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一触即発

「さて、今日の客は人間とモンスター、どちらが多いのかしら……」


 最近の悩みは茜の言う通り、それぞれの比率だった。モンスター相手には、どんな料理を出せばいいか、よく分からない。


 モンスターたちがやって来るのは、どうやらゴブリンの口コミによるものらしい。モンスターの相手は難しいが、その分投げ銭は多い。稼ぎだけなら、配信の方が儲かる。命懸けではあるが。


「どうだろうな。なんだか、モンスターの憩いの場にもなりつつあるからなぁ」


「まあ、今日も営業がんばるわよ!」





 張り切ったのは良かったものの、冒険者タイムにお客が来ることはなかった。


「マジかよ……。最近、配信を見た冒険者が来ること多くなったのにな」


 軽くショックだった。


 こうなれば、モンスタータイムの投げ銭で荒稼ぎするしかない。


 夜十時ジャスト。最初の客が現れた。


 トカゲのような顔つきに二足歩行。手には剣と盾を持っている。おそらくリザードマンだろう。


「おい、ウマイもの食わせろ」


 ど直球だな、おい。


 茜は配信をしながら笑っている。




「何を出すのか楽しみだわ」

「最近、カレーばかりだからな」

「ゴブリンの口コミすげぇw」




 コメント盛り上がってるけど、こっちは命懸けなんだよ!


「少々、お待ちください」


「よし、ワカッタ」


 リザードマンは、シューという音を立てて舌を出し入れしている。


 リザードマンはトカゲに近い。トカゲは何が好きだ? やはり、虫なのか? だが、虫料理を作る技術はない。というか、そもそも材料がない。


 では、どうするか。肉よりは山菜メインでいくのが無難だろう。ならば、冷たい山菜そばでいこう。


 コメントを聞きつつそばを準備していると、新たな客がやって来た。


「いらっしゃい!」


 どんなモンスターかだろうか、と対応を考えていると、そこにいたのは冒険者だった。


「あの、お客さん。今はモンスタータイムでして。冒険者の方が入店すると、トラブルになりかねないので、ご遠慮いただければと思います」


 冒険者は首を横に張って「今、食わないと空腹で死にかねねない」と言って譲らない。


 やばい、これはトラブルの予感。


 茜は、小声で「頑張れ!」と言うだけで、完全に他人事だ。


 くそ、どうにでもなれ!


 二人分の山菜そばを用意すると、それぞれに渡す。




「これ、戦争始まらないか?」

「どっちが勝つか、賭けようぜ」

「早食い競争させようw」




 コメント欄も大盛り上がりだ。どんどんと投げ銭が増えていく。


 早食い競争は面白そうだとは思う。だが、リスクが大きすぎる。二人が店内で戦い始めないことを祈るしかない。





 先に食べ終わったのは、リザードマンだった。


「ウマカッタ」


 それだけ言うと、颯爽と去っていく。リザードマンからの支払いがなくても、投げ銭でなんとかなる。


 リザードマンが店から姿を消すと、冒険者はホッとしたのか額の汗を拭う。


「死ぬかと思った……」


 いや、それならモンスタータイムに来るなよ。


 表情に出ていたらしい。冒険者は、ポツリポツリと語り出した。


「実はな、さっきのリザードマンと戦っていたんだ。ここに来る前に」


「え、ってことは、その傷は……」


 冒険者の腕には、かすり傷があり鮮血が滴っている。


「ああ、あいつにやられた。モンスタータイムなのも、あいつがいるのも知っていた。その上で、店に来たんだ」


 どうやら、かなり空腹だったらしい。


「そうでしたか」


 冒険者とモンスターは、もしかしたら共存できるのかもしれない。少なくとも、食堂の中では。


「お客さん。もし、冒険者とモンスターの時間制を無くしたら、それでも来ますか?」


 彼は考え込むと「分からんな」と答える。


「やっぱり、そうですよね」


 そう言うと同時に、冒険者はそばを食べ終わる。


「ごちそうさま。代金は、これで足りるか?」


 カウンターにお金を置く。


「ええ、十分です。またのお越しをお待ちしています」


 冒険者を見送りながら、決めた。


 明日は、時間制をなくそうと。

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