ノックもせず、ドアを開けて入ってきた美しい長い金髪をまとめた優男は、市場で俺達に話しかけていた男だった。俺はその男を見て、自分がいる部屋を納得した。
男はこの街の領主オックスフォード・カイル。つまり、ここは貴族の屋敷。
カイルは女でも口説くつもりなのか、爽やかな笑顔を俺に向けて、近づいて来た。
「申し訳ない。私の目の届かない場所で、あんな野蛮なことが行われていたなんて、知らなかったんだ。どうか許して欲しい」
そう言って、俺に頭を下げてきた。拷問から俺を助けてくれた上に、自分のせいではないのに平民の俺に頭を下げた。
「いえ、こちらこそ助けていただいて、ありがとうございます」
「いや、あなたがこの街を救ってくれたそうじゃないか。本来ならば、報酬を持って迎えなければならないのだが……」
そう言うと、オックスフォード卿は苦しそうに顔を曇らせて、声を詰まらせた。
その姿に俺は思わず尋ねた。
「なにか、問題でもかかえているのですか?」
「ああ、恥ずかしながら、モンスターのおかげで、街の収入が激減しているんだ。その窓から見えるだろう」
そう言って、若き領主は窓の外から見える海の向こうに小さな島を指さしていた。
「あの、島の周辺が良い漁場なのだが、ここ数年モンスターが現れて、漁が振るわないんだ」
「それは大変ですね」
「ああ、それでモンスターを討伐したいんだが、船を沈められては、どうもこうもならない。だから、沈まない船が欲しいんだ」
そう言って、オックスフォード卿は悲しそうに笑った。
ああ、この人も領主として苦労しているんだな。
「そうですか。それは大変ですね」
「ああ、そうなんだ。そんな時に君たちがドワーフの話をしているのを聞いて、思わず声をかけてしまったんだよ。ドワーフならば、モンスターにも沈められない船を造ってくれるんじゃないかと思ってね」
「わかりました。ドワーフに会えれば、沈まない船を造って貰えないかどうか、相談してみます」
「本当かね、ありがとう。君の肩にこの街の未来がかかっているんだ」
そう言って、オックスフォード卿は俺の手を握って、ぶんぶんと嬉しそうに上下に振ってきた。
「しかし、なぜオックスフォード卿はドワーフがいると思っているのですか? そもそも、ドワーフなんて伝説の亜人ですよ。俺自身、いるかどうか疑っているのに……」
「それは、私が昔、ドワーフに会った事があるからな。彼はすぐにこの街から出て行ってしまったって、今はどこにいるか分からない」
「じゃあ、存在はするんですね」
オックスフォード卿は真剣な顔で頷いた。
冒険者仲間から無能扱いされていた俺に期待をしてくれる相手がいるとは。それも貴族で領主であるオックスフォード卿。
俺はその期待に応えるために、シェリルと二人でドワーフを探しに街を出たのだった。
領主オックスフォード卿の口添えもあり、装備や馬を順調に手に入れられた。
意気揚々と街を出た俺と対照的に、シェリルは少し不機嫌そうだった。
「なあ、シェリル。機嫌を直してくれよ」
「……なんで、あいつらを殺しちゃ駄目なのさ。マックスに拷問をかけた連中なんて死ぬ以外の未来なんて必要ないでしょう。だいたい、ワタシたちの命を狙う奴は無条件で反撃して良いんでしょう」
俺が目を覚ました後、シェリルは復讐をしてやると息巻いていた。それを俺が止めたのを不満に感じているのだ。
「それはもう、説明しただろう。彼らも仕事だったんだ。その上、勘違いとわかって貰えたんだ。それで十分だ」
「うーん、なんか納得いかない! マックスの身体をこんなにした連中なんて、この街ごと滅ぼしちゃえば良かったんだよ」
「そんな無茶苦茶を言うなよ。おかげで色々と安く準備できたんだから、逆にラッキーと思えよ。それよりも、ドワーフの所まで急ごう」
そうして、俺達は港街を後にして、ドワーフを探しに出発したのだった。