クラウスとレオナルドは、時同じくして軍人学校に入学した。
レオナルドは、自らが他の者より優れているという自覚を持っていた。
決して傲慢なわけではない。
客観的に自他を比較した時、ただの事実として、自分の方が優れていると判断した。
それは、ここでも変わらなかった。
軍人学校という環境もあり、レオナルドより身体が大きい者や、筋力のある者は少なくなかった。
だがそれは、レオナルドがこれまで積み重ねた鍛錬で覆せる程度の差だった。
とはいえ、彼は周囲の人間を『劣っている』とタグ付けし、見下すことはなかった。
人は誰しも、秀でた点と至らぬ点の両方を持つ。
どんな相手であれ、レオナルドの持たぬものを何かしらは持っているということだ。
「レオナルドが持たぬ何か」がたとえ愚かしい思想であろうと、レオナルドにはない視点だ。
人の上に立つ〈貴族〉として学ぶべき対象であり、自分の糧になり得るものだった。
クラウスとレオナルド。
先に相手を意識したのは、レオナルドだった。
彼は軍人学校に来る以前から、クラウスの評判を耳にしていた。
「アイゼンハルト家の出来損ない」
「癇癪持ち」
「貴族でありながら感情のコントロールもできない男」
――そして「アイゼンハルトの血を色濃く引き継ぐ者」として。
レオナルドは〈
彼ににとって、“血統”は貴族が継ぐべき“財産”であり、“宝”だった。
「出来損ない」と評されながらも家内で処分されず、わざわざ軍人学校に通わせるような
そして、一目見て理解した。
――あれは「天才」だ。
クラウスは同級生、いや軍人学校の誰よりも背が高く、筋肉も発達しており、決して埋没し得ない存在だった。
だが、レオナルドが驚いたのは身体の大きさではない。
その大きく強靭な肉体を、最も適切な形で運用しているという点にこそ、目を奪われたのだ。
歩き方、身のこなし、体幹のブレなさ。全てが、彼の身体を動かすにあたり最適解となっていた。
大きく強靭な身体を、最も効果的に運用できるというのは、どれだけ莫大な武力になるだろう。
レオナルドは、ゾクリ、と静かに昂揚した。
理論立てて学び、自らを理想に落とし込んできたレオナルドだからこそ、即座に理解できた。
身体能力、そして武術において、クラウスははるかに自分を上回る。
当然、レオナルドはクラウスに声をかけた。
血統を重んじる者として、その才能に、能力に、興味を覚えたのだ。
クラウスはこれまで、同年代と過ごした経験がほとんどなかった。
アイゼンハルトは軍の家であり、シュヴァリエほど社交に深く身を置いていない。
『国』のために在る『軍』が、特定の貴族家とばかり近しいのは好ましくないとされていた。
しかし、クラウスが同年代と関わることのなかった最も大きな理由は、クラウディウスから見て、クラウスは足りなかったからだ。
貴族家と関わらせるには、その性質も、性格も、感情のコントロールも、教養も足りなかった。
屋敷の兵士や使用人にも、クラウスほど若くはないが、歳の近い者も居た。だが、彼らとの間には明確な距離があった。そして、クラウスがその才覚を発揮するほど、彼らとの距離は広がった。
遠巻きにされるのが当たり前だったクラウスは、レオナルドに声をかけられ、目を瞬かせた。
クラウスにとってレオナルドは初めて、普通に接してくれる存在だった。
まるで友人のように、“対等”な人間として扱ってくれる存在だった。
軽く声をかけ、自然に微笑みながら距離を近づけてくるレオナルドに、クラウスは戸惑いながらも、不器用に応じていった。