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第6話ー愛の音ー

そう言いながら俺の頬に触れる。殿下の美しい碧眼が俺を映す。もしこれで襲撃が無かったとしたら、俺はとてつもない不敬を働いている事になる…が。そんな事はどうでも良い。

「テオファーヌ様をお守りする為です。」

俺がそう言うと、殿下は俺のうなじに手を伸ばし、強く引き寄せる。唇と唇が触れそうな程に、その距離が近くなる。

「口付けては、くれないのか?」

そう聞かれ、俺は微笑む。

「このまま何も無ければ、その時は。」

馬車の外で大きな怒鳴り声が聞こえて来る。カチン、ガシャンと争う音。馬車の窓は割られていない。見つめ合う時間が刻々と過ぎる。不意に馬車が止まる。殿下を見つめながら御者に聞く。

「何かあったか?」

馬車の外から御者が言う。

「襲撃を阻止したようです。護衛騎士が怪しい者たちを捕えました。」

そう言われて俺は殿下から体を離そうとしたが、殿下が俺を引き寄せて言う。

「口付けがまだだ。」

そう言った殿下の唇と俺の唇が重なる。


◇◇◇


捕らえられた者たちはそのまま、王都へと連行され、地下牢へと入れられた。誰が手引きをしたのか、また誰の差し金なのか、厳しい取り調べがあるだろう。殿下は馬車から下りると、言う。

「アーデルハイト、ついて来い。」

そう言って颯爽と歩く。俺は殿下の後を歩きながら、馬車の中での口付けを思い出していた。


心と心が通い合った瞬間だった。



夜の王宮の庭、月光の下で俺は殿下と並んで立っていた。ようやく、一つの暗殺を防ぐ事が出来た。しかも俺自身にも何も起こってはいない━━


そう、俺は全てを思い出したのだ。


今まで殿下の傍付きになる事、数多…そして数多の暗殺が起こって来た。


毒矢での襲撃、毒での暗殺未遂、闇夜の襲撃、白昼堂々の狩場での襲撃…そのどれもが殿下を紙一重でお守りして来たが、そのどれもで俺自身が命を落として来た。そして殿下からの口付けで俺はその暗殺が起こる前に戻されていた。殿下の涙…俺の死…。


「アーデルハイト。」

呼び掛けられ隣に居る殿下を見る。

「はい。テオファーヌ様。」

殿下の瞳は、いつもより柔らかく俺を見つめている。

「お前は何度でも私を救うな。」

殿下がそう言うという事は、もう殿下も数多のこの経験、全てをご存知なのだろう。

「私は何度でもあなたをお守り致します…テオファーヌ様も全てを覚えておいででしょう?」

殿下が俺を見て笑う。その笑みが軽やかで俺も嬉しくなる。

「あぁ、お前の死をもう何度、見ただろう…その度にこの胸が切り裂かれる思いだった…。」

そう言う殿下はもう笑ってはいない。

「アーデルハイト。」

殿下の声に震えが混ざる。

「ここから先は茨の道になるぞ…良いのか?」

そう聞く殿下は寂しげな顔をしている。そんな殿下に手を伸ばし、殿下の頬に触れる。

「私はどうなっても良いと…殿下さえご無事であればと、そう思って来ました。」

殿下が俺の手に頬擦りするように寄り添う。

「でも、それは違っていました。それは殿下の、テオファーヌ様の望む事では無いと気付いたんです。」

殿下が俺を見て頷く。

「そうだ。私の望むエンディングはお前の死じゃない。」

今度は殿下が俺に手を伸ばし、俺を引き寄せる。

「罪深い愛だとしても、私には関係ない。お前が私のエンドだ、アーデルハイト。」

殿下の指が俺の唇をなぞる。

「テオファーヌ様…俺も、あなただけを愛しています…何度、この世に生れ落ちても、あなたを愛するでしょう。」

俺の声は囁きのように小さかった。だがしっかりと殿下には聞こえているのが分かる。殿下が俺に微笑み、少し強引に引き寄せ、二人の唇が重なる…。


二人の影が月光に重なり、静かな庭に愛の音だけが響く。

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