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第46話 実地演習 繋がれた信頼

 さて、時はケイランがアイザックたちに合流する直前にさかのぼる。


 街から馬を走らせると、道中に三体のグレイファングの死体があった。おそらく、アイザックたちが“渦”の元へ向かう際に倒したのだろう。

 魔獣の姿は、それ以外には見られない。街に向かっていた個体はすでに仕留められ、残る魔獣は現場に集中している。

 ケイランは、そう判断した。


 やがて、現場が見えた。

 教官が谷壁を背に、アイザックが街道を塞ぐ形で、三体のグレイファングと向かい合っている。片方が敵を引きつけたり、地形を活かしたりして、三体同時に襲われるのを防いでいる。

 足元には、すでに倒された三体のグレイファングの死骸が転がっていた。これまでに六体を仕留めたが、その分また新たに三体が出現したのだろう。


 アイザックもケイランも、グレイファングと相対するのは二度目である。

 初めて戦ったのは、応用訓練が始まったばかりの頃。教官たちに付き添われ、森で討伐任務にあたったときだ。


 そのときはレオナルドもいた。

 正直に言えば、彼がいるなら負ける未来など想像できなかった。

 実際、あの時は二つの群れ――計十二頭のグレイファングを相手にしたにもかかわらず、苦戦することはなかった。


 ……クラウスは「お前がいると魔獣が寄ってこない」と、レオナルドに遠くで待機するよう追い払われた。

 すがるように教官を見たが、教官も頷き、クラウスには待機命令が出された。

 圧倒的すぎるというのも考えものだなと、そのときは思った。

 今は、その力が羨ましい。


 ケイランは一度街道から外れ、谷の上手にある岩陰へと馬を導いた。教官とアイザックも、ここに馬を繋いでいるらしい。

 馬から飛び降りると、斜面のくぼみに露出した岩肌にロープを回し、手綱を括りつける。

 足場の悪さに少し手間取った。……いや、緊張ゆえだろう。急がねばならないときなのに、「手早く」終えられなかった。


 馬は鼻を鳴らしながら、渦から漂う魔獣の気配に神経を尖らせていた。


「いざとなったら逃げてくれよ」


 馬にそう声をかけ、ケイランは自らにも気合を入れる。


「待たせた!」


 声を張り上げ、到着を知らせた。どうせ魔獣を強襲できる状態ではない。ならばと、すぐに今後の対応を伝える。


「『王都から増援が来るまで、一日持たせろ』だそうだ」


「はー? レオナルドは無茶言うぜ」


 不満を漏らすアイザックに、ケイランは「当人も後から来る。文句は直接言え」と返した。


「全て倒す必要はない。街に行かせなければそれでいい。長期戦を見据えて効率よくやる。……そういうことでいいな?」


 ――一体も逃すな、という意味ではない。

『この場を一日持たせれば、あとはなんとかなるよう手筈を整える』

 教官は、その意図で問題ないかと確認した。


「はい。谷底に落としていきましょう。グレイファングなら死なずとも大きなダメージを負うでしょうし、生きていても今日中に街には向かえない」


「よっと……あとは向こう側の街道から民間人が来ないか、だな」


 ケイランに言葉に、アイザックはグレイファングを谷底へ落とした。確実に殺すのではなく、落とせばいいだけならば、丁寧にやらずとも問題ない。


「……それもなんとかするんじゃないか? レオナルドだし」


「それもそうか。レオナルドだもんな」


「はは、彼はそんなに頼もしい男なんだな」


 ケイランの言葉をアイザックが肯定し、そのやりとりに教官は笑った。


「はい。このうえなく頼もしい男です。……教官の許可なく話を進めてしまいすみません」


 ケイランの謝罪に、教官は「いや」と言った。


「私の指示でそれぞれの場に向かい、最善を尽くしているんだ。責める理由なんかないよ」


 そう返しながら、教官はグレイファングをまとめて二頭、谷底に突き落とした。少しの沈黙の後、谷底からは呻き声が響く。

 渦はまだそこにある。だがこれで、場から一度魔獣が消えた。


「次がいつ生まれるかはわからないが、少し息を整えよう。それと、戦術の確認も」


「はい!」


 集中を保ちつつも、張り詰めすぎないよう力を抜いた。


 このまま出現するのがグレイファングのみなら、今と同じ方法をとること。

 渦からは同種の魔獣が出現することが“多い”とされるため、グレイファング以外の牙獣種にも注意すること。

 あくまで“多い”とされるだけなので、他の可能性も忘れないこと。飛翔型の魔獣が出たら最優先で対処にあたること。

 アイザックとケイランは順番で休憩を取ること。


 ……最後のこれについては、二人は反対したが、教官の「君たちの頼れる仲間がもうすぐ来るんだろう? そうしたら交代するさ」という言葉で、了承した。



 話し合いを終えると、谷の上手から、パラリと砂粒が落ちてきた。

 見上げると、丘の上に二つの人馬の影がある。上官と同い年くらいの男と、まだ年若い男。


「向こう側からは誰も来させない! ここは頼んだ!」

「よ、よろしくお願いします!」


 自信をはらんだ大きな声と、少し怯えたような声。

 だけど、どちらの声にも、確かな信頼の音が宿っていた。


 アイザックは小さく息を吐いて、肩をすくめる。


「やっぱりレオナルドが、なんかやってたな」


 ケイランも「だな」と、苦笑する。

 二人の顔には、自然と尊敬の色がにじんでいた。

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