう。

 カリタもそうだったが、この街(タマス)も繁華街は石畳である。

 石畳はアスファルトよりも清潔さを保つのに向いているので、積極的に使われているようだ。


 繁華街に入ると、雑多な音が混じり合っていかにも東南アジアって感じ――いやここは東南アジアじゃないっていうか、そもそも地球ですらないのだが。


 でもって、道道いろんな人に話しかけられた。


「昨日のにいちゃんじゃないか! うちで食ってけよ!」

「ダンスすごかったな!」

「今日もアレ見せてくれよ、後ろ向きに滑るやつ!」


 な、なんかめっちゃ顔覚えられてる……。


「うーん、お前、あっという間に街に溶け込んだな」

「そうだね。ありがたいこってす」

「……やっぱりお前おかしいぞ。この辺じゃよそ者はあんまり好かれないもんだ」

「そなの?」

「料理人崩れとか、窃盗団とかが来ることもあるからな……どうしても警戒されるんだよ」

「あー」

「だが見ろ。誰もお前を警戒していない」

「警戒されるようなこと何もないからねぇ」


 つか、警戒すべきはお前だ。変態野郎め。


「ところでさっき誰かが『今日も踊ってくれ』って言ってたけど、なんかあるのか?」

「いや? 特には……ああなるほど」


 サンズは中央広場の方を指さして、


「昨日もそうだが、祭りってわけじゃないんだ。最近はあの辺で歌ったり踊ったりするのが流行ってるだけで」

「なんと」


 てっきりお祭りの最中に到着してラッキーだったのかと思ったわ。


「じゃあ、サンズは今日は……」

「昨日と同じ。夕方から警備だ」

「へー」

「お前みたいなのが来ないように見張っとかないと」

「はははは。何を馬鹿な」


 俺が笑うとサンズはジトっとした目で俺を見た。


「な、何?」

「いや、考えてみたら一緒に踊ったくらいで警戒を解くのは役割の放棄だったかな、と」

「そうかもね。今からでも捕まえてみる?」


 逃げるけど。


「いらん。だが気を引き締めねば……」

「そういや、サンズは料理人じゃないんだろ。なんで自警団なんかにいるの」

「無職だからだな」

「無職?」

「俺の本来の仕事は、農家の補佐だ。料理人だけじゃ賄えない仕事――まぁ刈り取ったりはできないんだが、それ以外で手伝えることはいくらでもあるだろ」

「まぁそうだね」

「そういう仕事をしてたんだけど、時期によっちゃ暇でな。雇い主もあまり手広くやるつもりはないんだと」

「あらら、歳とかの問題?」

「歳? なんで?」


 あ、そういえばこの世界って歳を取らないんだった……。

 生まれ落ちた? 時点で20歳なら、ずっと20歳のままだ。

 じゃあ80歳とかで体がほとんど動かない状態でこっちにきたら大変じゃん……と思ったが、その場合は働ける年齢くらいまで若返って生まれてくるそうな。

 だから「若返ったぞー!」とか言って弾けちゃうジジイババアも結構いるらしい。

 そういや昨日のお祭り? じゃないか、アレが平常運転だった――まぁとにかくダンスの輪にわりと高齢な人が混じってたっけ。


 そういうのってなんかいいよね。

 ただ、子供をほとんど見かけないのは気になるけど。


「ほら、ここだ」

「お、立派な鍋。でもおたまが下向いてる閉店中よ?」

「いいんだよ。親父ぃー! 俺だ、サンズだ!」

ウェイ! サンズ、今日は早いな?」

「今日は客を連れてきた。ザジだ」

「あ、ども、ザジです」


 閉店中の店に躊躇なく入っていくサンズを追って店内に足を踏み入れてみれば、なんだか上質っぽい空間だった。

 なんと床がフローリングだ! えー、お金かかったろうなぁ……一階で営業してる店なんてほとんどが土間なのに。それに、客席と厨房が分かれてるし、えらく清潔感がある。もしかすると高級店の部類なのかもしれん。

 安いとか言ってたけど、サンズの財布は本当に大丈夫なんだろうか。


 とか思ってたら、煙管片手に休んでた親父さんが俺の顔を見てカパッと笑った。


「おお、お前は×××××昨日?」

「ん、なんて?」

「昨日噂になってたやつか? だって」

「噂になってたのか、俺……」


 あんまり目立ちたくないなぁ……。

 気分の問題もあるけど、一応は役割上ね。

 とはいえ。


「やーやー。どうも、カリタから来たザジと申しやす、ども、ども」

「おお、カリタからか。ゆっくりしてけ」

「ども!」

「で、何食うんだ?」

「俺、いつもの。こいつにも同じのを出してやって」

「アー」


 親父さんが煙管をカツンと叩いて消し、奥へ引っ込んでいった。


「……閉店中なのに大丈夫なの?」

「大丈夫だ。もうすぐ開店だし」


 気になって訊いてみたが、問題はないらしい。

 奥から「サンズ! お玉を返しておけ!」と声がして、サンズは「アー」と言って外の鍋のお玉をひっくり返した。営業開始である。

 にしても、サンズは随分と手慣れている。


「えっと、このお店はサンズの……?」

「寄り親の店だ。さっきの親父……ジアンが俺の親ってわけだな」

「ほぉん」

「……昨晩のことは黙っとけよ?」

「あ、やっぱまずいんだ?」


 思いを寄せてるはずのシャンカルに告げ口しても平気だったくせに、親にバレるのはまずいらしい。


「あの世代だと、ああいう遊びはダメらしい」

「俺もダメですけど?!」


 若ければ全員 OK だとか思ってないか?

 冗談じゃねぇぞ。


「親父……ジアンは特にその辺はお堅い人でな。変に心労をかけたくない」

「俺にも心労かけないでよ……」

「隙だらけのお前にも問題あるだろ」


 シャンカルも言ってたけど、これから同年代の野郎には気をつけねば……。

 チョロいバックパッカーだと思われたら困る。


 そうこうしてるうちに、料理が運ばれてきた。


「うわぁ、すげぇ!?」


 料理は、えらくゴージャスだった。

 いろんな肉とハーブが大量に入ったうどんHu Tieu――断面の丸い太めのフォーと、巨大な葉っぱの皿に並べられた大量のミール。

 中央にはいつもの赤米。その周りには揚げ豆腐にひき肉がかかってるやつ、玉ねぎのアチャール、何かの肉の炭火焼き、ぐずぐずになるまで煮込まれたスパイス風味のナス(っぽい何か)、あと……あっ! この肉団子、魚だ! 近くに海はないはずだし、川魚かな? なんかめっちゃゴージャスなんだけど、お高くないんです? サンズの「めっちゃ安い」って発言の信ぴょう性が薄くなってきたぞ。


「めちゃくちゃ旨そう!」

「お、今日は豪華だな」

「いつもは?」

「もう少し品数が少ない。いいから食えよ、味は保証するぜ」

「いっただっきまーす!」


 食ってみれば、どれも見た目よりも優しい味だった。

 全部旨い! 麺と米両方ついてくるのも珍しい。日本だと日常茶飯事だけど、他の文化圏では炭水化物と炭水化物の組み合わせはかなり珍しい。


「うめ、うめ」

「だろ?」


 基本全部辛いが、激辛って感じでもない。スパイス風味のアチャールはびっくりするくらい酸っぱくて、炭火焼きと一緒に食べるとめっちゃ美味。あっ、この炭火焼きもいい、甘辛くてスパイシー。ちょっと筋っぽいけどコリコリしててそれがまた旨い。


「あ、この団子やっぱり魚だ。うまー」

××××ナマズだ。近くの沼でたくさん漁れるんだ」

「ふわふわだけど、プリっとしてていいね。それに味が濃い!」

「うどんに入れて崩して食ってみろ」

「ふむ……おお、いいねいいね」


 うどんは魚醤とスパイスの風味で……これ一体何種類の具材が載ってるんだ? えっと、鶏、豚足?、さつま揚げっぽいやつ数種……あ、これも魚だ! そこにナマズの団子を入れて啜ると絶品。

 ハーブいっぱい入れちゃお。×××マナウも絞ってと。


「うんんんまっ!」

「だろう?」

「でも、お高いんでしょう?」

「全然。もうすぐしたらめちゃくちゃ混むからとっとと食っちまえ」

「あいあいさー。うおー、このナスも旨い、っていうか辛い。ひー」


 ナスだけは普通に辛かった。


「ボリュームも満点だし、これで安けりゃそりゃ流行るわ。でもこれだけのもの出すの大変じゃね?」

「いや、ここの昼は日替わりで一種類しかメニューがないんだ」

「あれ? さっき『いつもの』って言ってなかったか?」

「あれは通常メニューに『うどんも追加』って意味。賄いだよ」

「わがまま息子だ!」


 オープンキッチンではないが、店の奥でおっさんが仕込みしている姿が見える。

 すごく真面目な仕事っぷりだ。

 人にうまいものを食わせたいって情熱が伝わってくる。


 ゲイルを思い出す。

 元気かなー。


「食った食った」

「なぁ、もう一件行けるか?」

「んー、軽食ならギリ」

「なら行こう。親父! ツケといて!」

「月末までしか待たんぞ!」

「わかってるって!」


 あー親子の会話だなーと思いつつ、店の外へ。

 次行こう、次!


 ▽


 ところで、俺には親族がいなかったりする。

 物心ついた時には、祖父母の家にいた。

 両親はなんでも飛行機事故だかで仲良く亡くなったらしいが、曰く祖父母と両親はあまり仲が良くなかったとのことで、詳しい話は聞かせてもらえなかった。

 じいちゃんは時々「あの放蕩息子らめが!」と文句を言っていたが、親父の形見だという懐中時計を大切に飾っていたあたり、本当に仲が悪かったわけではないのだろう。


 愛情って難しい。


 そんな祖父母は俺にめちゃくちゃ愛情を注いでくれた。

 じいちゃんは厳しくて、勉強や道場をサボるといつも怒鳴られた。

 ばあちゃんは料理上手で穏やかな、無口な人だった。

 どちらも、いつだって俺を最優先してくれたのだ。


 二人とも俺が高校に上がってすぐくらいに鬼籍に入ってしまったが、ジジイは亡くなる寸前まで「座一は真っ当な仕事についてくれ」と言っていた。おかげで大学卒業後までの生活費にも困ることはなかった。


 でもって、多分だけど、じいちゃんたちと両親が仲違いしてたのって、両親が俺と同じ性質を持ってたから――つまり「放浪癖があったから」なんじゃないかなぁ、と想像している。死んだ理由が飛行機事故ってあたりで信憑性マシマシ。


 子供(俺)を残して旅行先で死んだりすれば、そりゃ文句くらい言いたくなるだろう。だというのに、その両親そっくりの俺を可愛がってくれたのだから、祖父母には感謝しかない。

 両親の話をあんまりしてくれなかったのも、俺が旅行に興味を持たないようにしたかったのかもしれないな。


 高校に入ってすぐくらいだったか。

 俺が「旅に出たいからバイトする」と言い出した時、二人は一体どう思ったのだろうか。もはや分かりようもない。


 それでも結局は「しょうがねぇな」みたいな顔をして笑って送り出してくれた。

 愛情たっぷりの、優しい人たちだったのだ。


 でもって、結局真っ当な仕事にはつけず、俺は今もこうしてあの世でバックパッカーなんてしてるわけだ。


 大好きなじいちゃん、ばあちゃん。

 ごめんよ。親不孝な俺を許してくれ。

 もう墓参りにも行けなくなっちゃったけど、ザジはちゃんと幸せに生きてますよ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?