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028 闇市、そして人間だったモノ



「……お前さんか。今日は何だ?」


 路地の中でも、かなり雑多な一角にその店はある。

 俺がこの街に辿り着いた時、この店を見つけられたのは、ほとんど偶然だったのだが、以来、売るものがあるときに利用させてもらっている。

 おそらく、スネに傷がある者が利用する店なのだろう。

 親父は詮索をせず買い取ってくれるから都合が良かった。

 買取金額はお察しというところだろうが、相場が分からないから、あまり気にならない。

 俺は勝手に闇市と呼んでいたが、闇かどうかもよくわからない。


「今回は少し多い」


 俺はそう言いながら、昨夜探索者の死体から盗ってきた物を並べた。

 長剣一振りに短剣二振り。革の胸当て、革帽子、雑な作りの籠手。

 今までの経験から言って、二層で死んでいる探索者は、みんな似たような装備を身に付けていた。

 本来ならまだ二層に来るべきではない者が、無理をして死ぬ。

 そういう印象があった。


「ふん……こんな装備でも、駆け出しにゃあ需要がある。買い取りはするが……全部で小銀貨30枚ってところか」

「問題ない」


 一人頭、小銀貨10枚分。

 命の値段としてはかなり切ない。

 ちなみに、小銀貨はだいたい8枚で銀貨1枚と交換できるようなレートだ。普段の生活では銀貨は価値が高すぎてほとんど使うことがない。大きな買い物をするなら別だが、小銀貨と銅貨があれば生活は可能だ。


「……それと……これなんだが」


 俺は30枚の小銀貨を受け取ってから、死体が残した精霊石を買い取り台に置いた。

 これまでも死体が残した石は持って帰ってきてはいたが、買い取りに出したのはこれが初めてだ。

 この世界に明るくない俺には、この「死者が最後に残す石」の意味がわからない。

 昨日、グレープフルーから訊けばよかったが、忘れていた。

 だから、親父さんの出方を見ることにしたのだ。


「石か。小せえな。こりゃスケルトンの石か?」

「……いや、違う。探索者が残したものだ。俺はこれをどう扱えばいいのかを知らない」


 俺は正直に言うことにした。

 まさか、死者の石を持ってきたら違法ということはないだろうが、しかるべき場所に埋葬する義務があるとか、そういう風習があってもおかしくはない。


「あー、探索者か……。このサイズじゃ駆け出しってところだろう。ま、問題ねぇ。買い取るよ」

「問題ないのか?」

「本人も納得済みだろう。探索者なんて商売やってりゃあな」

「親御さんが持って帰ったり、この石を墓に埋めたりとかは……?」

「んまぁ……そういう奴がいないわけでもないがね。探索者がそんなことを気にする必要はねぇ。まして、一層や二層で死ぬやつは、どこにも行くとこがねぇような奴ばっかりだよ」


 死生観の違いか。

 例えば日本では火葬がほとんどだから、そのことに疑問を感じることがないが、欧米だと「遺体を燃やすなんて!」となるらしい。

 いずれにせよ、遺体は埋葬する。

 だから、この世界でも遺体から出た精霊石は墓に埋めるとか、なんらかの処置をするのかと思っていたのだが、どうやらそんなことはなかったようだ。


「こんなサイズの石じゃあ、たいしたことはできねぇけどな。それでも、力として使われて世界を循環することで、そいつの魂は浄化されるってわけだよ。……ま、他人の受け売りだがね」

「なるほど……」

「そんなことを気にするたぁ、お前さんも変わってるね。この街は余所モンばっかだが、お前さんは極めつけだな。ま、俺にとっちゃ良いお客さんだがね」


 そう言って笑いながら、親父は小銀貨1枚をテーブルに置いた。


「前にお前さんが持ってきたサイズなら無垢物でもそれなりの金になったがね。今日の石じゃあこんなもんだな」

「人間でも精霊石のサイズが変わるのか?」

「迷宮に挑むってことは、自らを魔物や怪物へ変容させていくってことだからな」

「そうか……。金額はそれでいい」

「毎度」


 あまり突っ込んで質問するのは控えたが、大事なところは知れた。

 結局、精霊石に人間と魔物の区別はないということだろう。少なくとも見た目で区別できる違いはない。人も魔物もこの世界では、同じような存在ということなのかもしれない。

 かつて人間だった精霊石は、親父に雑にまとめられ袋に放り込まれた。


(小さい精霊石、しかも透明のものは価値が低い……と。スケルトンなんかは10体倒して、やっと小銀貨1枚くらいか……。なるほど、第一層では稼げなくて、みんな第二層を目指す気持ちもわかるな……。)


「ところで、探索者の装備を持ってきたなら認識証があっただろう。あれはどうしたね」

「認識証……? ああ、これのことか?」


 俺は、何枚もの青っぽい金属のネームタグをポケットから取り出した。

 探索者の死骸の精霊石の近くに、ほぼ必ず落ちていたネックレスで、これが彼らの所属や個人を示すアイテムなのは一目瞭然だった。

 親父さんの指摘がなければスルーしようかとも思っていたが――


「それな。ギルドに持っていけば買い取ってもらえるぞ。ま、ブロンズのタグなんざ銅貨何枚にもならねぇけどな」


 そのギルドってのが、あの探索者連中の元締めなのだろうか。

 いずれにせよ、あまり近付きたくはない。


「じゃあ、これも買い取ってくれ。安くていいから」

「ああ? んむぅ、お前さんもずいぶん訳ありみてぇだな。まあ、いいだろ。手間賃だけ抜いて小銀貨1枚くれぇだな」

「助かる」


 正直、認識証が金になるなら、これからは拾わずに入り口あたりに捨てておくことにしよう。そうすれば、誰かが拾ってギルドに持っていってくれるはずだ。


 とにかく、これでしばらく分の宿代は確保できた。

 俺は人目のつかない場所で、換金した金をシャドウバッグにしまい、迷宮へと足を向けた。


 地味で暗い暮らしだ。

 だが、今の俺にはこんな暮らしが心地良い。


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