「あたしの座学の成績ってさ、お世辞にも」
「お世辞はいいから」
「お世辞くらい言わせろ」
どうぞ。って言うみたいにセイカは肩をすくめた。あたしはよおく考える。
「……あれ、どっちでも同じじゃん」
お世辞を言おうが言うまいが、言う言葉は決まっている。お世辞ってそうだっけ?
「勉強をするような場所じゃないからね。そもそも」
セイカがフォローしてくれた。いいねで返しとこ。
「で?」
あたしが親指立ててグッドボタン連打していると、セイカがしびれを切らして聞き返してきた。あたしってうざい?
「いま魔女軍候補生って何人いるか知ってる?」
「五〇五人」
「なんで知ってんだよ」
「私の管轄ですから」
セイカは得意げにお鼻を鳴らした。ふふんって。
「それに対して魔法少女って四〇人くらいしかいないんでしょ? そんなかんたんになれるもんじゃないのよ」
「知らない? 先月一人増えて、二〇四〇年三月現在、ちょうど四〇人」
「最近気分がどんよりしてるから五月だと思ってた」
「たるみすぎでしょ。ひと月以上もずれてるじゃん」
セイカが三月を五月と勘違いしていた姉を見る目になった。せめて五月病の姉を見る目になれ。
「まあでも、なんかまだ寒いと思ってたのよ」
「ごめん、あんまり時間がないの」
そういえば会議とか言ってたっけな?
あたしの馬鹿話につき合っているあいだもセイカはずっと直線引いてた。あれサインなんだって。ファン向けじゃないよ。上官向けね。
ともあれそんな直線引き引きもひと段落したのか、単純にもう時間がなかったのか、五月病の姉を慮る気になったのか、セイカはまっすぐあたしを見た。清く正しく凛とした、濁りのないまなざしだ。あたしはうしろめたいので目を逸らす。
「リンカ」
「セイカばっかりたいへんで、悪いとは思ってる」
ぶるぶるとセイカは頭を振った。プラチナがチリチリと金属を鳴らした。
「私は私らしくあるだけで、なにもたいへんじゃないの。私はリンカを心配してるの」
「いつどうなるかわからない~ってのは、センセェからも聞くけど、よくわからないんだよね。実感できなくて」
「実感できてからじゃ遅いから」
「まったくごもっともなんだけど」
北と西と南から、いつも大国が
だけどあたしたちは知ってるから。魔法少女がどれだけすごいか知ってるから。たった四〇人。どころか、そのトップの四人。一等魔法少女だけでいまや国防の半分以上を担ってる存在だって知ってるから。
だから安心だって思ってるわけじゃない。だからあたしなんかじゃ、そんな魔法少女にはなれないって思ってしまうのだ。
「魔法少女の力は心の力」
セイカは立ち上がって、窓の方に行った。外を眺めて、睨みを利かせている。プラチナが太陽の光を浴びて透けるように輝いた。世界がどうなってもあまねく照らしてくれる太陽さんすてき。
「なにかを一心に思えば、その力が魔法になる」
「あたしだって勉強してるって」
「お世辞にも?」
「それくらいはね」
セイカだってわかってたんだろう。ぐちぐち言ったってしかたないのだ。だからおどけてくれる。だけど、ほんとうに危機感が足りないから、だから口うるさいことも言うのだ。
セイカは十歳だ。あたしは十五歳。つまりあたしのほうがおっきい。それでも、立っている人間と座っている人間とじゃ大きさが違う。あたしは立ち上がった。
人間は愚かだ。自分と相手が違うってのをよく忘れる。あたしがあたしのために言う言葉を、セイカがあたしみたいに受け取ってくれるとときたま思うのだ。あらゆる発言が一〇〇パーセント正しく伝わるだとか、そんな魔法みたいな幻想を、会話のときに抱きがちだ。
そのつもりで言葉を探す。だけどあたしの愚劣さを正すように、先にセイカが動いた。
太陽に背を向けて、あたしにかわいいお顔を見せた。一〇歳だっけ? 八歳だっけ? 四歳だっけ? どれとも違う。思い出すのは、五歳のころのセイカ。だってそれ以来、見た覚えがないから。
正義の魔法少女になって以来、セイカが泣くのなんて、見た覚えがなかったから。
「お姉ちゃん」
そう呼ばれるのも、もう忘れた。ふと、たまたま、期せずして、以外でこんなに近づくのも、きっとあれ以来だ。あたしたちの母親と呼ばれた人間が亡くなって以来だ。
プラチナの髪を梳く。涙があたしのジャージを濡らす。お部屋はあったかいのに、三月みたいに冷えた。
あたしには、よくわからなかった。だけどセイカはなにかを知ったのだろう。そしてそれを言えない立場であることも理解している。
それだけで十分だった。あたしはセイカのお姉ちゃんだぞ。
この冷たさは、そういうやつだ。
ちょっとだけコツンと小さく音がして。それから破裂した。
一等魔法少女、正義の魔法少女。その、少将執務室の扉が。
「ハロー。セイちゃん」
紅と黒の鉄の匂い。破壊の魔女さまのご登場だ。