変わることなく過ぎていく日々の中、ある朝の食卓でのことだった。五月がいつもの通りハーベンお手製の朝食を食べていると、コーヒーを淹れていた彼がつかつかと五月の元へとやってくる。怪訝に思って顔を上げた五月の、濃茶の髪を耳にかけたハーベンはじっと五月の顔を見た後、全身へと視線を滑らせた。
「どうしたの? ハーベン」
「少し痩せたかな?」
そのハーベンの言葉に五月は言い知れぬ恐怖にも似た感情を抱き、握っていたフォークを取り落とす。フォークは皿にぶつかってガチャンと嫌な音を立てた。五月は食堂を走り抜け、果ては屋敷からも飛び出して行く。
まだ朝の早い時間帯で人もまばらな町の中を走って、走って、走って、よくわからない場所まで来てから足を止めた。そこからはゆっくりと歩いて、ひたすら町をさまよい続ける。
五月は荒くなった呼吸を整え、一度考えを整理しようと深呼吸を繰り返した。
「だって、僕は、ちゃんと食べてた……」
自分の食事や間食はすべてハーベンが用意していた。余計なものは口にしていない。それから食事を残していないことも確認できた。五月は少しだけ安堵する。
それに先程のハーベンはいつもと変わらぬ笑みを湛えていたし、多分怒っていたのではないだろう。五月の体調を純粋に心配してくれただけかもしれないのに、なぜ自分はこんな風にパニックを起こしてしまったのか。
歩き回りながらそんなことをずっと考え続けていた五月は、徐々に意識が遠のいていくのを感じた。
暗くなった視界に気づいた五月が慌てて目を開くと、見慣れたレンガと梁が目に入る。
「――……あれ?」
五月は館のベッドで眠っていた。仄かに香る石けんの匂い。着替えが済んでいることに気づく。そして隣には寝息を立てているハーベンがいた。まるきりいつもの夜を迎えていることに五月は戸惑ったが、ハーベンを起こして問いただす勇気は出ない。
自分は朝、この館を出て行ったはずなのに、いつの間に戻ったのだろうか。疑問を抱きつつ身じろぎすると、ハーベンの翡翠の瞳が薄く開いた。
「お帰り、サツキ」
「……ご、ごめんなさい」
「構わないよ。ああ、君は本当によい香りがするね」
ハーベンはそう言って五月をぎゅっと抱き締めてささやく。
「夜明けまでまだある。もう少しお眠り、愛しいサツキ」
五月は温かな腕の中、小さくうなずいて、ハーベンにしがみつくようにして、目を閉じた。