翡翠の瞳に見守られながら昼食を終えた五月は、その瞳の持ち主である麗しい紳士ハーベンと共に屋敷の南側に広がる庭へ向かった。もちろんハーベンに言われた通り、体を冷やさないようショールを体に巻き付けることは忘れない。昼食にと出された食事は肉を薄く叩いたカツにポテトサラダとライ麦パンが添えられており、ハーブが効いていてとても美味しかったなと、五月は思い出していた。
ランチの後にはいつもカフェの時間を取るハーベンと五月は、折角の庭の散策だからと、後ほど庭でケーキとコーヒーを楽しむもうとバスケットの用意をしてきている。
「ね、ハーベン。ランチのハーブ、珍しいのだった?」
「ああ。特別に取り寄せたんだよ。サツキの体調に合わせて使ってみたかったんだ」
「そうなんだ。すごく美味しかった」
食事の感想を話しながら、五月はハーベンと手を取り合ったまま庭を歩いていた。別に人目を忍んでいるわけでもないのだけれど、庭でのデートは五月にとってまるで砂糖菓子のような秘密の恋を育む大切な時間なのだ。
庭に咲くポピーやカサブランカ、チューベローズやアネモネなどの大量の花々は、あいにくの曇り空にもかかわらず、きらきらと水滴を弾いて輝いている。色とりどりの花の中を歩いていた五月が急に大きな声を上げた。
「わ! この花、昨日は咲いてなかったよ!?」
「――……サツキの好きな花だからね」
五月の指さす先では、クレマチスが蔦を絡め合わせながら、見事に時計の形の紫色の花を咲かせている。幼子のようにはしゃぐ五月を見るハーベンの視線は柔らかく一向にクレマチスを見てくれなかった。そのことに焦れた五月はクレマチスの前まで走っていき、振り返ってハーベンへと手を振る。流石にこれにはハーベンも声を立てて笑った。
「僕のことはいいから、クレマチスを見て」
「わかったよ、サツキ。花も君もきれいだ」
「もう……!」
口をへの字の結んで頬を膨らませた五月を見て笑ったまま、ハーベンは近くに置かれているガーデンテーブルにケーキとコーヒーの準備を始める。五月は慌ててテーブルへと駆け寄って手伝おうとした。
「サツキは座っておいで」
「でも」
「ここからならクレマチスがよく見えるだろう?」
確かにガーデンテーブルとセットで置かれているチェアに座ってみると、クレマチスを見ながらコーヒーを飲むことができる。ハーベンとの話も弾みそうだった。チェアに腰かけてぽかんとハーベンを見上げる五月の前に、切り分けられたケーキがのった皿と魔法瓶からカップに注がれた温かなコーヒーが並べられる。
「召し上がれ」
「ありがとう。ハーベン」
ケーキもコーヒーも期待を裏切らない味だ。そしてそばには愛するハーベンがいる。五月はとてもしあわせだった。