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061 天降鉄の短刀、そして単独行


 次の日。

 朝からリフレイアと待ち合わせをして鍛冶屋へと向かった。


「今日はほんとに剣を受け取るだけだぞ? 最近ずっと迷宮に潜りまくってたから、ゆっくり休んでたほうがよかったんじゃないか? 明日からまた3日は連続で潜るつもりだし」

「ええ、私も今日のうちに剣を見てもらっておくだけですから、終わったら宿で休みますよ」


 ということらしい。

 まあ、実際どのくらいの頻度で休みにするのかは、この世界の探索者の常識はよくわからないから、なんとも言えないところではある。

 グレープフルーによると、一回探索したら1日休むというパターンが多いそうだ。肉体を酷使する仕事だし、それくらいが適正なのかも。

 まあ、うちの場合は都合が都合だ。リフレイアがキツいと言うなら変えるが、今のところはこのペースでいきたい。


「おう、できてるぞ」


 鍛冶屋に到着すると、すぐに親父はできたての短刀を出してくれた。

 親父はぶっきらぼうだが、仕事は早く丁寧だ。


「問題はねぇと思うが確認してくれ。鞘と柄は黒桜材、柄には革紐を滑り止めに巻いてある。気に入らなければ、柄巻きは好きな紐に換えてくれてもいい」


 親方が作ってくれた短刀は鞘も柄も黒かった。

 俺が闇の術を見せたから、それに合わせてくれたのだろう。

 俺自身の服装も黒だからというのもあったかもしれない。

 見た目は短い剣という感じだが、ズシリとした重さで、扱えるのか一瞬不安になるほどだ。無骨で厚い刀身にしてくれと頼んだからか、あるいは、この間のでこれくらいなら扱えると踏んだからか。


「ヒカル、ヒカル。早く刀身を見せてくださいよ」

「わかってる。なんか緊張するな……」


 鞘から短刀を引き抜く。

 きらめく白刃を想像していたが――


「お、おお……黒い……!」

「ヒカルにぴったりですね!」


 なんと短刀は刀身までも黒だった。

 さすが異世界だ。まさか黒い刀身なんて……。


「黒隕鉄で打たせてもらった。実はその鉄は人気がなくて、在庫が余ってたもんでな。だが、おまえさんにはピッタリだろう?」

「ええ、とても気に入りましたけど……隕鉄ですか? 空から降ってくる?」

天降鉄あまふがねとも言うがね。なかなか特別な鉄ではあるんだが、まとまった量が入ってくるわけでもねぇし、短剣か短刀くらいにしか使い道もねぇ。それに、黒い刀身は嫌がる客が多いし、どうしようかと思ってたところでな。その鉄は夜の女神に愛された鉄だと言われてる。おまえさんの精霊術との相性もいいだろう」

「ヒカル、闇の大精霊様は女神なんですよ。火と土と光の大精霊様が男神で太陽神の眷属、水と風と闇の大精霊様が女神で月神の眷属。中でも闇の大精霊様がもっとも月神と近しいって言われてますね」


 そんな区分があるのか。

 いや、実際に大精霊は存在するし意思疎通もできるのだから、単純に事実なのだろう。

 神が実在する世界ってのは、現代日本から転移してきた人間からすると、現実感がないというか、なんというか。

 おとぎ話をしてくれてるのか、事実としての情報を教えてくれているのかわからなくなるな。


「闇の大精霊様は夜の女神とも言われているからな。おかげで、人の前に姿を表すことがほとんどないわけだが」

「自然神殿しかないんですよね、確か。ミリエスタスの闇の大聖堂、一度行ってみたいなぁ」

「神官連中は躍起になって闇の大精霊様を探してるみたいだがね。光の大精霊様とは逆に、夜にしか顕現なさらないんだろ? 月明かりだけで見つけるのは無理なんじゃねぇのかな」

「光の大精霊様を見つけるのだって困難だって話ですからね。今まで通りに自然神殿を見つけるしかないんだと思いますよ」


 親方とリフレイアが大精霊トークを始めてしまった。

 意外と二人とも大精霊オタクなのかもしれない。聞いたことない単語がバンバン出てくるぞ。


 俺はトークを続けている二人を尻目に、短刀の確認作業に入った。

 意外と日本刀と似たものが出てきた、というのが率直な感想だ。注文通りに作ったから、結果としてそうなったという線もあるが、黒塗りの鞘や、黒い柄巻き。柄頭は環状になっていて、紐を括り付けておけば落とさずに済むかもしれない。

 刀身は35センチほどで、両手持ちできるよう柄も25センチほどあるだろう。全長で60センチ。刀身はかなり重たいが、柄が長い為か持った際にあまり重さを感じない。

 表に出て、振ってみる。

 やはり重いが、振るのも突くのも問題はない。

 少なくとも現時点の俺の戦い方なら、攻防自体がないのだから、正確に攻撃できることこそが肝要なのだ。


「いいな……。すごくいい……」


 なんといってもかっこいいのがいい。

 短刀と言っても、日本刀がない世界だから、思ったように伝わってない可能性も考えたが、身幅が7センチ、厚みも2センチある半分鈍器のような代物は、俺の想像を遙かに超えて、対魔物用の武器としての存在感を主張している。

 かっこいい……!


「気に入ったみてぇだな。こういう瞬間は鍛冶師冥利に尽きるな」

「ヒカルがああいう風に笑うことって、あんまりないですから。すごく喜んでると思いますよ」


 いつのまにか、二人に見られていたようだ。少し恥ずかしい。

 俺は、剣を鞘にしまった。


「ありがとうございます。すごく良いです。ずっと頼りない短剣でやってましたから、ようやく|一端(いっぱし)になった気分です」

「おお。探索者と武器とは切っても切れねぇ関係だからな。新しい相棒だと思って大事にしてやってくれ。手入れの仕方はわかるのか?」

「油を塗るんでしたっけ?」

「そうだな、汚れたら布で古い油を拭って、あとは新しい油を薄く塗っておいてくれればいい。迷宮で使うぶんにゃ、ほとんど汚れることはねぇはずだから、そこまで気を使う必要はないがね」


 なるほど、迷宮の魔物は死体を残さない。つまり、武器に血液やら体液やら肉片やらが付着することがないのだ。

 むしろ、装備者の汗や血で汚れる可能性のほうが高いくらいかもしれない。


 手入れの方法も聞いて、残金の銀貨20枚を支払う。

 手入れ用の布と油をサービスしてもらい、剣は腰に吊した。


「じゃ、リフレイア。昨日も言ったけど、ちょっと用事あるから今日はここで。明日、朝迎えに行くから」

「え、ああ。うん。またね、ヒカル」


 リフレイアの顔にはもっと遊びたいと書いてあったが、今日は本当に用事があるのだ。

 後ろ髪引かれないと言えば嘘になるが、俺はその誘惑を振り切って、歩きだした。

 路地を抜けて遠回りし、ギルドへ。

 迷宮の入場許可証を発行してもらい、いくつかポーションを買い、一人迷宮に入る。


 視聴率一位を取る方法。


 何度も言っているが、俺が命を賭けるのが一番効率がいいのだ。

 視聴者たちは、俺の死を望んでいるのだから――


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