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《軍人学校》

第6話 二人の出会い

 クラウスとレオナルドは、時同じくして軍人学校に入学した。



 レオナルドは、自らが他の者より優れているという自覚を持っていた。

 決して傲慢なわけではない。

 客観的に自他を比較した時、ただの事実として、自分の方が優れていると判断した。

 それは、ここでも変わらなかった。


 軍人学校という環境もあり、レオナルドより身体が大きい者や、筋力のある者は少なくなかった。

 だがそれは、レオナルドがこれまで積み重ねた鍛錬で覆せる程度の差だった。


 とはいえ、彼は周囲の人間を『劣っている』とタグ付けし、見下すことはなかった。


 人は誰しも、秀でた点と至らぬ点の両方を持つ。


 どんな相手であれ、レオナルドの持たぬものを何かしらは持っているということだ。

「レオナルドが持たぬ何か」がたとえ愚かしい思想であろうと、レオナルドにはない視点だ。

 人の上に立つ〈貴族〉として学ぶべき対象であり、自分の糧になり得るものだった。



 クラウスとレオナルド。

 先に相手を意識したのは、レオナルドだった。

 彼は軍人学校に来る以前から、クラウスの評判を耳にしていた。


「アイゼンハルト家の出来損ない」

「癇癪持ち」

「貴族でありながら感情のコントロールもできない男」

 ――そして「アイゼンハルトの血を色濃く引き継ぐ者」として。


 レオナルドは〈血統才能主義〉だ。

 彼ににとって、“血統”は貴族が継ぐべき“財産”であり、“宝”だった。


「出来損ない」と評されながらも家内で処分されず、わざわざ軍人学校に通わせるような血統才能がどれほどまでのものなのか、関心を抱いていた。


 そして、一目見て理解した。

 ――あれは「天才」だ。


 クラウスは同級生、いや軍人学校の誰よりも背が高く、筋肉も発達しており、決して埋没し得ない存在だった。


 だが、レオナルドが驚いたのは身体の大きさではない。

 その大きく強靭な肉体を、最も適切な形で運用しているという点にこそ、目を奪われたのだ。

 歩き方、身のこなし、体幹のブレなさ。全てが、彼の身体を動かすにあたり最適解となっていた。

 大きく強靭な身体を、最も効果的に運用できるというのは、どれだけ莫大な武力になるだろう。


 レオナルドは、ゾクリ、と静かに昂揚した。


 理論立てて学び、自らを理想に落とし込んできたレオナルドだからこそ、即座に理解できた。

 身体能力、そして武術において、クラウスははるかに自分を上回る。


 当然、レオナルドはクラウスに声をかけた。

 血統を重んじる者として、その才能に、能力に、興味を覚えたのだ。



 クラウスはこれまで、同年代と過ごした経験がほとんどなかった。


 アイゼンハルトは軍の家であり、シュヴァリエほど社交に深く身を置いていない。

『国』のために在る『軍』が、特定の貴族家とばかり近しいのは好ましくないとされていた。


 しかし、クラウスが同年代と関わることのなかった最も大きな理由は、クラウディウスから見て、クラウスは足りなかったからだ。

 貴族家と関わらせるには、その性質も、性格も、感情のコントロールも、教養も足りなかった。

 屋敷の兵士や使用人にも、クラウスほど若くはないが、歳の近い者も居た。だが、彼らとの間には明確な距離があった。そして、クラウスがその才覚を発揮するほど、彼らとの距離は広がった。


 遠巻きにされるのが当たり前だったクラウスは、レオナルドに声をかけられ、目を瞬かせた。

 クラウスにとってレオナルドは初めて、普通に接してくれる存在だった。

 まるで友人のように、“対等”な人間として扱ってくれる存在だった。


 軽く声をかけ、自然に微笑みながら距離を近づけてくるレオナルドに、クラウスは戸惑いながらも、不器用に応じていった。

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