ヴンヴンヴン。
ダンジョンの中に羽音が響き渡る。
『子供と女は外の川に逃がせ。それまで男どもはなんとか近寄せるな!』
突然、俺の頭に声が飛び込んできた。
「あ!」
「どうしたの?」
思わず声を上げた俺にシェリルが不思議そうに話しかけてきた。
そう、先ほどの声はシェリルには聞こえていない。それは俺にしか聞こえていない言葉。あのボス魔柿猿からの叫び声だった。テイムしているモンスターからの声は、その距離、思いの強さによって聞こえてしまう。
「俺がテイムしたボス猿が近くにいる」
「ああ、あのお猿さん? 山に帰ったんじゃないの?」
まあ、ここも山の中だ。その中でも餌場は地上で、住処がここみたいなダンジョンにしているモンスターは多い。先ほどの”声”の内容から、群れでこのダンジョンに住んで居る可能性が高い。
『テイムしたら、ダチ!』
これはテイマー共通の合い言葉。
ボス猿が困っていたら助けなければ。
俺はシェリルと共に魔柿猿を探す。
シェリルは俺には嗅ぎ分けられない匂いを感知して、教えてくれた。
「こっちから、あのお猿さんの匂いがするわよ」
「そうか、ありがとう」
「……」
「どうかしたか?」
不思議そうにシェリルは俺を見ていた。
「うんうん、何でも無い。前も思ったけど、マックスのありがとうって言葉はなんだか温かいな~って思って。ワタシあまり感謝の言葉って言われないから」
「そうか? 俺はシェリルには感謝の気持ちしかないよ。助けて貰ってばかりだ」
「ワタシこそ、大好きよ。あ、いたわよ」
そこには数匹の魔柿猿が、何十匹もの拳ほどの大きさの蜂と戦っていた。
蜂の名前はキラービー。その蜂の針には麻痺毒があり、その毒にやられた獲物を生きたまま食べる肉食の蜂だ。
いや、戦いと言うよりも、襲いかかってくるキラービーを木の棒で追い払おうとしているだけだった。その木の棒はまともに当たることなく、ただ空を切っていた。
先頭に立って棒を振り回しているボス猿を確認すると、頭の中で話しかけた。
『大丈夫か?』
『主人! なんでこんな所に?』
『たまたまだ。それよりも手助けをするぞ』
そう言って、俺はつけたての左腕で顔をガーダーしながら、キラービーを追い払おうと剣を振るう。しかし、巧みに避けられるばかりだった。そんな俺の姿を見かねたシェリルが声をかけて来た。
「マックス、耳を塞いで」
「え!? 何をする気だ?」
「いいから」
「わかった。ちょっと待ってくれ」
俺はボス猿に指示をすると、猿達も素直に耳を塞いだ。その瞬間、シェリルはダンジョン中の空気を震わせるほどの声を上げた。いや、声とはいえない、音波攻撃。
その震動はキラービーの羽根に干渉して、次々に地面にたたき落とした。
狼の姿のシェリルは地上でケイレンしている蜂を次々に爪で刺すと、おやつとばかりに次々に口に運んだ。
「ごちそうさま」
シェリルはキラービーを全て平らげると満足そうにつぶやいた。
そのシェリルを見て、真っ白い毛の魔柿猿たちはおびえるようにキーキー鳴いていた。
そう言えば、シェリルは魔柿猿をごちそうだと言っていた。魔柿猿たちは本能で、捕食される側だと感じているのだろう。
俺はボス猿に説明をして、やっと落ちついた。
そして、身体の大きなボス猿は俺の目の前に来た。
『ありがとう、主人』
『偶然だが、助けられて良かった。ところで、ダンジョンの出口を教えてくれ』
『分かった。ついて来てくれ』
そうして、俺達は出口に行くと、困り果てた。