「これから取るから一番下のやつですよ。初心者ですから」
「やっぱりクラブクラブじゃねぇか! なんだ、リフレイアちゃんの弟かなんかか?」
「ま、そんなようなものです。それで、クラブクラブってなんですか?」
「一層で
厄介な荒くれ者かとも思ったが、普通に良い助言をくれる面倒見の良いオッサンだったようだ。
俺はその「分をわきまえず」に死んでいった奴の死体を2層でいくつも見てきた。
戦闘力的にまだ2層に来るべきじゃなかったやつ。一人で降りてくるやつ。迷子になるやつ。
だから、新人がそんなことにならないよう、先輩が目を光らせているのかもしれない。
一層で力を磨いて、パーティーメンバーを揃え、しかるべき準備を終えてから二層に降り、最初は階段の近くだけ探索し、ほどほどで切り上げて戻る……。
そういうことができない人間に探索者は向かない。
「ありがとうございます。この後、
「ほう、素直なのは良いことだ。まあ、あんまり姉さん困らせないようにがんばんな。リフレイアちゃんも、気が変わったら俺達と組んでくれや」
男は「はっはっは」と笑いながら去っていった。
本当に厄介な荒くれ者だったなら殴り合いを演じてもよかったのだが、ただの良い人だった。
まあ、考えてみれば、こんな施設の中で問題を起こす人間など、そうそういるはずがない。
「ヒカル……なんですか、今のは」
しかし、リフレイアは少しご不満らしい。
ま、正直男らしくなかったからな。
「ん? 俺が初心者なのは本当のことだろ。本来なら、棍棒振り回すとこからスタートってのもな。リフレイアがいなかったら、そうするつもりだったし」
「私の弟だなんて」
「嘘も方便ってやつだよ。あんなの絡みたいだけなんだから、本気で相手にするだけ無駄だよ。それに、別に悪い人ってわけでもなさそうだっただろ?」
「それはわかりますけどォ」
わざとらしく腕を組んでくるリフレイア。そのままカウンターまで連行される。
まあ、姉弟なら腕くらい組むか……。
ギルドカウンターでの説明は、あくまで事務的なものだった。
ずっと腕を絡ませピッタリと寄り添うリフレイアのことは無視して、説明はちゃんと聞く。
ギルド職員の微妙な視線にも俺は負けない!
探索者のランクは最初『スピリトゥス』級から始まる。数字で言うと第6等。
識別証は『青銅』である。
この青銅の識別証は、二層で死んでいった探索者の死体から何度も拾ったものだ。まさか、自分もこれを持つことになるとは。
ちなみに、各階級はこう。
第1等『サラマンデル』級。
第2等『オンディーヌ』級。
第3等『グノーム』級。
第4等『シルヴェストル』級。
第5等『ドライアド』級。
第6等『スピリトゥス』級。
めちゃくちゃカッコイイ。
ちなみに、この街にいる最高ランクの探索者で第2等『オンディーヌ』級なのだとか。
あんまりギルドに興味なかったけど、ちょっと頑張って上げてやろうかという気分になってくるから、これは運営が上手だと言わざるを得ないだろう。
探索者に命を懸けさせる手管を感じる。
本来は初心者教練コースというのもあるらしい。
暇な探索者が一層で探索者の心得を指導してくれるというものなのだが、これはリフレイアが「自分がやるからいいです」と勝手に断りを入れた。
まあ、たしかにリフレイアが教えてくれるなら、わざわざ時間を割く必要もないだろう。
そして、説明の最後にかなり厳しく「他人が見つけた珠玉は絶対に手を出すな」と厳命された。どうやら、宝の横取りで神獣が出るというのは、かなりガチな話のようだ。気をつけよう。
その後、迷宮に潜る登録を行い、ギルド内部で必要な物資を買い求めた。
松明、食料、飲み物、ポーション、清潔な布、ガーゼ、などなど。
俺には正直必要ないものだったが、せっかくだからと一緒に購入。ポーションはほんの小さな傷くらいなら治せるらしい。1クリスタルのポーションと同じようなものだろうか。
「あ、戦闘メンバーは私とヒカルだけでいいとしても、斥候はどうします?」
「斥候か」
リフレイアに訊かれて「いらないだろ」と答えそうになったが、考えてみれば、パーティを組むとなれば、独りよがりでは仕方が無い。
プロの斥候がどんなものだかも知らないのだし。
「雇えるんだっけか? ここで?」
「いえ、隣の施設です」
リフレイアの案内で、ギルドのすぐ隣の古い建物に入る。
入り口には「リンクス互助会」の文字。
中にいたのは、全部猫の獣人だった。
猫の獣人のことをリンクスと呼ぶらしい。種族名ということだろう。
「リンクスの斥候を雇う時は、いくつかの決めごとがあります。まず、保証金ですね。これは先に払わなければなりません。斥候は、どうしてもその職務の性格上、その……魔物にやられてしまうことが多くて……。なので、保証金は雇うリンクスの命の値段なんです」
もし雇っていた斥候が迷宮で死んだ場合、その保証金は当然戻ってこない。
そういう意味でも、まさしく命の値段なのだろう。
「なるほど、迷宮内じゃなにがあってもわからないわけだからなぁ」
「ええ。斥候を囮にして逃げようとするパーティなんかもいるらしいですから」
「逃げるなら、リンクスのほうが上手に逃げそうだけど」
「足にケガをする子が多いんですよ」
ケガ、やっぱ問題になってたのか。
今の二層でなら、それほど足をケガすることはないと思うが、世の中にはあの時グレープフルーを見捨てたパーティーのような不届きな奴らもいるのだ。
ちなみに保証金だが驚くほど安く、たったの銀貨5枚だ。
リンクスという種族のこの街での立ち位置がわかってしまう金額といえた。
「斥候のリンクスは指名できるのか?」
「え? できるはずですが……私、彼女たちの見分けが付かないんですけど、ヒカルはわかるんです?」
「当然。顔も毛並みも全然違うじゃん」
俺は穴の空いたソファーの上でゴロゴロしているグレープフルーに声を掛けた。
「指名だ。グレープフルー。お前を雇いたい」
「にゃにゃにゃ!? お兄さん誰です!? 私は、こう見えても三層まで潜れますから、少し高いですよ?」
「じゃあ、オマケして貰おうかな。こないだのポーション分」
にやっと笑ってそう言うと、グレープフルーは尻尾をピンと立ててスタッと立ち上がった。
「あの時のお兄さん!! まさか、顔を出してくれるにゃんて! あの時は本当に本当に助けてくれて、ありがとうございました!」
「本当は顔を出すつもりなかったんだけどね。事情が変わったんだ。斥候、やってくれるか?」
「私にゃんかで良ければ、是非是非! すぐ準備してきますにゃん!」
跳ねるように二階に駆け上がっていくグレープフルー。
せっかく雇うなら、少しは知ってるやつのほうがいいものな。