クラウディウスは、「まだ夜は早い。茶でも飲むか」と誘った。レオナルドは即座に「ぜひ」と応じた。
クラウスは顔をしかめた。父と茶など飲みたくなかった。
父といると、心がざらつく。
幼い頃から「どうせ分かってくれない」と「分かってほしい」を繰り返した、彼自身も気付いていない胸の奥にある傷が痛むのだ。
――何度も擦れて、硬くなったはずの傷なのに。
だが「いやだな」と思ったその瞬間、先日レオナルドと交わした会話と、彼が浮かべていた獰猛な笑みが脳裏によぎった。
『お前は何もしなくていい。ただ、邪魔をするな』
そのときのレオナルドの声がよみがえり、クラウスの背筋に冷たいものが走った。
本当は行きたくない。これ以上父と時間を過ごしたくない。けれど仕方なく、渋々ながら、黙って同行しようとする覚悟を決めた――そのとき。
「お前は来なくていい」
クラウディウスが、クラウスをばっさりと切り捨てた。またも腹が立った。
だがクラウスの感情が音になる前に、レオナルドが柔らかく言葉を重ねた。
「久しぶりなわけだし、お母君もクラウスと話したいんじゃないか? お茶でもしてきたらどうだ」
その一言に、クラウスは固まった。何を言われているのか、よく分からなかったからだ。
クラウディウスはクラウスの父親で、レオナルドはクラウスの親友だ。その二人が、クラウス本人を除いて、二人きりで茶を飲もうとしている。
困惑するクラウスに、レオナルドは続けた。
「食事の席では、お母君とあまり話せていなかっただろう? 昼間も“私”が“君”の時間を奪ってしまったしね」
その言葉遣い。申し訳なさそうに眉を下げ、目を細めるその表情。クラウスは、「あ、これは貴族モードだ」と気付いた。
彼は"貴族モードのレオナルド"の笑顔が怖い。なので、この表情のときは逆らわないことにしていた。
だから「おう」とだけ返事をして、素直に首を縦に振った。そして、レオナルドと父を残して晩餐室を出た。
……二人だけで茶を飲ませることに違和感を持つ俺がおかしいのだろうか?
クラウスは、うーん、と首をひねりながらも、言われた通り母の自室へ足を運んだ。そして、どこか少し緊張しながらドアをノックする。
マルグリットは、「お茶を飲みに来た」と急に言い出した息子を、笑顔で迎えてくれた。
クラウスはなんだかその笑顔が気恥ずかしくて、胸の奥がムズムズした。