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第9話 モラル崩壊

「アドメスっ」


 俺はH&CP30Lウィックを撃ちながら、7体目のヘルハウンドへ近づき、アドメスから離れたところをRANBO-06 FEランボーで刺殺した。


「おいっ、アドメス平気――」


 アドメスのおでこに複数の穴が開いていて、皮膚の向こう側の機械が露出している。アンドロイドでなければ、完全にお陀仏だった。


「ど、どうなってますかっ!? 私のおでこっ」


「ほら、こんな感じだ」


 と、俺はランボーの刃を鏡代わりにして己の顔を見せてやる。


「ッ!!? 穴、めっちゃ開いとるやんけっ!!」


 唐突な関西弁。

 これが出たときは、マジで驚愕しているときだ。

 以前その理由を本人に聞いたが、〝なんか勝手に出ちゃう〟とのことだった。


「大丈夫だろ、別に。自己再生機能あるんだから」


「そうですけど、可憐な女の子のおでこに穴ですよ!? 誰かに見られたらどうするんですかっ? こんなの恥ずかしくて、もう歩けませんっ」


 自分で可憐って言うのか。

 それはさておき、ちょっと面倒くさいな。

 こういうときはあれだな。


 俺はアドメスの額に触れ、優しくなでる。


「大丈夫だよ。アドメスは額に穴が開いていても、とっても可愛いから」


「え……? マスター……」


 アドメスの俺を見る目に、何らかの感情が混じる。

 感情を錬磨する上ではいいが、一回り以上年下の女の子相手だと妙な罪悪感を覚える。それが例えアンドロイドだとしても。


「歩けるか?」


「もちろんですっ。さ、コンビニエンスストアに向かいましょうっ」


 すたすたと歩いていくアドメス。

 あの気持ちの切り替えは見習いたいところだ。



 ◇



「まじかよ」


 俺は日本人を過大評価していたらしい。

 近所にあるコンビニを三か所回ったが、どこも食料品に関してはすっからかんだった。

 落ちている食料品の残骸にモンスターによる咀嚼のあともあるが、なくなっているもののほとんどは人間による略奪だろう。


 ちなみに道中、そのモンスターとは出くわさなかった。

 おそらくだが、人間がいなくなったことにより蹂躙のしがいがなくなって移動したと思われる。人間が多くいるほうへと。


 残っているモンスターは、一番最後の連中しんがりなのかもしれない。

 あるいは移動が億劫になったか、はたまた気まぐれか。


「ここも食べ物、何もないですね。どうしますか? 次のコンビニエンスストアに向かいますか?」


「いや、この辺にコンビニはもうない。だからスーパー岩正に向かう」


「スーパーイワマサ??」


「ああ、スーパーってのは――……」


 俺はスーパーマーケットについてアドメスに教える。


「なるほどです。そこにならたくさん食料がありそうですね」


「そうであってほしいね」


 岩正で手に入らないと、詰む。

 なんとなくそんな予感がした。



 ◇



 スーパー岩正へと着く。

 地元民に愛され40周年のスーパーマーケット。

 俺は地元民ではないが、安い惣菜を目当てによくお世話になった。


 壊れた自動ドアから入店する。


 中に入る前から嫌な予感はしていたが、案の定だ。

 棚という棚から食料品は奪われ、腹の足しになりそうなものは何もない。


「俺は日本人を買い被りすぎていたようだ。所詮、人間。タガが外れりゃ、こんなもんか」


「でもどうします? マスター。人間にとって食料はエネルギー源。このままですと、マスターは動けなくなっちゃいますよ」


 零点エネルギーによる永久機関であるアドメス。

 壊れない限り永久に動け続けられる彼女にとって、〝食べれない=動けない〟程度の認識のようだ。そこに苦しみの概念はない。


 例え異世界仕様の体であっても、腹は空く。

 人間の限界を感じた瞬間だった。


「動けなくなったらゲームオーバーだよ。強くてニューゲームなのに飯を確保できなくて序盤で餓死エンドって、そういうリアリティはいらないよなぁ」


「?? 何の話ですか?」


「いや、なんでもない。くそ、もう少し探してみるか――ちょっと待て。もしかしたら……」


 俺はバックヤードへと急ぐ。

 バックヤードは、トラックから商品を降ろしたり、保管する場所。

 そこにならまだあるかもしれないと一縷の望みに掛けていたのだが――、


「ないか。うん、ないな。ないのかよっ!」


「食べる物、ありましたよっ、マスター」


「なにっ!? ど、どれだ?」


「はい、これですっ、褒めて!」


 腐った魚と肉だった。


「食えるかっ!」


 マジでどうするか。

 餓死エンドが現実味を帯びてきたそのとき、俺の視界に扉が入った。


『在庫管理室』


 僅かな期待を抱きつつ、ドアノブを捻る。

 開かない。よし。

 つまり、


 俺は渾身の力を込めてドアノブに蹴りを入れる。

 ミシッっと音を立てて、ドアノブ付近が歪に変形。

 さすが異世界仕様の肉体。力が常人のそれじゃない。

 何度か蹴り続けていると、鍵が壊れて扉が開いた。


「おっ!」


 部屋の中には大量の段ボール箱。

 缶詰を始め、レトルト製品、スナック菓子、更には水まである。

 餓死エンド、完全回避である。


「よかったですね、マスターっ。さ、たくさん食べてエネルギーを補給しましょう。残った食料品はアタッシュケースに入れますよね?」


「もちろんだ。100キログラムぎりぎりまで放り込むぞ」


 俺は腹を満たしたあと、銀のアタッシュケースに食料、及び水を保管する。

 ちなみに銀のアタッシュケース内は、時間が経過しない。

 消費期限を気にしなくていいのは嬉しい。


「残りはどうしますか? リュックサックなどに入れて持っていきますか?」


 額に穴の開いたアドメスが訊いてくる。 

 シュールで笑いそうになるので、あとで包帯でも巻いておくか。


「そうだな。ただ、あんまり荷物を持って歩きたくはないな。そうだ、もしかしたら――」


 ドゥンッ!


 大きな音と同時に、建物が微かに揺れる。


「……なんですかね。今、音しましたよね?」


「ああ、上からだな」


 スーパー岩正に二階はない。

 つまり、音の発生源は屋上だ。

 俺はバックヤードから降りて、トラックの荷受け場に降りる。

 少し離れて屋上を見ると、モンスターがいた。


 緑の鱗に覆われた体。

 首の先にはトカゲを思わせる顔。

 背中には巨大な翼を生やし、広げれば10メートルはありそうだ。


 ドラゴンが不在ならば、天空の狩人としてその存在を誇示していただろうそれは――ワイバーン。


 レベルはゴブリン・レッドナイトを超える210。

 標準のワイバーンだが、経験値は期待できそうだ。


 武器はそうだな、を使うか。

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