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041 ボッタクリ商店、そして黄昏の再会


 夕方近くになって、俺は宿を出た。

 迷宮に行く前に、精霊石を換金するのだ。


 アレックスと出会ってしまったのは失敗だった。

 今の俺は、異世界転移者の存在に、誰よりも気を配らなければならないのに、不用意に銭湯なんかに行くからあんなことになるのだ。

 運良く命が助かった。そう考えたほうがいいだろう。

 より慎重を期すのなら、宿の場所なんかも定期的に変えたほうがいいのかもしれないが、さすがにそれは考えすぎだろうか。異世界転移者が、メッセージなんかに従って俺を殺したところで別にメリットはないのだし。

 ただ、ナナミとナナミの家族を、そして俺を殺したバカのように、メリットが不明でも行動を起こす人間だっている。警戒はしておく必要があるだろう。


 そんなことを考えながら、黄昏の裏通りを抜け、いつもの闇市に辿り着いた。


 闇市の親父さんは、詮索せず黙って買い取ってくれるから助かる。

 この世界で、どのように生きるにせよ、今の俺に一番必要なものは金なのだ。


「ほぅ。こりゃ2層の石だな。ずいぶんある。ため込んでたのか?」


 カウンターに精霊石を並べていくと、親父は片眉を上げた。

 全部で40個近くの石だ。

 半分以上が透明の石だが、色付きもある。


「そんなようなもんだ」

「ふん……相変わらず可愛げのねぇガキだぜ」


 親父はそう言いながらも、銀貨を4枚と小銀貨を7枚カウンター上の小皿の上に置いた。


「お前さんには稼がせてもらっているからな。少し色付けといた」

「助かる」


 銀貨4枚は小銀貨でざっと32枚分になる。

 日本円での換算額はわからないが、少なくともあの安宿には半月以上泊まっていられる額だ。

 たった一日、魔物を狩っただけにしては、かなり儲かってしまった。

 探索者は命がけの仕事だから、そのぶん割が良いということなのだろう。


 路地裏から出た俺は、大通りに出て、近くにある探索者向けの商店に入った。

 武器、防具、探索に使う道具などが置かれている大きめな店で、俺の短剣や服もこの店で買った物だ。

 品揃えは良いと思うが、専門店ではないから、品質はほどほどというところだろう。

 だが、どうせ高級品などは買えないのだ。駆け出しには、この店の品で十分である。


(槍が欲しいな……)


 短剣は便利だが、俺の戦い方だと槍で少し離れたところから突いたほうが、安全に戦えるような気がする。ダークネスフォグは有効範囲がそれなりに広い。無理に接近して短剣で攻撃するのはリスキーだ。

 まあ、槍なんて使ったことないわけだから、イメージでしかないのだが、実際に使えるかどうかは買って試す以外にはない。


(高いな。槍ってこんなにするのか)


 木の棒の先に短剣がくっついたようなものなのに、銀貨12枚もする。

 買えなくはないが、今必要かと言われると微妙だ。

 それに実際に見てみると、槍って思ってたより頼りない。


(これなら短剣でもいいか)


 短剣には短剣の利点がある。まず振ってもいいし、刺してもいいという点。攻撃できる状況はいろいろだろうから、状況に合わせて使えるのは重要だ。

 あと、二層は狭い場所で戦うことも多い点。短剣なら邪魔にならない。

 そして、なによりいざというときに防御に使える点。槍は木の棒だ。防御に使ったらすぐ折れてしまうだろう。折れた槍など、ナイフ程度の意味すらない代物に成り下がる。

 槍を買う優先順位は低い。


(防具はどうかな)


 俺は珠玉オーブから出た籠手以外の防具は持っていない。

 異世界転移して最初にポイント交換したブーツは健在だが、要するにそれだけだ。

 どれだけ闇に紛れていようが、不意に攻撃を食らえば紙みたいなもの。

 防具があるなら、それに越したことはない。


(革の鎧ですら、この金額か……)


 なめした革で出来た焦茶色の胴鎧が銀貨15枚。

 革の胸当てでも銀貨10枚。

 鎖帷子は銀貨35枚。鉄の胸当てなら銀貨42枚。


 もしかしたら、ぼったくりの店なのかもしれないが、とにかく今は買えない金額だった。

 鉄のちゃんとした鎧ともなれば、金貨が必要だ。

 金貨の今のレートは知らないが、銀貨なら50枚とかそれぐらいだと、前に闇市の親父さんに聞いた。

 金と銀の価格差のことはよくわからないが、とにかく金は貴重。

 そういうことなのだろう。


(……妙に「首当て」がたくさん売っているな)


 防具類の中に、わざわざコーナーを設けて肩から首にかけてを護る防具が売られている。

 値段は素材によるが、首を狩る魔物が多いのだろうか?

 革製が多いが、鉄でできたものも多い。

 いずれにせよ、買える金額ではないが。


 他の道具類としては、水筒やら松明やら、火起こしの道具やらが売られている。

 あと、おそらく逃走用に使うと思しき煙玉、臭い袋、干し肉。いや、干し肉は単純に携帯食料だろうか。

 そういえば、森を歩いている時はバックパックが欲しかったのだったと、並べられている商品を眺めながら思う。

 シャドウバッグがある今となっては、特段必要とはしないが、カモフラージュの為にも一つくらい持っていてもいいかもしれない。


(ふーん。面白いな)


 前に来た時よりは、少し異世界に馴染んでいたからか、雑多なアイテムが売られている店を見るのは楽しかった。

 日本で売られている品と比べても雑貨類は作りが悪く、あえて買おうという気にならないのだが、それはそれとして、見たことがない物が並んでいる様子は好奇心を刺激された。

 視聴者が減ったことで、少し心に余裕ができてきているのかもしれない。

 同じ転移者であるアレックスが、同じ街にいるのだから注意は必要だろうが、こちらから接触しなければ、そう出会うこともないだろう。


 結局、替えの黒い服を購入して店を出た。

 下着類なんかも欲しいが、そちらは質の問題でクリスタル交換したほうがいい。

 異世界産の安物は紐でしばって使用するやつで、正直実用的でないから。


「あっ! 見つけました!」


 店から出ると、遠くから鈴を転がすような声が聞こえた。

 声のほうを見ると、夕日を浴びて赤く染まったリフレイアがこちらに駆けてくるではないか。

 頬を上気させ、光の透けたプラチナブロンドの髪を揺らし、柔らかく微笑みながら駆けてくるその姿は、完全に不意打ちだった。

 俺はとっさに逃げることもできず、こんな往来のど真ん中で呆けたように立ち尽くしてしまう。


「よかった……。私、迷宮の入り口でずっと待っていたのに現れないから……もうお会いできないのかと心配で」


 はぁはぁと息を少し乱して、俺の側まで歩み寄るリフレイア。

 もしかしたら、迷宮の前で待っているのは俺が目的なのではと、一瞬考えたのは事実だ。

 だが、まさか本当にそうだとは。


 ――美人が大きな声を出して、男に駆け寄る。

 そのことで周囲の人々の視線が、ほぼ全部俺とリフレイアへと集まってしまった。

 目の前の女性のことより、そのことに居心地の悪さを覚える。

 足下から血の気が引いていく感覚。

 背中に冷たいものが流れ、俺は逃げ出すことにした。

 しかし、まさかこんなところで闇の精霊術を発動させるわけにもいかず、リフレイアを無視して路地裏に向かって走り出す。

 恥も外聞もない行為だが、今は自分自身の心を守ることが優先だ。


 あの貴族然としたリフレイアが路地裏に精通しているとは思えない。

 撒ける自信があった。


(はぁ、はぁ、ここまで来れば)


「もう終わりですか?」


 声に驚き振り返ると、そこには涼しい顔をしたリフレイアが立っていた。

 入り組んだ路地裏を右へ左へと走り抜けてきたのに、全然逃げ切れていなかった。


「私、こう見えてけっこう位階高いんです。やっと見つけたんですから、逃がしませんよ?」

「くそっ! シャドウバインド!」


 路地裏でも人目はある。

 だが、こんな場所で捕まるわけにはいかなかった。

 せっかく魔物と戦えるようになったのだ。視聴者だって減っている。

 やっと、やっと少しずつ歩き出せるようになったのだ。

 それをご破算にはしたくない。


 俺の言葉に、精霊たちが感応。影から現れた触手が彼女の身体を縛り上げる。

 彼女は薄く悲鳴をあげたが、俺はその隙にダークネスフォグで闇に紛れて逃げ出した。


 バインドの効果は数十秒といったところだろうが、それだけあれば姿を眩ませるには十分だ。

 俺は全速力で路地裏を走り抜け、今度は彼女を撒くことに成功した。


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