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破壊の魔女

 ちょっぴり復習しておこう。お世辞にも成績のよくないあたしには不可欠な心持ちである。

 あたしたちの所属する『魔女軍』あるいは『魔女部隊』は、現在、日本国の陸海空軍・宇宙軍とは独立した軍隊として国防を担っている。その中核は四十人の魔法少女。いまや国防の半分以上を一手に担う日本国最後の命綱である。

 割合という意味ではそうだ。だけど、人数という意味では魔法少女より圧倒的に、魔女が多い。だから『魔女軍』だとか呼ばれるわけだし。

 全国に二〇〇〇人以上配置されている少女たち。あるいは成人女性。魔法少女とは呼ばれるにふさわしくない力を覚醒させた少女と、成人した元魔法少女たちの総称だ。

「トロイ大佐」

 ちなみにこのトロイ大佐とやらは前者である。国を守る魔法少女となるには似つかわしくない、『破壊』を覚醒させた魔女。

「説教は聞き飽きてんよ、セイちゃん」

 なにかを言おうとしたセイカの言葉を破壊して、トロイ大佐は溶岩石の右腕でがしがしと頭を搔いた。どういう理屈か知らないけど、棚の上にあった花瓶が破裂して、お水が絨毯に染み広がった。

「無暗矢鱈になんでも壊すな。防衛費も無限じゃねえ。国民の大切な血税だ。ちまちまちまちまみみっちい」

 乱暴に溶岩石の腕を降ろす。一拍。そしてセイカのお部屋がぶっ壊れた。

「直そう治そうなんて考えるから後手になんだよ。いまから即即、全員消そうぜ」

 改名しろ。せっかちの魔女さんめ。

 そのときぶちって聞こえた。セイカがキレたのかと思ったけど、切れたのは数本のプラチナだけだった。あたしはおろそかになったお手てをわきわきする。

「私はセイカ。一等魔法少女です」

 ん。そういえばぶっ壊れて粉々になったお部屋が元通りっぽくなってるな。セイカがなんか、どうにかしたんだなきっと。

「なにか文句ほうこくでも?」

 あれおかしいな。あたしの耳には『なにか文句でも?』って聞こえたぞ。まあ言いかたの違いか。日本語って難しい。

 高官として高圧的にセイカはトロイ大佐に詰めよった。じっくり、ゆっくり。だけど確実に、まっすぐ。清く正しく凛と立ち、びっとトロイを射すくめる。

 対するトロイ大佐も持ち前の高身長からセイカを見下ろした。昼食にそこそこの好物か、そこそこ苦手な食べ物が出たときのセンセェみたいな顔つきになる。たぶんだけど、目の前のものとそれに対する自分の感情を客観的に楽しんでいる状態だと思う。ある意味で現実は見ていない。いい意味か悪い意味かは微妙なところだ。

 一触即発のふたりが睨み合うこと数秒。あたしがいろんな意味でドキドキしていると、とつぜん、ブッと破裂音が響いた。あたしはあんまり気にはしなかったんだけど、セイカのかわいいお目めがまんまるに見開くのをあたしは見逃さなかった。

 だが、時すでに遅し。すでに毒ガスはお部屋中を満たしていたのだ。

「くっ……」

 近かった分、先にセイカが口と鼻をおさえた。いくらなんでも爆風より光のが速いから、あたしはセイカの真似を始める。でも、微妙に間に合わない。

「っさぁ~~~!」

 あたしは毒ガスにのたうち回った。人間は呼吸をしないと死ぬのだと本気で思った。あっははははは! 当の本人は大爆笑だ。ある種、女子高のノリと言えるのかもしれない。いちおう共学なんだけどな。

「ふだんなに食ってんすか、トロイさん!」

「ん? イモ」

「確信犯じゃねえか!」

 口呼吸でもまだ臭い。どうなってんだこの人の身体。

「お芋は食物繊維が豊富で腸内環境にはとっても」

 セイカがクラクラしながらもなにごとかを言い始めた。

「無理して解説しなくていいから。しゃべるな。寝てろ」

 あたしはお姉ちゃんとしてセイカの肩を抱いた。ダメになりそうなソファに引きずって、そのまま寝かせる。もうダメだ。

「わーい。セイカちゃん着替えたよ臭いっ!?」

 楽しそうにアイちゃん大先輩が戻ってきた。幸運なことに扉はなくなってたから痛くはなかったんだけど、不幸なことに扉がなくなってたから毒ガスをもろに喰らったらしい。あと当然のように軍服のボタンを盛大に掛け違えている。きっとわざとやってんだろうな。だってほんとうはそろそろ十八歳せいじんなんだぜ?

「おー、アイ。ちょっと見ないうちに縮んだなおめえ」

「トロイちゃん! お昼ご飯のときに会ったし! 身長も伸びました!」

 四歳児が嘘ついてる。碌な大人にならないぞ。案の定、溶岩石の右腕で頭ぐりぐりされてるし。伸びた身長もリセットだなこりゃ。

「それはさておき」

 さておくな。おまえの毒ガスだろうが。

「セイカ姉も邪魔したな。姉妹水入らずのところを」

「屁も要らないんですよ」

「あいかわらずおもしれーな」

 誰がおもしれー女だ。あたしはちっともおもしろくないぞ。

「ちょうどいいや。これから七席会議なんだ。おまえも来い。つーかおまえが来い」

「腕引っぱるのやめて。ガスマスクが崩れる」

 そしてあいかわらずのせっかちさんだ。もうちょっと説明してよ。

「セイちゃん毒ガスで動けねえだろ?」

「やっぱり確信犯じゃないですか」

 毒ガスの自覚あるってことは。

「どうせ最近のうまいイモアレンジの話しかしねえから」

「あんたこの国を滅ぼす気か」

 セイカだけならともかく(それでもともかくじゃないんだけど)、他の一等魔法少女や士官魔女たちを行動不能になんかしたら、ほんとうにこの国終わるぞ。セイカが心配してたのってこれじゃないだろうな? 放屁で国を滅ぼす。どんな破壊の魔女だよ。

「いーじゃんどうせ暇だろ?」

「まあ候補生あたしらは基本暇ですけど」

 七席会議か。苦手な人いるんだよな。破壊の魔女とか破壊の魔女とか破壊の魔女とか。

 あともうひとり。平和の魔法少女とか。

「言うこと聞かねえとおまえの妹ぶっ壊すぞ」

「噓でしょこのタイミングで脅迫とかあり得る?」

「冗談だよ」

「本当にやめてね。トロイ大佐が言うと冗談に聞こえないから」

「おーじゃあそれだ」

 おー? いったいどれだー?

「『新課』第二期生。リンカ候補生に命ずる!」

 うるせえ。とは、もう言えない。あたしは大声にびっくりしたのもあって、びしっと背筋を伸ばした。あんまりやらなくなってたから腰が痛い。

「これより七席会議が執り行われる。欠席のセイカ一等魔法少女の代理として、君が出席するように」

 セイカほどじゃないけど、軍人らしい直線で立って、トロイ大佐は下命した。あたし権力を笠に着るやつきらい。

「ういー」

 だから不承不承。だんるいお声で返事して、しょうがないから敬礼しといた。



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