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056 注文、そして異変


「両手持ちも可能な短刀。刃渡りはこれくらいで」


 昨日の夜のうちに、どういう武器が自分に合っているか考えておいた。

 片手持ちは力が入らない問題があり、あまり向かない。そもそも、俺は闇に紛れて戦うから盾を持つ意味があまりない。だから、基本的に両手持ちの武器を使い、トリッキーな手段で戦うべきなのだ。

 だから、状況次第で両手でも持つことができる片刃の剣。

 刃渡りは肘から先までと同じくらいを想定しているから、30~40センチくらいか。

 短い分、俺でも扱える範囲で重量を増し、肉厚に作ってもらいたい。


 当然、視聴者ウケも考えてのチョイスでもある。

 視聴者は俺が傷付くことを願っている。

 なのに間合いの遠い武器――槍や弓を買ったり、防具を充実させ安定した戦いをすることなど望んではいないはずだ。

 短刀ならば、一足一刀の間合いにまで踏み込まなければ攻撃することができない以上、おのずとハイリスクとなる。

 だが、そんなことは百も承知だ。

 それくらいのことをしなければ、視聴率1位というリターンなど得られるはずがない。


「反りは入れるのか?」

「いえ、ほとんど刺す用途になると思うんで、直刀で」


 短刀だ。反りを入れても強度が落ちるだけだろう。

 どちらかというと、丈夫さを重視したい。


「ふぅむ。ちっと触るぞ」


 親父が俺の身体をペタペタと触る。

 筋肉の感じを見ているのだろう。そんなもんでなにかわかるのだろうか。


「これを振ってみてくれ」


 今度は壁に掛けられた剣のうちの一振りを手渡された。

 刃引きされているようだが、かなり無骨なブロードソードだ。

 かなり重量があり、俺では扱うのが難しそうだ。しかも、こういう長い剣は一度も扱ったことがないから、振るといっても見よう見まね。

 往来で剣を振らされて少し恥ずかしいが、こういうファンタジーな世界では普通のことかもしれない。

 3分ほど剣を振らされた後、親父さんが「そんなもんでいいぞ」と止めた。


「位階9ってとこだな。剣士としちゃあ、これからに期待という感じだが」

「わかるんですか? |位階(レベル)」

「勘みてぇなもんだよ。本来のお前さんの筋量じゃあ、あの剣はあそこまで振れねぇからな」

「なるほど」


 俺の場合「体力アップレベル1」があるから、実際の位階はもっと低いんだと思うが。


「ヒカルは精霊術士なんですよ。凄腕の」


 俺の剣の振りがあんまりだったからか、リフレイアがフォローしてくれる。


「ほう。じゃあ短刀は護身用か」


 護身用ではないが、俺の戦い方を口で説明するのは難しいかも。


「実際にやってみせたほうが早いか。リフレイア、どう思う? 見せてもいいのかどうか」

「術士としては、そこまで特殊な戦い方ってわけじゃないし、大丈夫じゃないですか? でも、ここ火の大精霊様の領域だから、闇の術を見せるのは難しいんじゃ」

「室内ならちょっと暗いし大丈夫だよ」


 俺は親父さんに軽く説明してから実践して見せることにした。


「じゃ、いきますよ。ダークネスフォグ」


 溢れ出した闇が、炉の輝きすらも暗黒で埋め尽くしていく。

 俺は親父さんに近付き、静かに首筋に触れた。


「こんな感じです」と、闇を解除する。


「お……おお、お前さん……大精霊様の領域でこれほどの精霊術が使えるのか……? リフレイアちゃん、すげえやつを見つけてきたな」

「私も驚いてます。ヒカル……ほんとに凄いですね」


 そこ褒められるんだ。逆に居たたまれなくなってしまうぞ。

 確かに街中ではかなり使いにくいけれど、それでも迷宮内の10分の1くらいの効果は出せる。


「まあ、とにかく了解した。その戦い方なら必殺の一撃だけを入れられる武器のほうが合っているだろうな。リーチがねぇ分、攻防には向かねぇだろうから、そこだけは理解してくれ」

「それはもちろん」


 ちょうど大きい仕事が終わったタイミングだったそうで、短刀はすぐ打ってくれることになった。金額は銀貨30枚。前金で銀貨10枚を支払って、残りは出来たときに支払う約束となった。

 銀貨20枚を稼ぐのは楽ではないだろうが、最悪、マンティスの精霊石を売ればいいだろう。あれだけで銀貨10枚ほどになるらしいから。


「しかし、銀貨30枚なんて額で大丈夫なんですか? 大通りの道具屋じゃ、数打ちの槍でも銀貨12枚もしてましたけど」

「ああ、ああいうなんでも扱う商店はボッタクリだからな。鍛冶屋が卸したもんを倍値で売ったりするから」

「そうだったんですか……」


 つまり俺が注文した短刀は、ボッタクリ商店なら銀貨60枚級の品ということなのか。

 リフレイアのおかげで良い買い物ができたな。


 鍛冶屋を出てから、リフレイアの提案で少し腹に入れていくことになった。


「火の大精霊様の領域は、美味しい店多いんですよ! やっぱり料理は火力ですから」

「昨日の店も美味しかったけど、楽しみだな」


 なんでも火の大精霊の領域では、とにかく火力が強くなるのだそうだ。

 火の精霊具は一般的に出回っているらしいが、ここでは倍以上の火が出るとかで、わりとよく火事も起こるとか。普通に危険な気もするが、地球出身の俺とは価値観が違うのかもしれない。

 本当は飯食ってる場合じゃないのかもしれないが、視聴率アップには寄与しそうだ。俺が地球でこれを見てるなら、異世界の食事情には興味があったに違いないから。


 はしゃぐリフレイアに手を引かれて、大きめな店に入る。

 半分くらいオープンテラスになった雑多な店で、まだ朝といっていい時間にも関わらず、半分以上の席が埋まっていた。

 他の客のテーブルを見ると、大皿に盛られた具沢山のヤキソバらしきものを注文しているようだ。


「うまそうだな。あ、ここは俺が奢るよ。鍛冶屋紹介してもらったし」

「え? いいんですか? やったぁ! あ、注文おねがいしまーす」


 軽くしか朝飯を食べてなかったから、丁度よかった。

 お土産でフルーにも買っていってやるかと、テイクアウトも注文。

 しばらくして、ヤキソバがテーブルに運ばれてきて、いよいよ食べる――異変が起こったのはその時だった。


「……なんか精霊力の感じ、変じゃないか?」

「感じって? 別になにも感じませんけど……」

「いや、この感じは……前に闇の主が出たときと似てるような……」


 この街は基本的に精霊力が濃い。その濃い力が迷宮に注がれているわけだが、先ほどから、その濃さの種類が変わったように感じる。

 同じ精霊術士であるリフレイアが感じないということは、気のせいかもしれないが。


「ヒカルッ! あれっ!」

「ん? って、おおおおお!? なんだあれ」


 店は大通りに面しているから、往来の様子がよく見える。

 人々のざわめきの向こう側で陽炎が揺らめいている。

 まるで、キャンプファイアーが大通りを練り歩いているかのようだ。


「炎? なんかの出し物か?」




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