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049 美しい人、そしてお約束


 しどろもどろに今の状況を説明していてリフレイアが出てきたのに気付かなかった。

 虚空に向けて喋りかけているのを見られてしまった。

 変人だと思われたかな……。


「うん。なんか喋ってるから、なんなのかなって……」

「あー、いや。こっちのこと。おはよう」

「うん。おはようございます」


 白銀の鎧を身に纏い、バカでかい大剣を背負った戦士の出で立ち。

 プラチナブロンドの髪は朝日を浴びて柔らかく輝き、雪のように白い肌はシミ一つなく透き通っている。

 ぱっちりと開かれた琥珀色の瞳は澄み切っていて、俺の悪い心を見通すかのような純真さを感じさせた。


(綺麗だ)


 俺は衝動的に姿を隠したくなった。

 彼女の前に姿を見せる勇気が、一瞬にしてしぼんでいく。


 昨夜は、対等みたいな気持ちで食事をしたり話をしたりできた。

 でも、それは夜の魔法だったのではないか。

 闇が俺の味方になってくれていただけなのではないか。

 この日光の下では、等身大の自分自身が曝け出されてしまう。


 みすぼらしい、染めの不均一な黒い服を着て、整えていない伸ばしっぱなしの黒髪に、寝不足の腫れぼったい目蓋に黒瞳。腰に差した短剣は武器屋で二番目に安い数打ち物で、背も高くなければ、顔だって平凡。


(……いや、いいんだ。悪い結果になったっていい。それはそれで視聴率が稼げるかもしれないんだから)


 滑稽なくらいでいい。

 視聴者が望んでいるものは、俺が傷付く場面だろう。

 一位になるためなら、どれだけボロボロになろうと構うものか。

 俺は拳を握り話しかけた。


「リフレイア、昨日はよく眠れた? 俺はちょっと寝不足」

「ヒカルも? 私も、実は少し寝不足……かも。えへへ」


 少し頬を染めて目線を泳がせるリフレイアは、確かに昨日話した彼女のもので、俺は少し安心した。

 陽光の下に立っている彼女は、燦然と輝いていて――まるで不可侵の女神のようだったから。


「昨日のこと……覚えてるか?」

「えっ! ええ……はい。もちろん、忘れたりしません。約束……ですよね」


 言って、頬を染めるリフレイア。

 俺が「お礼」を予約した方だと思ったらしい。

 ちなみにお礼の方は、予約という形で先延ばしにしたけれど、さすがにそれを実行するつもりはない。

 地球の全人類に見られるのだ。いくら、視聴率一位を目指すからといって、そこは絶対に越えてはならない一線だろう。

 俺自身はいくら傷ついてもかまわないが、この美しい人をこちらの勝手で晒し汚すなんてことはできるはずがない。


 今、この瞬間も。そしてこれからも、俺と行動することで、彼女は知らないうちに何億もの人に見られることになるのだ。

 それを知らせずに利用する。

 知らせてしまったら、彼女は「見られている」と意識するだろう。俺と同行することを断る可能性も高い。

 だから、俺は卑怯を承知で、彼女には言わないつもりでいた。

 この二週間が終わったら、どんな償いでもする。

 それが免罪符になるとは言わないが、それでも俺にとってナナミは生き返って欲しい人だったのだ。


「……いっしょに迷宮に潜る話。俺、本当に初心者なんだよ。いろいろ教えてくれ」

「ええ、もちろんです。任せて下さい!」

「じゃ、行くか。二層でいいのか?」


 さっさと歩き出すと、「ちょっとちょっと」と止められてしまった。


「ギルドに顔出さないとダメじゃないですか?」

「ギルド……?」

「……ヒカル……。やっぱり、だったんですね……」


 モグリとは、つまり資格や許可なく商売を行う者のことだ。

 つまり、毎度毎度、闇に紛れて迷宮に入り、手に入れた品物は闇市で売りさばいていた俺のことだ……。

 言い逃れもできない。

 そもそも、リフレイアには闇市で取引してること知られてしまっているが。


「悪い。そもそも俺はギルドが何かも知らないんだ。そこは何のための施設なんだ?」

「迷宮管理局ですよ。探索者は、ギルドからの請負で魔物の討伐と精霊石の調達を行っているんですから。ちゃんと探索者登録をして、迷宮に潜る時には申請をしないと中に入れてもらえないんですよ?」

「へえ。知らなかった。いつもこっそり入ってたよ。ははは」


 笑い事ではないのかもしれないが、もう笑うしかない。


「ん、まぁ、私だから大丈夫ですけど、それ……他の人に言わない方がいいですよ? 最悪、捕まっちゃいますから」


 けっこう危ない橋を渡っていたらしい。

 まあ、過ぎたことと考えよう。


「それで、俺でもその探索者登録はできるのか? 俺は安宿暮らしで住所もなにもないんだが」

「登録は獄紋付きの犯罪者でないなら誰でもできます。最初は最低ランクからのスタートですけど、まあ、ランクなんて精霊石を納めていれば、勝手に上がりますし。ヒカルほどの術士なら、すぐグノーム級くらいまで上がれますって」

「グノーム級……? リフレイアは何級なんだ?」

「私は今『シルヴェストル級』ですね。グノーム級の一個下です」


 そう言って、銀色の識別証を胸元から出して見せてくれるリフレイア。

 ずいぶん覚えにくい名前だが、この識別証の素材でも判別できるから、それほど難しくないのだそうだ。


 迷宮から徒歩3分ぐらいの場所に立つ迷宮管理局、通称ギルドにはすぐ到着した。

 ギルドは、迷宮からほど近くにある石造りの堅牢な施設で、広めのロビーには探索者とおぼしき荒くれ者がたむろしている。

 リフレイアが入ると、男達の視線が彼女に集まるのを後ろを歩く俺でも感じることができた。なるほど、これではこの中からパーティーメンバーを探す気にはならないだろう。


「おう、リフレイアちゃん。なんだ、そのちびっ子は? クラブ・クラブの引率でも始めたのかい?」


 いかにも荒くれ者な男が、リフレイアに話しかけてきた。

 彼女はなんだかんだ探索者歴があるだろうから、ギルドで知り合いに話しかけられることもあるだろう。

 リフレイアが足を止める。 


「いいえ。彼は私のパーティーメンバーです。無礼は許しませんよ」

「はぁ? こんな小僧と、銀等級が組むってのかよ!? おい、小僧、お前等級は?」


 リフレイアの発言で色めき立つ男。

 周囲で聞き耳を立てていた連中も、こちらに注意を向けているのがわかる。


 おいおい。

 まさかこんなテンプレ通りの展開が実際にあるとは!


 まあ、リフレイアはギルドでも異色の存在だったのだろう。他の探索者が気にする程度には。

 とびきりの美人だし、武器もデカくてとにかく目立つ。

 俺とは正反対の存在だ。


 なんにせよ、俺を見ている視聴者的に美味しすぎる展開。

 ここで俺がボコられても、十分お釣りが来る。

 俺は、リフレイアに小声で「俺が対応するから口を出すな」と告げてから、男の問いに答えた。


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