最初にそれを目にしたのは、偶然だった。
咳き込む弟を寝かせて、古ぼけた端末を開いたとき。
“おすすめ配信”の欄に表示された、ひとつのサムネイル。
【聖女候補の新人配信|瘴気ダンジョン・第六遺構】
《浄化記録:リアルタイム配信中》
正直、期待なんてしていなかった。
こんな小さな辺境都市で、神聖庁の奇跡なんて届いた試しがない。
聖女なんて、どうせ大都市の金持ちのための存在だ。
……そう思っていた。
だが、彼女が画面に現れた瞬間――息を呑んだ。
白銀の髪。陽だまりのような金の瞳。
浮いているのかと思うほど滑らかな動きで、彼女は瘴気の大地を歩いていた。
その表情に、気高いとか高慢だとか、そんな印象はなかった。
ただ静かに、真剣に、祈っていた。
〈……我が祈り、いまここに在らん〉
その声が届いたとき、画面の端に青白い光が灯る。
彼女が手をかざした瘴気の地面が、まるで春の陽に溶かされるように浄化されていった。
《スキル発動:|聖浄ノ光環《セラフィック・クレンズ》》
《共鳴祈祷発生数:……13人、27人……49人……》
――ありえない。
こんなの、演出じゃない。
本当に、瘴気が……祓われていく。
画面越しなのに、胸が熱くなる。
なぜだろう、背中の痛みが軽くなっている。
隣で眠っていた弟の咳が、止まっている。
私は恐る恐る画面右上の「信徒登録」のボタンを押した。
こんなもの、今まで押したことなんて一度もなかったのに。
《あなたの祈りが共鳴しました》
《信徒登録完了。以降、あなたは聖女候補エリシアの奇跡の対象に含まれます》
“奇跡の対象”?
そんなバカな……。
でも――弟の呼吸は、今も穏やかで。
部屋の空気が、あんなに濁っていたのに、今は――
《配信コメント:奇跡かよ……》
《これ、本物だ……》
《涙止まらない》
《信徒登録しました、ありがとう……ありがとう……!》
コメント欄が、祈りで埋まっていく。
彼女はそれらを読むことなく、ただ前を見つめ、次の瘴気の淀みに歩いていった。
〈どうか、この光が――誰かの未来を守りますように〉
その言葉が届いた瞬間、涙がこぼれた。
この世界には、本当に“救い”があるのかもしれないって、思えたから。
私は弟の手を握り、静かに祈った。
「……エリシア様……あなたの祈り、届いてます」
たとえ、どれだけ遠く離れていても――
たとえ、もう間に合わないと諦めかけていても――
彼女の祈りは、届いていた。
きっと、私だけじゃない。
世界中の、誰かの心に。
それが“聖女”というものなら。
私は、信じる。何度でも。
この祈りを。
この光を。
――これは、そのはじまりだった。