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057 火の大精霊、そして愛され者


 いや、違うか。

 荒れ狂う精霊力の出所が、燃え盛るアレであるのは一目瞭然だ。

 ザワザワと周囲の精霊達が騒いでいる。

 気温すら上がった気がする。


「あれ、火の大精霊様ですよ」

「大精霊……あれが。あんなに燃えてるのか」

「大精霊様は自然の姿をとられていますから。火の大精霊様は炎に抱かれた雄々しいお姿なんです。ヒカルはまだ神殿には顔を出してなかったんですね」

「そうだな。用もなかったし」


 俺はすでに闇の大精霊と契約しているし、視聴者から見られないように地味な生活を心掛けていたから、基本的に必要ない場所へは行ったことがない。


「それにしても、なんで神殿から外に出てるんでしょう……?」

「珍しいことなのか?」

「ええ。大精霊様に一つの場所に留まっていただく為には、多大な労力……いえ、が必要になるものですから」


 俺はヤキソバに舌鼓を打ちながら、あまり深く考えていなかった。

 あれが大精霊であろうと、俺が呼び出してしまった「闇の大精霊」とは違う。

 そう思っていたのだ。


 のんきに大通りを眺めていた。

 大精霊はフワフワと浮かびながら、こちらへと歩を進めていた。

 距離が100メートル程度まで近付いたころ、声が聞こえた。


 ――美味そうだ! 美味そうだ! こっちから美味そうな匂いがした!

 ――俺に喰われたいと、俺に見つけて欲しいと、そう願っている奴の匂いだ!

 ――見つけた! そら、見つけたぞ! 俺に愛されたい奴がそこにいるぞ!


 火の大精霊は俺を見ていた。一直線に。爛々と燃える瞳を輝かせて。

 全身が炎に包まれた男の姿。ふんどし一丁の益荒男。


 何本もの鎖に繋がれ、神官とおぼしき女性たちが必死の形相でその鎖を引っ張っている。

 だが、神官達の力では大精霊を止められず、結果引き摺られているだけだ。


「な、なんか様子が変ですね……? いえ、そもそも大精霊様が大通りに出てくるなんてこと自体が異常事態――」

「リフレイア、悪い。あれの目的、たぶん俺だわ」


 俺は席を立ち、リフレイアの肩に触れながらシャドウバッグから取り出した「結界石」を割った。

 闇の大精霊の時と同じパターン。どう考えても俺が目的だ。


 ――んん~? なんだぁ、この術は

 ――くそっ! 近づけねーぞ! そこにいるのに!

 ――おいっ! なんだこれは! うおおおお!


 火の大精霊はいきり立ちながらも、徐々に離れていく。

 結界石は「危険を遠ざける結界」。近付こうとすればするだけ反発力が増すのだ。

 それに、闇の大精霊よりも奴が単細胞なタイプなのも幸いしたようだ。


「……危なかった。まさか、神殿に近寄るとこんなことになるのか」


 これからは神殿に近付くこと自体が危険だと認識しなければならない。

 この美味しい店に来れないのは残念だけど。


「ヒカル……? この膜みたいなのは?」

「危険を遠ざける結界。あの大精霊、俺が目的みたいだったから、張らせてもらった。……これがなかったら喰われてたな」

「喰われてたって……。つまり、ヒカルはやっぱり愛され者だったってこと……?」

「違う……と言いたいところだけど、わからない」


 愛され者ってのが、つまり精霊の寵愛を受けた人間という意味なのだろうか。

 どうも、話の流れからすると、そうであるとしか思えない。


「リフレイア、その『愛され者』ってなんなんだ?」

「それを知らないなんて……。ヒカルはやっぱりどこかおかしいですね」


 つまり常識がないということだろう。

 それはそうだ。まだこの世界に来て数ヶ月なのだから。

 あのアレックスとかいう奴と同じように、異世界から来たとさっさとカミングアウトするべきなのだろうか。

 今更、隠すことに意味があるとも思えないし。


「えっと……ヒカルは誰もいないはずなのに視線を感じたり、どこからともなく笑い声が聞こえたり……そういう経験ないですか?」

「えっ!? あ、ある! なんで……?」

「やっぱり……! それ、愛され者の特徴ですよ。愛され者の周りには、精霊達が集まってくるんです」


 あの笑い声も、視線も、すべて精霊のものだったのだろうか。

 嘲笑も。好奇の視線も。

 すべて俺の被害妄想だったというのか?


「なるほど、じゃあ俺『愛され者』ってやつだよ。たぶん」

「でも、わからないんですよ。なんで、愛され者なのに精霊術が使えるんですか……!?」 

「ちょ、近い近い!」


 両腕をすごい力で掴んで急接近してくるリフレイアにドギマギしてしまう。

 しかし、話の流れがよくわからない。


「ヒカルが感じていた視線や、笑い声は、すべて小さな精霊達のものなんです。彼らの声を聞き、視線を感じ、時に姿すら見ることができる……それが『愛され者』なんですから」

「俺が、その愛され者だってことか。それと精霊術と関係があるのか?」

「関係があるというか……、愛され者は本来、精霊術が覚えられないんです」

「なんでだ?」

「契約しようとすると、大精霊様に食べられてしまうから」


 怖っ!

 っていうか、まあそうだよな。今日の大精霊も美味そう美味そうって言ってたし。

 森に出た闇の大精霊も言ってたような気がする。


「大精霊様は、愛され者が大好きなんです。ヒカルも……気をつけて下さいよ。今日みたいに神殿に神縛された大精霊様ならともかく、自然下にいる大精霊様に見つかったら、捕食されてしまいますよ」

「ああー……うん。わかった。気をつけるわ」


 身に覚えがあるからね……。

 あの闇の化身は、やはり闇の大精霊だったのだろう。完全に俺を食おうとしてたし。

 結界石が効かなかったら死んでいた。

 いや、今日も結界石がなかったらどうなっていたかわからん。

 迷宮まで逃げればなんとかなったかもだが、本気で追いかけられたら逃げ切れると思えない。


「まあ、とにかくそれで愛され者と精霊術となんか関係があるのか?」

「ええ。『精霊から愛される者』ですからね。元々、精霊術は精霊の力を借りて行使するもの。ヒカルの場合は、私たちよりも、手を貸してくれる精霊が何十倍も多いんだと思います。元々、愛され者が精霊術を使えるようになったら、最強ですねなんて話……妹ともよくしてましたけど……実在したなんて……」

「そういうもんか……」

「ヒカル。私たち精霊術士が術を使える回数、1日でどれくらいか知ってます?」

「いや……」

「3回から10回。多い人でも15回ほどなんですよ。それ以上を無理に使えば気を失ってしまうから」

「マジでか……」


 まさか、それほど差があるとは思っていなかった。

 さすが『精霊の寵愛』は30ポイントのスキル……と言いたいところだが、大精霊という天敵がいることを考えると、一長一短あるのだろうか。難しいところだ。


 それにしても……愛され者とは皮肉だ。

 俺は嫌われ者なのに。



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