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光よ、我が祈りに応え給え 〜最強浄化の聖女候補、お嬢様は信仰を集める〜
光よ、我が祈りに応え給え 〜最強浄化の聖女候補、お嬢様は信仰を集める〜
まりあんぬさま
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年06月20日
公開日
1.2万字
連載中
瘴気に包まれた大地は、死を孕んでいた。 かつて神の恩寵が注いでいたというこの地は、今や毒の霧と呻く魔物の巣窟へと成り果てている。 人々は怯え、誰かを待ち望んでいた。 希望を、救いを、そして――奇跡を。 その日、配信が始まったのは午後第七刻。 空に浮かぶ神聖庁の“祈視録オラクル・アイ”が、少女の姿を映し出す。 白銀の髪に、光を織り込んだかのような祈衣。 掌を胸に当て、少女は祈るように小さく息を吐いた。 「――我が名は、エリシア=カーヴェル=ローゼンシュタイン。  聖女候補として、この地に祈りを捧げに参りました」 その声音は、透き通るように静かだった。 だが、同時に不思議な重みと温もりを含んでいた。 瞬間、彼女の周囲に淡い光が灯る。 瘴気が揺らぎ、風が浄められていく。 《スキル発動:聖浄ノ光環(セラフィック・クレンズ)》 《共鳴祈祷発生:5人 → 12人 → 47人……》 画面の向こう。 配信を見ていた者たちは、奇妙な感覚に包まれ始めていた。 「……身体が、軽くなった……?」 「頭痛が……おさまってる……?」 ひとつ、またひとつと、心の傷が癒えていく。 病に伏せた子どもが笑顔を取り戻し、争いに疲れた兵士が目を潤ませた。 ――これは、まさしく奇跡だった。 ただの映像ではない。 彼女の祈りは、画面越しにすら届く“本物の光”。 視聴者数は一気に跳ね上がり、信徒登録は雪崩のように増えていく。 《信徒登録:1,204人》 《配信評価:Sランク判定》 《神聖庁記録:奇跡級祈祷、確認》 だが、少女は一切の誇りも浮かべない。 その表情は、ただ――静かに祈る者のそれだった。 「どうか……この光が、誰かの明日を照らしますように」 それが、最強の浄化者にして、聖女候補エリシアの第一歩だった。 この祈りが、いずれ世界を変えると、 このとき誰もが、まだ知らなかった。

第1話 《あなたの祈りは、届きました》

最初にそれを目にしたのは、偶然だった。

 咳き込む弟を寝かせて、古ぼけた端末を開いたとき。

 “おすすめ配信”の欄に表示された、ひとつのサムネイル。


【聖女候補の新人配信|瘴気ダンジョン・第六遺構】

《浄化記録:リアルタイム配信中》


 正直、期待なんてしていなかった。

 こんな小さな辺境都市で、神聖庁の奇跡なんて届いた試しがない。

 聖女なんて、どうせ大都市の金持ちのための存在だ。

 ……そう思っていた。




 だが、彼女が画面に現れた瞬間――息を呑んだ。




 白銀の髪。陽だまりのような金の瞳。

 浮いているのかと思うほど滑らかな動きで、彼女は瘴気の大地を歩いていた。


 その表情に、気高いとか高慢だとか、そんな印象はなかった。

 ただ静かに、真剣に、祈っていた。




 〈……我が祈り、いまここに在らん〉




 その声が届いたとき、画面の端に青白い光が灯る。

 彼女が手をかざした瘴気の地面が、まるで春の陽に溶かされるように浄化されていった。




 《スキル発動:|聖浄ノ光環《セラフィック・クレンズ》》

 《共鳴祈祷発生数:……13人、27人……49人……》




 ――ありえない。

 こんなの、演出じゃない。

 本当に、瘴気が……祓われていく。




 画面越しなのに、胸が熱くなる。

 なぜだろう、背中の痛みが軽くなっている。

 隣で眠っていた弟の咳が、止まっている。




 私は恐る恐る画面右上の「信徒登録」のボタンを押した。

 こんなもの、今まで押したことなんて一度もなかったのに。


《あなたの祈りが共鳴しました》

《信徒登録完了。以降、あなたは聖女候補エリシアの奇跡の対象に含まれます》




 “奇跡の対象”?

 そんなバカな……。




 でも――弟の呼吸は、今も穏やかで。

 部屋の空気が、あんなに濁っていたのに、今は――




 《配信コメント:奇跡かよ……》

 《これ、本物だ……》

 《涙止まらない》

 《信徒登録しました、ありがとう……ありがとう……!》




 コメント欄が、祈りで埋まっていく。

 彼女はそれらを読むことなく、ただ前を見つめ、次の瘴気の淀みに歩いていった。




 〈どうか、この光が――誰かの未来を守りますように〉




 その言葉が届いた瞬間、涙がこぼれた。

 この世界には、本当に“救い”があるのかもしれないって、思えたから。




 私は弟の手を握り、静かに祈った。


「……エリシア様……あなたの祈り、届いてます」




 たとえ、どれだけ遠く離れていても――

 たとえ、もう間に合わないと諦めかけていても――




 彼女の祈りは、届いていた。

 きっと、私だけじゃない。

 世界中の、誰かの心に。




 それが“聖女”というものなら。

 私は、信じる。何度でも。

 この祈りを。

 この光を。


 ――これは、そのはじまりだった。

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