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059 マンティス再び、そして順調なる日々


 迷宮の探索は順調だった。

 厳密には、慣れた場所でひたすら魔物を狩っているだけだから、探索というのは語弊があるかもしれない。

 だが、次の階層に進むには装備も心許ないし、別にやっておきたいこともあった。

 リフレイアは四層まで経験しており、グレープフルーも三層の斥候が可能だという。

 だから、二層での狩りは俺に合わせてもらっているのだ。

 まあ、魔物を狩るペースが尋常ではないので、無理に三層や四層に行くより儲かるとはリフレイアの弁である。

 しかし、視聴率は伸び悩んでいる。そろそろ次の段階へ進む必要があった。


「マンティスにゃ!」


 その日の午後。

 ついに待ちわびた魔物が出た。


「リフレイア。あいつを俺のフォローだけで倒せるか試してくれ。無理はする必要ないが、なるべく速く。これから下の層に進むなら、強敵でも1分以内で倒せるか試しておきたい」

「わかりました」


 俺とリフレイアの連携は、かなり息の合うところまできていた。

 シャドウバインドは効果時間こそ短いが、瞬間的な拘束力は高い。

 その一瞬の虚を上手く突くことができれば、確実にクリティカルヒットを与えられるようなもの。

 俺とリフレイアは、そのタイミングを合わせるのに、ここ数日を費やしていたのだ。


 マンティスはこの階層の魔物の中ではあまり好戦的ではない部類に入る。

 集団で襲い掛かってくるゴブリンやオークと違い、ゆっくり歩いて近付いてきて、グサリ! というタイプだ。

 だから、斥候が先に見つけさえすればマンティスからは逃げるのが定石なのである。そのための逃走用煙玉が売っているくらいだ。


 俺は闇に紛れて、少しずつマンティスに接近。

 リフレイアは大剣を見せつけるようにして、距離を詰めていく。


 マンティスの強さは、実にシンプル。

 力もスピードもオーガより上で、腕の先が長い鎌になっている。つまり丸腰な奴もいる他の魔物と違い、全部が武器持ち。あの鎌でリフレイアの大剣の一撃すら受け止め捌くのだから、とんでもない膂力、そして剛性である。

 普通に考えたら、あんな細い鎌など一撃で折れてしまいそうだが、折れたところは見たことがない。


 カマキリ顔の頭部からは一切の表情が覗えない。

 筋骨隆々の人間型の上半身は無駄な肉が一切無く、魔物だというのに惚れ惚れするフォルムだ。

 下半身は昆虫そのもので、4本の脚が上半身を支え、バランスを崩すのは難しそうだ。


 俺はリフレイアを助けた時にあれを一度倒したが……冷静になってみると、よくあれを倒せたなと不思議になるほどマンティスは力強さに溢れた魔物なのだった。

 ちなみに四層や六層でもマンティスは出るらしい。つまり、そのレベルの魔物なのだ、こいつは。なぜ二層で出るのかは良く分かっていないらしい。


 マンティスとリフレイアとの距離が10メートルを切るタイミングで、俺はダークネスフォグの範囲を広げた。同時にナイトバグを召喚し攻撃を開始する。

 闇の中では魔物は気配に反応する。

 マンティスほどになると、闇の中でもこちらに攻撃をしてくるよう反応をするが、ナイトバグで「気配」を増やすことで、その動きを封殺することが可能。

 さらに、近付くリフレイアの気配を誤魔化す効果も期待できた。


「シャドウバインド!」


 リフレイアが必殺の間合いに入ったと同時に、ダークネスフォグを解除し、間髪容れずにシャドウバインドで動きを封じる。

 シャドウバインドの効果は、拘束した直後が最大で後は急速に効果がなくなっていき、わりとすぐに魔物は自由になってしまう。効果時間は魔物によるが三〇秒もない程度。

 足止めとして使うには心許ないが、一瞬だけ動けなくなるタイミングを作る術としては、滅茶苦茶に有用だった。

 つまり、攻撃と同時にバインドを食らわせれば、相手は回避行動も防御行動もとれないということなのである。まして、闇から出た直後。

 これが俺とリフレイアとの連携。

 必中の必殺攻撃。

 まして人間の身長ほどもある大剣から繰り出される全力攻撃。

 筆舌に尽くしがたい威力だろう。


 ザンッ! と、体重を乗せたリフレイアの袈裟斬りにより、マンティスは一撃で絶命した。

 コロンと、オーガのものより一回り大きい精霊石が転がる。

 残念ながら混沌の精霊石ではなかったが、色付き――風の精霊石だ。


「うまくいったな。マンティスに通用するなら三層の魔物の相手もなんとかなるか」


 迷宮で怖いのは、戦闘に手間取っている間に、他の魔物に挟撃されてしまうことだ。それを防ぐには斥候を使い、必ず先制攻撃をすることと、さっさと戦闘を終わらせること。この二つが肝要となる。

 マンティスを20秒で倒せるとなれば、二層ではもう危険がないに等しい。もちろん、油断は禁物だが。

 三層もおそらく問題がないだろう。

 リフレイアとグレープフルーが言うには、第三層『霧惑い大庭園』は二層のように大集団で出てくる魔物がいないらしく、俺達のパーティ向きということらしい。

 なんにせよ実際に行ってみなければわからないが、この結果は自信になる。


「上手くいきすぎなくらいですよ……。一撃だなんて……」

「リフレイアさん、すごいにゃん! 斥候やって長いですけど、マンティスをこれだけ鮮やかに倒せるパーティーにゃんて、見たことにゃいです」

「いえ、すごいのはヒカルですよ。私じゃなくても、銀等級以上の戦士なら誰でも同じ結果を出せると思います」

「いやぁ、息が合ってるかどうかが大事だから。リフレイアが俺を信じてくれてるからだよ。少しでも躊躇したら、タイミングずれて防御されちゃうし」


 防御されてしまったら、あとはもう泥仕合だ。

 勝てるは勝てるだろうが、スマートさはないだろうし、ケガをする可能性も上がる。

 この迷宮での魔物との戦闘とは「狩り」なのだ。

 あくまで一方的に倒せる状況を作って戦うべき。

 もちろん、泥臭く戦って経験を積むのも大事だろうが。


「よし。今日はこれくらいで上がるか」

「じゃあ明日から三層?」

「いや、明日は休みにしよう。連日戦いまくって疲れも溜まってきてるし、武器も出来上がってるだろ。受け取ったら少し素振りなんかもして練習したい」


 迷宮から出たら、その足でギルドに寄る。

 精霊石の買い取りと報告の為だが、これはリフレイアに頼んでいた。

 ギルドへの報告は、探索者としての階級を上げるという意味もあるので、本来ならば全員で行くべきだが、代表が報告してもいい。もちろん、その前にパーティー登録が必要だし、その場合の代表者は銀等級以上の実績ある者に限るなど決まりも多いが。

 まあ、代表者だけでいいとなれば、実際には探索に参加していない者の階級まで上げられることになってしまうから、不正防止の為には当然の措置と言えるだろう。

 逆に言えば、それだけ銀等級以上の探索者は信用があるということだ。


 短刀の代金はギリギリ貯まったくらいだが、数日で一人銀貨20枚というのは、かなりのペース。ギルドの買い取り屋も驚いていたそうだ。

 |青銅級(スピリトゥス)は、登録してから3ヶ月、あるいは精霊石の買い取り回数30回を達成しなければ、次の等級である|黒檀級(ドライアド)へ上がることができない。

 だから、俺の階級は最下級の青銅――第6等のままなのだが、青銅級でこれだけ稼ぐ探索者は、ほとんど前例のないことなのだそうだ。

 ……まあ、一緒に組んでいるのが|銀等級(シルヴェストル)のリフレイアだから、ただくっ付いて行っているだけと見られているっぽいけれど。


 ちなみに、ギルドの等級を上げるには試験を受ける必要があるのだそうだ。

 どうしても不正(買ってきた精霊石を納めたりとか)で等級を上げようとする者がいるとかで、それを防ぐ為なのだとか。


「じゃ、また明後日な」

「あ、あのヒカル。私も明日、鍛冶屋いっしょに行っていいですか? どうせ暇ですし」

「まあ、いいけど……午後はちょっと用事あるから、午前だけな。朝、迎えに行くよ」

「やった。じゃ、早起きしてますね。約束ですよ?」


 そういうことになった。

 さて、明日は忙しくなるな。


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