何体かの魔物の横を通り抜け、一層への階段へ。
一層は街のような作りで、誰も来ないような小部屋が多い。
「ここでいいか。ポーションの代金代わりに質問したいんだが、いいか?」
「にゃ……それは構わにゃいですが……お兄さんは精霊術士にゃんですか? こんな術、今まで見たことにゃくて」
「闇の精霊術は珍しいのか?」
ポイント交換では、火・風・土・水・光・闇は全部等価だった。
特段、闇だけが珍しいということもなさそうだが。
「いにゃいと思います。光の術士は時々見かけますけど……。私が詳しくにゃいだけかもしれないんで、ハッキリとはわからにゃいんですけど……」
ふぅむ。とすると、この術はあまり知られないほうがいいのか?
目立つのは避けたい俺からすると、このタイミングで知ることができて良かった情報だ。
闇を維持したまま、猫の獣人に知りたかったことを質問すると、猫の獣人は意外と物知りでいろいろ教えてくれた。
まとめるとこうだ。
まず迷宮について。
迷宮とは、三体以上の大精霊を一カ所に集め等間隔で配置することで中心点に生まれる歪みのことで、この街のは四種類の大精霊を集めて作られたかなり大きい迷宮なのだとか。
そのうえ、迷宮都市は大精霊がいることで侵略される可能性が低く安全。
それ故に周辺の街から人が集まってきて、どんどん巨大化していくらしい。
「じゃあ、この街には大精霊がいるってことなのか?」
「火と水と風と土の大精霊様がいらっしゃいますにゃ。私もお金を貯めて風の大精霊様と契約をするのが目標にゃんです」
「ふぅん……」
こっちの世界に来てからでも精霊術を使えるようになる手段はあるという話だったが、その手段が、大精霊との契約というものらしい。
まあ、俺にとってはもう関係ないし、大精霊に良い思い出もないから、近寄らないようにしておこう。
「さっき言ってた『飢獣地下監獄』ってのはなんだ?」
「第二層の名前ですにゃん。誰が名付けたのかは知りませんけど、そう呼ばれてます」
「じゃあ第一層は?」
「黄昏冥府街」
「なるほどな……」
特徴をそのまま名前にしているのだろう。
一層、二層と呼ぶよりはわかりやすいのか? よくわからない。
「それでお前、どうして裸足だったんだ?」
つい疑問に思って訊いてしまった。
靴を買う金がないのだろうか。
「斥候は足音を消して歩かにゃいと意味がにゃいです。でも第二層は暗いから、落ちてるもので足を切ることがあって……」
「ああ、足音を消すためだったのか」
もちろん、猫の獣人だから靴が必要ないというのもあるのだろう。
いずれにせよ、足を切ったらジエンドでは割に合うまい。
……まあ、そんなことわかった上で、裸足なのだろうから、俺が口を出すことでもないだろうが。
「これからは一緒に組む相手はちゃんと選んだほうがいいぞ。今回は単に運が良かっただけなんだからな」
「私たちは雇われの斥候だから、お客を選べるような立場ににゃいんです」
「世知辛いんだな……」
迷宮の中でいきなり解雇通告を受けるくらいだ。立場が低いのは見て取れたが、それにしても酷い。
今回はたまたま俺が通りかかったから助けられただけで、あんな風に猫獣人が犠牲になるのは、あるいは日常茶飯事なのかもしれなかった。
その後、彼女から迷宮探索についての情報を聞き出した。
迷宮に入るなら知っていて当然という知識だったようで、何も知らない俺に彼女は驚いていた。
姿を見せず知ることができたのはラッキーだったかもしれない。
変に無知であることで目立つのを避けることができた。
迷宮では、人は死ぬと肉体を残さず精霊石のみが残ることや、迷宮では精霊力が渦となり地下へと潜る性質があり、下の階層に行くほど魔物が強くなるということ。
迷宮には「魔物」が出ること。
魔物は動物とは違い、精霊力により形作られた存在であること。
魔物を倒すと肉体は残らず、精霊石だけを残すこと。
ただし、迷宮の外に出た魔物は受肉し怪物となること。
探索者は精霊石を換金することで、お金を稼いでいること。
精霊石の「発掘」の運営は国が行っているということ。
精霊石の発掘は、基本的に探索者に委任されていること。
なんとなくそうじゃないかと思っていたことがほとんどだが、こうやって答え合わせをしておくのは重要だ。
「……でも、こんなこと知らないにゃんて、お兄さんは探索者じゃにゃい?」
「秘密だ」
「う~ん、それじゃもしかしたら知らないかもしれにゃいから伝えておきますけど、もし誰かがお宝を見つけても、絶対にそれを横取りしたらダメにゃん」
少し強い口調だ。
宝の横取り。それがそれほどタブーなのだろうか。倫理観の問題だろうか。
「お宝は探索者個人に贈られる物。それを横取りした者をリリムーフは許さにゃいって言われてるんですにゃ」
「リリムーフとは?」
「神獣にゃん」
要するに、迷宮で手に入る宝物は、見つけた探索者本人へ神獣から贈られる物だということらしい。迷宮を出てからの譲渡はOKだが、迷宮内では授受すら危ない……ということらしい。
このタブーは浸透していて、実際に神獣が出たのを見た者はほとんどいないらしいが――
「わかったよ。ま、宝なんて見たことないが、気をつける」
「宝は迷宮内では丸くって、外に出ると本当の形ににゃるんです。見たらすぐわかります」
「なるほど」
死体漁りをしていたら、いずれ他人の宝に手を付ける可能性があったが、見た目が球だっていうなら、そいつを避ければ問題ないだろう。
かなり有用な情報が聞けたので、俺は猫の獣人を迷宮の入口の近くまで送った。
「じゃあな。もうケガするなよ」
「あ、あのっ!」
「どうした? まだなんかあったか?」
「私、グレープフルーです。リンクスのグレープフルー。お兄さんもお
「……いや、もう出会うことないだろうから。あっ、俺と出会ったことも人に言うなよ?」
なにがあるかわからないから、一応口止めだけしておいた。
グレープフルーと出会ってから一度も闇から出ることがなかったから、姿は見られていない。声だけなら見つかることはないだろう。
まだ、今日は稼ぎはゼロだ。
俺は引き返した足で、そのまま二階層――いや、飢獣地下監獄まで戻った。
◇◆◆◆◇
(こうして見ると……確かにガラクタが落ちてるな)
闇に紛れてジッとしているのもいいが、考えてみれば視聴者からは闇の中は見えないのだ。となると、闇の中で何かをしていてもわからないということ。
猫の獣人、グレープフルーの足をケガして置いていかれる悲壮な姿を思い出した俺は、なんとなしに地面に落ちたものを掃除し始めた。
装備品の欠片や、尖った石、木片なんかが所々に落ちている。
ときどき精霊石も落ちているが、これは探索者が倒した魔物から出たものを拾い忘れたか、暗がりで見つけられず放置されたかしたものだろう。そういった放置精霊石は暗視とナイトヴィジョンを持つ俺の大事な収入源だ。
こんなにも死の気配が溢れた場所なのに、骨などは落ちていない。
人も魔物も死ねば石になる場所では、骨が骨として存在するのは難しいのかもしれない。
一層……黄昏冥府街にいるスケルトンも、死ねば石になり、骨が残るわけではない。
(こういう時にシャドウバッグは便利だ)
手で集める必要がない。
ガラクタの下にシャドウバッグの口を開けば、勝手に収納されるのだ。
精霊石もちょこちょこ見つかったので、バイト代としては悪くないかもしれない。
しばらくそうして歩いていると、探索者の成れの果てを見つけた。
(あー。因果応報だな)
グレープフルーを置いて先に進んでいった探索者たちが、仲良く精霊石へと変貌していた。
おそらく、斥候がいた時はヤバそうな魔物を回避しながら進めていたのだろう。それを、斥候なしで行けば、こうなるということか。
たった3名でこの階層を行くには、かなりの熟達が必要だろう。俺が見た中でも、一番多い魔物の群れは20体を超していたほどなのだから。
彼らの装備品と精霊石をそっと収納する。
死んでしまったのは気の毒だが、3人分となるとそれなりの金額になる。
それに、仲間を見捨てた連中だと思えば、罪悪感も覚えずにすんだ。
その日は、彼ら以外に死んだ探索者を見つけることはなかった。
ほとんど迷宮内を掃除して歩いただけになったが、我ながらけっこう綺麗に出来たと思う。
こんなことに楽しみを見いだしている自分がおかしかった。
俺は日が昇る前に迷宮から脱出した。
朝市に寄り、少し腹に入れてから、宿に戻り夜まで眠る。