レオナルドは、貴族的な価値観のもとで育ち、軍人学校で学んだ。ゆえに、そうした人々が何に価値を見出すのか、彼にはよく分かる。
社交界での評判や、クラウスから聞き出した人物像も加味すれば、「理想の軍人」と謳われるクラウディウスの価値基準は、「王国の利益に資するかどうか」だと考えるのが自然だった。
そして、その佇まいや纏う空気で、それを確信した。
レオナルドは今日、「クラウスを実家に顔を出させるため」にアイゼンハルト伯爵家を訪れた。
そこで“偶然夕食を共にできた親友の父”から“遊びに来た息子の友人”として、茶に誘われた。
――それが単なる建前に過ぎないことは、互いに理解していた。
レオナルドの来訪の目的は、アイゼンハルト伯爵家との縁を結ぶことと、「クラウスの傍にいることに他意はない」と明確に示すことだ。
一方クラウディウスもまたレオナルドの真意を測るべく、夕食の場に姿を見せた。「会わない」という選択肢もある中で、あえて対面の機会を設けたのだ。
レオナルドは、マルグリットとの会話の中で「ただの友として隣にいる」と、迂遠ながらも伝えている。
クラウディウスも、その意を当然理解していた。
双方、目的はすでに果たされていた。もはや、これ以上言葉を交わす必要はなかった。
だが、レオナルドはこうも考えていた。
もし自分が一定以上の評価に達しているのならば、クラウディウスは「その先」を求めるはずだ。
「本当に他意はないのか」或いは「本心であったとして、アイゼンハルト伯爵家としてはどう関わるか」を、もう一歩踏み込んで見極めようとするだろう。
そのときは、ここで声がかかる。
先ほど席を立つまでの間、レオナルドがひと呼吸置いたのは、クラウディウスの誘いを待っていたからだった。
声がかからず、夜が静かに過ぎるのなら、自分はそれに値しなかったということだ。その判断を受け入れるほかない。
最低限やるべきことは済んでいる。
あのまま何も起きなければ、彼は至らぬ己を省みて、ただ精進するつもりだった。
――結果として、クラウディウスはレオナルドを呼び止めた。
その瞬間、レオナルドはわずかに緊張から解放されたことに気付いた。
しかし安堵の息を吐くことなく、正しく貴族としてそれに応じた。
レオナルドは、執務室へと通された。
「正式な客」でもなければ、ただ「談話」を交わすわけでもない。――それなりに高く評価されている、と彼は感じた。
だが同時に、これは“認められた”のではなく、“試すに値する”という段階にすぎないことも、よく理解していた。
彼は、クラウディウスに敵うと考えてはいない。敵いたいと望んでいるわけでもない。自分と、クラウスと、クラウディウス。この三人にとって、より良い未来を描くことを望んでいる。
だからこそ、この場におけるレオナルドの「勝利」は――『クラウディウスからの信用』。その一つだけ。
クラウディウスに対し、口先での駆け引きや、飾った言葉は意味をなさない。ならば、ただ誠実であればいい。
彼が「レオナルド」という人間を正しく見極めてくれれば、アイゼンハルトにも軍にも害をなす者ではないと、理解してもらえるだろう。
レオナルドは、クラウスをシュヴァリエ侯爵家に取り込むつもりはない。
今回のように『ちょっとしたきっかけづくり』程度には使うが、政争に巻き込むつもりも、私的な利益のために用いるつもりもない。
友として隣にいる。それだけだ。レオナルドに、裏などない。
ゆえに、すべての問いに誠実に答える。
自分という人間が、どんな存在かを正しく伝えるために。
……クラウスに魅せられたという、その一点だけを除いて。