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慈愛の魔法少女



 セイカがうにゃむにゃ言ってたけどお姉ちゃん権限でお寝かせして、あたしたちは壊れた扉をくぐった。お外に誰かいた。


「修復の魔法少女って暇だろ? 暇だよな。呼んどいて」


「かしこまりました」


 弱冠十七歳のトロイ大佐が齢七十過ぎのおじいちゃんにすんげえ偉そうに命令した。まあ大佐だから偉いんだけどね。


「トロイ大佐って枯れ専なんすか」


「なに? あたしをめちゃくちゃに壊してくださいって?」


「大佐は今日もお綺麗であります」


 ずびしって敬礼した。デコピンされた。


「でもみなさん男遊びしてるじゃないですか」


 ひりひりするおでこを抱えて質問する。ちょっと気になってたのだ。


 魔法少女が軍部の中枢になってから男性諸君の肩身は狭い。とはいえ状況が状況だけに軍備拡張は急務なわけで、二〇四〇年現代の日本国は成人男性の強制徴兵制度を採用してる。この苛烈な戦時時代に最前線で死の危険にさらされるわけだ。


 だけど一部の優れた男性はそういう危険から脱することができる。国防の中枢、魔女軍女性諸氏の小間使いとして。んで、あたしら候補生も含めて魔女軍の花たちはお好きな殿方を食い放題というわけだ。ラフレシア。


「おれ男見ると壊したくなるんだわ」


「歪んでません? なんかそれ」


 デコピンされた。お鼻に。ハナピンだ。なんかお酒飲みたくなるな。(未成年だけど)


「姉も付き人取ってねえだろ。おれらは立場上ひとりは付けとけって言われてるから使ってるが、べつに必要ねえし」


「あたしは人間が煩わしいんですよ。気ぃ遣いたくないし」


「歪んでるねえ」


 ニマニマと楽しそうにトロイ大佐は言った。あたしは普通だ。


「あれ、アイちゃん大先輩は?」


「ふにえ?」


 ふにえが出た。かわいい。心ここにあらずってたな。


「いつも渋いおっさんふたり連れてませんでしたっけ?」


 つーか彼らがいれば怖いおねーさんに絡まれ事件も未然に防げたのでは。なにやってんだSPども。


「ちゅんちゃんとひょんちゃんは呼んだときだけにしてねって言ってるから」


 もじもじえとえとしてるアイちゃんかわいい。そしてSPのお名前もかわいい。


「お呼びですかい、お嬢」


 もじもじえとえとのどれかがトリガーだったのか、タイミングよくちゅんひょんが現れた。どこに潜んでたんだ。


「はわわわ。ごめんなさい。お呼びじゃないです」


 半泣きでアイちゃん大先輩はごめんなさいした。なんかちょっと失礼な言い方だ。




        *




「トロイちゃん、あのね」


 SPがお下がりになってからアイちゃん大先輩は意を決したようにもごもごした。もごもご。もじもじ。


「んごあ?」


 んごあが出た。この人なにもしてないのに威圧感すげえんだよな。


「さっきのは、冗談だったんだよね?」


 あたしはすこし怯んだんだけど、アイちゃん大先輩は平気な顔だ。この人、人間に忖度しないんだよな。外見で判断しないって言うか、しなさすぎるって言うか。まあ四歳だしね。


「さっきの? なにそれ。屁のこと?」


「それは冗談じゃすまないっす」


「冗談じゃねえか」


「冗談じゃねえよ」


 トロイ大佐は悲しそうなお顔でおどけた。どういう感情だ。


「おならのことじゃなくて、セイカちゃんのこと」


 たぶん笑える場面だったんだけど、アイちゃん大先輩は真剣だ。あらあ、これちょっとまずいぞー。


「壊すって、冗談だよね。私あれからずっと、胸が苦しくて」


 おまえの妹ぶっ壊すぞ。たしかにトロイ大佐は言っていた。お姉ちゃんのあたしですら冗談だってわかっててなんとも思わなかったけど、アイちゃんは気にしてたみたいだ。さすが慈愛の魔法少女。


「ね、トロイちゃん、だめだよ。冗談でも言っていいことと悪いことがある。生き物はね、死んじゃったら、死ぬんだよ」


 ずおおお……って背中がうごめいた。マジで怖いの。アイちゃん大先輩ってこういうことでしかキレないから自覚ないんだろうけど、マジで怖いんだよ。だってこの人、殺そうと思えば誰でもすぐに殺せちゃうんだもん。まあそんなことは天地がひっくり返ってもないんだろうけど。すくなくとも健常な人は、ね。


 トロイ大佐は一瞬楽しそうに犬歯を剥いたけど、すぐに引っ込めて真面目なお顔になった。アイちゃん大先輩に怯んだのかもしれないけど、たぶんそんなんじゃない。なんかこう、ここでヤったら面白くない。みたいな感じに見えた。


「そうだな。悪かったよ」


 だから素直にごめんなさいした。ごめんなさいとは言っていないし、頭も下げてないけど。でもなんだかあたしも、ちょっと救われた気がした。


「うん。悪い子」


 そうは言うけどアイちゃん大先輩はなんだか楽しそうになって、つまりは突発な威圧感も消え失せて、つまるところずっこけた。痛そう。







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