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058 迷宮の魔、そして忠告



「ところで、その大精霊って迷宮にも出るの?」

「いいえ。大精霊様は迷宮には顕現されません」


 良かった。ポイントほとんどないのにあんなのに絡まれたら終了だった。


「朝、鍛冶屋に入る前に言いかけたことですが、大精霊様が顕現なさらない代わりに迷宮には『魔王』が現れます。迷宮を生み出すことの最大のデメリットですね。大精霊様ほど強力な魔王は滅多に顕現しませんけれど、時々低層でも顕現するからヒカルは注意していないと――」

「と?」

「魔王も愛され者が大好きなんですよ……」

「ヤバいじゃん……っていうか魔王ってそもそもなに?」


 こうして人と話すようになってわかったことだが、俺はこの世界のこと、知らないことが多すぎる。

 まあ、ずっと人と関わらないように生きていたから仕方がないにせよ、程度ってものがあるだろう。


「迷宮に潜っていて魔王を知らないんですか……!?」

「だから初心者だって言ってるだろ」

「魔王は、迷宮に渦巻く『混沌の精霊力』が淀み集まることで、この世界に顕現する魔の化身のことです」

「魔物とは違うのか?」

「魔物は、混沌の精霊を含んだいろんな精霊の集合体ですから、純度が高くないんです。倒しても混沌の精霊石が出ること、ほとんどないですしね」

「混沌の精霊石のほうが高価なんだっけ?」


 値段は大事だ。

 探索者は、要するに精霊石を集めている発掘者なのだから。

 俺も一つ持っているけど、高いという情報しか持っていない。

 どのくらい高いんだろう。


「段違いですよ。混沌の精霊石は何にでも使えますし、複雑な魔道具は、混沌の精霊石じゃないと動きませんから。同じサイズの色つきの10倍はしますね」

「なるほど……」


 そういえば、前に精霊石にアイテム鑑定をかけたことがあった。

 ステータスボードを開いて、過去の履歴を表示させる。


『精霊石 :混沌 混沌の精霊結晶は、怪物化した動物の体内から採取するか、魔物を殺すことで稀に現れる。混沌とは、精霊たちが純粋な属性を得られず混ざり合ったものであり、すべての属性を含み「魔」とも称される。魔王からのドロップ率は100%。通常の魔物や怪物が落とすことは稀であり、貴重。精霊力の源として大型の石は魔導具のエネルギー源として高額で取引されている。該当個体は、ほむら猩々の怪物体からドロップしたもの。LLサイズ。レア素材』


 これは、あの炎の大猿の精霊石をアイテム鑑定した時のものだ。

 鑑定したものは、ログから拾って表示することができる。

 あの時は意味がわからなかったが、今はわかる。

 魔王からのドロップ率100%とある。そして、貴重品で、魔道具のエネルギーに使われると。

 ……大事なこと、全部書いてあったわ。


「それから、ヒカル。あなたが愛され者だってこと、私と二人だけの秘密にして下さい。特に神殿関係者には絶対に喋ってはダメですよ」

「なぜ秘密に?」

「神殿の関係者に見つかったら、生け贄として監禁されてしまいますから」

「マジですか……。気をつけるよ。神殿関係には近づかないほうが良さそうだな……。って、リフレイアも神殿関係者じゃなかったっけ?」

「私はただの見習いですから。それに……生け贄には反対です。本当は、こんな迷宮都市を作るのだって自然に反したことですし」

「そっか。リフレイアの地元は、光の大聖堂だっけ? そっちは生け贄使ってないのか?」

「シルティオンは自然神殿ですから。生け贄を使って大精霊様を座に据えている人工神殿とは違うんです」

「なるほど」


 迷宮都市を作るには、大精霊が必要で、その為には愛され者を生け贄として使う……そんなことなのだろう。いきなり、迷宮都市の闇を突きつけられた気分だ。


「愛され者だって最初に知られたのがリフレイアで良かった。運が悪かったらになってたな……」

「ええ。だから、本当に気をつけてくださいね?」


 リフレイアの真剣な表情からして、本当にヤバいのだろう。

 実際、結界石があったからよかったが、なかったら終わってたかもしれない。


 しかし、愛され者が生け贄になるだの、大精霊に食われるだの、30ポイントも使って精霊の寵愛を取った人の中には、この罠に引っかかった人、けっこういるのではないだろうか?

 特に、大精霊に食われるのなんて、回避できないだろう。

 30ポイントで寵愛を取って、さらに10ポイントで精霊術を取得できた人は、かなり少ないだろうし。

 合計40ポイントはかなりキツい数字だから。


「あー、それにしても驚きました。ヒカルといると、驚くことばっかりですね。精霊術もすごいし、鍛冶屋でも物怖じしないでちゃんと注文するし、愛され者だし、こんな大精霊様さえ遠ざけるような魔道具まで持ってるし」

「いやぁ、最後のは巻き込んじゃったようなもんだけどな。これ、効力長いからヤキソバ食べちゃおうぜ」


 結界石の効力は半日。

 危険を遠ざける効果だからか、俺達がここにいるのは周囲の無害な人たちからは見えているようだった。

 この結界石は最後の一つだったから、ここぞという場面で使いたかったが、まさかこんなことで使うことになるとは……。

 まあ、視聴率獲得のためには、こういうハプニングも必要か。


 ちなみにヤキソバは美味かった。

 異世界のくせに食べ物が美味しいのは、元日本人としてはかなりポイントが高い。もし、焼いた肉とパンしかない世界だったら、自分で料理することも視野に入れていたかもしれない。それか、クリスタルでサンドイッチばかり交換してたかも。


 しばらくして、神殿関係者がドタバタと事情聴取に来たが、連中には俺達の姿が見えなかったようで、スルーしていった。

 リフレイアが言うように「愛され者」を探しに来たのだろう。


「そろそろ結界解いても大丈夫そうだな。大精霊の気配なくなったし。神殿に戻ったのかな」

「え、ええ……。そのはずです。ヒカル、こういうことが起きないように、神殿が『愛され者』を管理している面もあるんです。そのこと、絶対に忘れないで下さいね」

「ああ、俺も喰われたくはないからな。神殿には近付かないようにするよ」


 現時点ではポイントはゼロだ。

 クリスタルが30個以上あるから1ポイントの結界石を交換すること自体は可能だとはいえ、毎回、こんなことで結界石を使うわけにはいかない。

 幸い、大精霊の気配は覚えた。一定距離よりも近付かなければ平気なようだ。


「絶対ですよ? 神殿もこれが何度も続けば、ヒカルを草の根を分けてでも捜すはずですから。彼らが本気になったら、もうこの街にはいられなくなってしまいます……絶対ですよ?」

「わかった。絶対に近付かない。約束するよ」


 何度も念を押されて、俺はリフレイアと約束した。

 どのみち、俺にとって大精霊は天敵なのだと完全に理解したのだ。近付くはずがない。


 その後、結界を解いてギルドまでダッシュした。

 大精霊の気配は現れることはなかった。


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