夕食の席で、レオナルドはクラウディウスと対面した。
軍を率いる男、由緒あるアイゼンハルト家の当主。
その存在感は想像以上に圧倒的で、レオナルドは思わず気圧された。
だが、それを表には一切出さず、「侯爵家次男」としての微笑みを浮かべた。
完璧な貴族令息として過ごしてきた歳月の積み重ねが、彼を支えていた。
一方クラウスは、父を見た瞬間に露骨に顔をしかめた。
不貞腐れたような、気まずそうな、それでいてどこか反抗的な表情。
しかしクラウディウスは、そんな息子に一瞥もくれず、ただ無言で切り捨てた。
夕食の席で口を開くのは、もっぱらマルグリットとレオナルドだった。
まずレオナルドが、自身への歓待に礼を述べる。続いて、料理をさりげなく褒め、案内された屋敷の印象を語った。
マルグリットは柔らかな笑みでそれを受け止め、軍人学校でのクラウスの様子を尋ねる。
レオナルドは、冗談を交えながら答えてみせた。
クラウスは、自分の話題になると何度か話に割り込みかけたが、父の存在を前にして言葉を飲み込んだ。
クラウディウスはといえば、必要最低限の相槌を打つだけで、話題に加わることはなかった。
この場で主役であろう息子と、家の当主が言葉を発さない。本来ならば、場の雰囲気は重苦しくなってもおかしくない。
しかし、マルグリットの柔らかな笑みがそれを和らげ、レオナルドの穏やかな語りがそれを支えた。
二人はただ和やかに、空気を紡いでみせた。
彼らが作りあげた空間の完成度に、使用人たちの中にすら、そこに潜む異質さを感じ取る者はいなかった。
夕食を終えると、マルグリットは先に席を立ち、侍女に付き添われて自室へと下がっていった。
男たちだけが残った食卓に、しばし沈黙が降りる。
クラウスは「ハァ」と深く息を吐いて立ち上がり、レオナルドを連れて部屋へ戻ろうとした。
寝るまでの間、いつものように他愛もない話をして、夜が更けたら客間に案内するつもりだった。
レオナルドは、一つだけ
クラウスは「どうしたのだろう」と思ったが、部屋に戻ってから聞けばいい、と考えた。
早くこの場所から退散したかった。
しかし、彼らが扉から出るのを、クラウディウスの声が止めた。
「――何か話があるのではないのか?」
その言い方に、クラウスはカチンときた。
ずっと父に反発してきたのは、「読めないんだ」と伝えようとした結果であり、「誰かを切り捨てたくない」と訴えた結果でもある。
父はそれを、「勉強嫌いの言い訳」「軍人として至らぬ甘さ」だと捉えていた。
理解し合えない父に、クラウスはこれまで何度も声を荒げた。
その叫びこそが、レオナルドと出会うまで、クラウスが唯一自然に表に出せた「怒り」だったが、クラウディウスは、それをまた「直情的で癇癪持ち」と判断した。
それらの積み重ねが、理解してくれない父への反発心という形で胸に根を張っていた。
けれど今、クラウスの怒りの芯は、レオナルドへの態度から生まれていた。
まるで試すかのような物言い。上から見下ろすような態度。それに、どうしようもなく腹が立った。
思わず口を開きかけたクラウスを、レオナルドが視線で制した。その瞳のライトブルーが静かに、「いまは黙れ」と命じていた。
――彼にとって、ここからが本番だったのだ。