次の日、俺は朝早くからリフレイアの宿の前に来ていた。
昨夜のことは、まるで夢かなにかだったかのように感じる。
だが、夢ではない。
ステータスボードにはデカデカと『視聴率レース開催中!』の文字が躍っているからだ。
(リフレイア、昨夜のこと覚えてるんだろうな……)
一つ、懸念しているのはそれだ。
あのときの彼女が酒に酔っているのか、そうでもないのか確認する術はない。
あるいは、全て忘れている可能性もある。
(そんときゃそんときか。改めて誘ってみればいい)
昨夜は、あの後宿に戻ってから「視聴率レース」の詳細を調べた。
視聴率と一口に言ってもいろいろなパターンがあるからだ。瞬間最高視聴率がカウントされるのか、それとも累計でどれだけ見られていたかを厳密に測るのか。
あるいは、平均視聴率を測るなんてパターンもある。
そのあたりは神もわかっているのか、レースのルールは詳細に明記されていた。
・視聴率は開催期間中の「総視聴時間」を計測するものとする。
これは、例えば一人が8時間見たら8時間計上。それを全視聴者分足していって、一番数字が多い者が一位ということだろう。シンプルかつ確実な計測方法だと言えるかもしれない。
・転移者同士の協力や、メッセージ機能を使った情報交換などもOK。
俺にはあまり関係ない話だが、協力プレーや、視聴者との相互やりとりは視聴率が稼ぎやすいのかもしれない。
・豪華景品は10位まで用意! 奮ってご参加下さい!
景品目録を見ると確かに豪華だ。
しかし俺は1位の賞品である「死者蘇生の宝珠」以外見ていない。
1位を取れなければ意味がないのだ。
・ポイント前借り制度の利用者は、本イベントへの参加資格がありません。
そういえば、少し前にポイント前借り制度がスタートとかアナウンスがあった。
まあ、確かにポイントを前借りしてアイテムなんかと交換して有利にスタートするのはズルいかもしれない。神はフェアさにこだわるということか。
一通り調べた俺は、ベッドの上で現在の自分の状況を確認した。
「リアルタイム視聴者数 1億9233万人」
「累計総合視聴数 76億3000万」
「お気に入り数 15億1000万」
「総獲得クリスタル 78」
「総獲得ポイント 9」
「転移者数 726/1000」
「クリスタル所持数 39」
「ポイント所持数 5」
リアルタイム視聴者数がいきなり増えていた。リフレイアとの夜があったからだろう。
自分で思い返しても、まるで他人事みたいに現実感がなかった。だけど、彼女の熱だけは、確かにまだ残り火みたいに残っていて――
なにもなかったといえば、なにもなかったんだが、あれを妹たちや両親が見たのかと思うと、ちょっと正気ではいられない。
(なんにせよ、ポイントがある)
アンデッド召喚術を覚えた時と、第一回視聴者ランキング第一位の副賞で獲得したポイントだ。
異世界に転移してからでも、このポイントは使うことができる。
アイテム類は当然として、「身体能力」や「耐性」は取れる。ただ「特殊能力」だけは特別枠なのか取ることができない。
クリスタルは39個ある。30個で1ポイントと交換できるが、クリスタルはクリスタルで使い道がある。ここは使わないほうがいいだろう。
(5ポイントか……)
悩ましい数字だ。体力アップレベル1か、生命力アップレベル1が取れる。
自然回復系もとれるが、そっちはポーション頼みでいいだろう。
一応、魔物を倒して位階が上がれば、全体的な肉体能力が向上するようだが、今の俺の状況を考えれば、やはり体力か生命力ということになるだろう。
耐性系も、すでに毒と病気と老化に耐性があるから、そこには振る必要がない。
精霊術は1系統のみなので、追加で取るのは不可能。
だが、ここでこの虎の子の5ポイントを振るのは賭けでもあった。
森ではポイントが残っていたから生き残ることができたのだ。今後もそういう状況に陥らないとも限らない。結界石はまだ一つだけ持っているが、それを使ったが最後、いざというときの安全策を失う。
(でも、安全マージンを残した転移者の冒険なんて、視聴者は見ても楽しくないか……)
1位を取ると決めたのだ。
ならば、ポイントは使うの一択だろう。
(とはいえ、少しでも視聴率を上げたい。使うのは視聴率レースがスタートしてからだな)
そこまで決めてから、昨夜は寝た。
……正直、リフレイアとのことが思い出されてなかなか眠れなかったけれど。
そして今。
俺はリフレイアを待つ間、ポイントを使うことにした。
周りに誰もいないことを確認してから、虚空に向かって話し始める。
「こんにちは、黒瀬ヒカルです。今日から――」
言いかけて止める。
『視聴率1位を目指す』と宣言したほうがいいのかどうか……迷ったのだ。
なにしろ俺はナナミを殺して異世界に来たと思われている。
その俺が1位を目指すと宣言したら、視聴者たちは1位を取らせぬ為に、徹底的に俺を見ないように動くかもしれない。ナナミを生き返らせる為に「死者蘇生の宝珠」が欲しいと訴えたところで、誰が信じるというのだろう。別のことに使う……例えば宝珠を売って儲けようとしているに違いないとか、そんな風に取られるのが落ちだ。
いや……もっと悪く取られる可能性もある。
俺が1位を取れば「誰も、真実を知るナナミを生き返らせることができない」。つまり、俺がナナミの口封じの為に1位を取ろうとしている――
意地が悪い人間なら、そういう風に考えるのではないか。
なにせ、宝珠は「あなたにとって大切な人」なら生き返らせることができるのだ。
日本の転移者は全員ナナミと会ったことがある。中には仲の良くなった者だっていただろう。
……まあ、もちろんその場合、ナナミを生き返らせてくれるなら、俺としては問題ないわけだが、ただ妨害だけされてナナミを生き返らせようとしている人が誰も1位になれないなんて結果になったら、泣くに泣けない。
だから言わない。
これが普段だったならば。視聴しないでくれるなら、それよりありがたいことはなかったのだが、今だけは――今だけは、俺を見て欲しかった。
「……今日から、リフレイアとパーティーを組んで迷宮探索をします」
シンプルに予定だけを呟く。
1位を取ると決めはしたが、具体的にどうするのが最も1位に近付くのかは、よくわからない。俺は動画投稿者でもなければ、芸能人でもない、ただの高校生だったのだから。視聴率を取る方法なんてわかるはずがない。
わかるのは、リフレイアがいっしょに居ればその美貌で視聴率が上がるだろうということ。
そして、俺が彼女を利用しているという話は次第に広がり、地球の視聴者達はさらに噴き上がるだろう。
大事なのは行動であり、結果だ。
俺が1位を取ろうとしていることをこのタイミングで視聴者に知らせるのは、デメリットにこそなれ、メリットはほとんどないのだ。
――ただ。
何も知らずに何億もの好奇の視線に晒されてしまうリフレイアには、申し訳なく思う。
本来なら許されないことだ。
彼女の好意を利用し、騙そうとしているのだから。
だが、そうでもしなければ、俺だけの力で1位を取ることなどできるはずがない。
「迷宮に潜る前に、残っていた5ポイントを使って『体力アップレベル1』を取ります」
虚空に向かって喋るのはかなり恥ずかしいが、視聴者を意識した画作りには必要なことだ。居心地の悪さや精神的ダメージが、ないわけじゃない。だけど、今は無理にでも端に置いておく。
ステータスボードを操作し、体力アップレベル1を選択。
<5ポイントを消費して、「体力アップ レベル1」を取得しますか? YES・NO>
YESを押し込む。
同時に、身体が熱くなるのを感じた。
肉体が変化したわけではないと思う。
どちらかと言えば、体内の精霊力が活性化したような感覚。
魔物を倒した時と似ているかもしれない。
これで、単純な肉体能力が二倍になったというのだから驚く。
今のところ実感はないが、迷宮に行けばわかるだろう。
俺はその感覚を、虚空に向けて口に出して説明した。
かなり馬鹿馬鹿しい行為だが、視聴者は実在するのだ。
小さなことから、視聴者を意識して行動していくのは無駄なことではないだろう。一人の視聴者の差で負けるなんてことも、ないとは言えないのだから。
「今は、リフレイアを待っています。昨夜、彼女とはちょっとあったから……顔を合わせるの、正直少し恥ずかしいし、酒も飲んでたから、もしかしたら覚えてないかもしれなくて――」
「ヒカル? 誰かいるんですか?」
「ひゃ! びびったァ! リフレイア、出てきてたのか」