そんな午後のひとときを過ごし、夕食と入浴を終えた五月は、ベッドルームでアロマキャンドルの炎を見つめていた。不規則に揺れる炎を見ていると、自然と心が落ち着いてくる。しかし五月に眠気はなかなか訪れなかった。別に不眠症というわけではないのだが、眠る前にはある習慣を済ませなければなんとなく安心することができないのだ。
ぼんやりとキャンドルを眺めていた五月の耳に、ドアが開く音が届く。振り返らなくともハーベンだとわかった。
「サツキ、ホットミルクを持ってきたよ」
「うん。ありがとう!」
「今夜は冷えるからね。飲んで温まってから眠ろう」
差し出されたカップには、毎夜飲んでいるホットミルクが温かな湯気を立てている。こくこくと小さく喉を鳴らしてホットミルクを飲む五月を、ハーベンはいつも通り優しいまなざしで見つめていた。ハーベンは空になったカップを五月から受け取り、ベッドサイドの小さなテーブルに置く。そしてほうっと小さく息をつく五月を優しく抱き寄せた。
「おやすみ、サツキ。愛しているよ」
「……ん」
五月が短く返事をすることしかできないのは、いつものことだ。このホットミルクは五月のお気に入りで、飲むと途端に眠気を連れてくる。五月にはそれが不思議だった。
特別なものは入っていないのだとハーベンは笑っていたけれど、何かの魔法がかかっているに違いない。痛みも悲しみも何もかもが薄れてしまうような素敵な魔法を、ハーベンのように素敵な紳士なら使いこなせてもおかしくはない。だってこんなにもしあわせな眠りを与えてくれるのだ。
体が重くなって指先すらも動かせない。けれどそれすら心地よくて堪らない――怖いほどに。眠りに落ちていきながら、五月はひとつだけ思った。
――でも、なぜ僕はここに来たのだろう。