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062 幻影戦士、そして本心


 700人以上いる転移者の中で、一番になる方法。

 俺には、自分自身が死の危機に陥ること。それ以外に思い浮かばなかった。


 俺がただ生活をするだけでは、憎たらしいだけだろう。そんなものを見たい人間はいない。

 俺が充実した冒険をするだけでは、ひたすらに憎たらしいだけだろう。しかし、これは悪い意味で注目を集める手段となり得る。


 そして、そんな俺が調子に乗って一人で危険が満ちた下層へと降りる……。

 俺の死を願っている視聴者たちにとっては、願ったり叶ったりの展開だ。

 そして、いつ、次の瞬間にも死ぬかもしれない迷宮下層での単独行は、高い視聴率をたたき出すはずだ。


 ナナミを生き返らせる。それが可能であるのならば、自分の命を賭けるのは当然のことだった。

 今ばかりは、地球からの視線も嘲笑すらも、力に変えて前に進むのだ。


 二層まで一気に降りて、三層への下り階段の前で装備を確認。

 短刀に予備の短剣。防具は闇夜の小手だけ。

 相変わらずの防御力ほとんどゼロに近い構成。

 それでも、これが俺のスタイルだ。


 俺は誰も周りにいないことを確認してから、一つ咳払いをして、口を開く。


「えー、今から一人で第三層の『霧惑い大庭園』に降りてみようと思います。事前知識ほとんど無いですけど、がんばって実況してみようと思うので、みなさんよろしくお願いします」


 実況なんてやったことないから、どんな感じで言えばいいのかわからない。もっと、ぶっきらぼうなほうがいいだろうか。

 自分のキャラクターを作ったほうがいいと、なんとなくわかってはいるのだが、実践するのは難しい。


「それと、闇の精霊術の位階が3に上がって、ランクアップした術が二つあります。一つは地味ですが、シャドウバッグがシャドウストレージに変化しました。入る量が増えたみたいです」


 地味だが、めちゃくちゃ便利になった。

 なにせ、八倍ほども容量がアップしているのだ。

 今なら鎧やら盾やらを複数個入れておくことも可能だろう。

 予備の武器を入れておけるし、包帯や食料、ポーションなんかも割る心配なしに運ぶことができる。

 他の探索者パーティはけっこうポーターを雇っているが、少なくとも俺がいるパーティーでは不要だ。


「もう一つは、シャドウランナーです。なんと、ファントムウォリアーというのになりました。近くの魔物で試してみましょう」


 ちなみに、現在の位階と熟練度はこんな感じ。

 どの術も第3位階に上がると、グレードアップするっぽい。


【 闇の精霊術 】

 第一位階術式

・闇ノ虚 【シェードシフト】 熟練度89

 第二位階術式

・闇ノ見 【ナイトヴィジョン】 熟練度94

・闇ノ棺 【シャドウバインド】 熟練度58

・闇ノ喚 【サモン・ナイトバグ】 熟練度42

 第三位階術式

・闇ノ化 【ファントムウォリアー】 熟練度0

・闇ノ納 【シャドウストレージ】 熟練度1

 第四位階術式

・闇ノ顕 【ダークネスフォグ】  熟練度79

 特殊術式

・闇ノ還 【クリエイト・アンデッド】 熟練度1


 やはり実戦で使っているからか、それとも仲間がいるからか、熟練度はいい感じに上がってきていた。

 どうしてもシェードシフトはあまり使う機会がなく上がりにくいが、使用頻度の上がっているシャドウバインドとサモンナイトバグはこのままいけば、第三位階まで上がる日も近い。

 ちなみに、術は位階が上がって上位術を覚えても、下位術もそのまま使用可能だ。


 少し歩いたら、オーガを発見した。

 運良く単独でいる。


「オーガです。新しい武器のテストも兼ねて、戦ってみようと思います。今日はリフレイアもいないので、慎重に」


 俺はダークネスフォグで姿を隠しつつ、オーガに向けて術を唱えた。


「ファントムウォリアー」


 術と共に精霊力が闇へと変換され、その闇が次第に人の……戦士の姿へと形を変えていく。

 鎧兜を身に纏い、左手に盾を携え、右手には大きな剣を構えた戦士だった。

 それは完全な闇ではなく、シェードシフトと同じように闇に潜む人間を擬態したもの。魔物には、人と見分けが付かないかもしれないほどの完成度だ。


 ファントムウォリアーは、剣で盾をガンガンと叩き注意を引き寄せながら、一歩一歩を踏みしめるようにオーガへと歩を進めていく。

 オーガも武器を構え、迎撃の姿勢。


 俺はダークネスフォグを最低限にしぼり、闇に紛れたまま剣を抜き、遠回りしてオーガに忍び寄っていく。


「ガァアアア!」


 オーガが斧をファントムウォリアーへと振るう。

 しかし、しょせんは闇の戦士は幻影の存在。凶刃は空を切り、依然ファントムウォリアーは健在。バンバンと音を立てながら、オーガに攻撃する素振りを見せるが、もちろん、こちらも実体はなくなんのダメージもない。


 完全にファントムウォリアーにのみ注意を払っているオーガの首筋に、俺は後ろから短刀を突き立てた。

 オーガは一撃で絶命し、カランと拳大の精霊石が落ちる。


「ファントムウォリアー、素晴らしい術でしたね。相変わらず攻撃力はゼロですが、敵の数が多い時の足止めなんかにも期待できそうです」


 ダークネスフォグを解除して、精霊石を拾いながら実況を再開する。

 実際、これはシャドウランナーとは比べものにならないほど実戦に向いた術だと言えるだろう。あれは影を走らせてちょっと気をそらせるだけだったが、ファントムウォリアーはどう見ても戦士だ。人間でも魔物でも、これを無視するのは難しいはず。


「それでは新しい術も試したことですし、第三層へと降りてみましょう。死なないように、頑張ります!」


 俺はダークネスフォグを維持したまま、階段を降りた。


 階段はかなり長い。

 一層は地下というよりは半地下という感じで、少しずつ下っていくと黄昏冥府街に出るような構造になっている。

 二層への階段はちょうどビルの階段2階分程度の長さだった。飢獣地下監獄はあんまり高さのある場所ではないから、そんなもんなのだろう。

 そして、今、この階段はもう100段を優に超えている。


(それにしても……なんだろうな。落ち着くというか……居心地がいい……)


 仲間といる時とは、違う。

 一人で闇に潜んでいることで、俺は奇妙な心地よさを感じていた。

 パーティーを組むということは、仲間のことも常に考える必要がある。

 ケガをしていないか。無理をしていないか。

 迷宮探索は緊張し続けるものだ。

 少なくとも、一人で潜っている時よりも。


 そして、もう一つ。

 パーティーを組んでから、俺は闇に紛れるのは戦闘の時だけに絞っていた。

 つまり基本的には姿を晒していたということ。


(無理してたのは、俺のほうか……)


 視聴率で一位を取る。

 そのためなら、なんでもすると決めた。

 だけど、笑い声や視線が消えたわけではなかった。


 聞こえてないふりをして。

 感じていないふりをして。

 どうしても聞こえる、その声も視線も精霊のものだと、自分に言い聞かせていたのだ。

 リフレイアが言っていたように、あの声も視線も精霊の寵愛――「愛され者」の特徴で、それは真実なのだろう。

 だけど、一度「そう」聞こえてしまったものを、違うからとか、無害だからと納得できるかどうかは、別の話だ。


 俺なんかに一位など取れないと笑う声。

 自分の目的の為に他人を利用する俺を見る好奇の視線。


 表には出さないように。

 明るく朗らかに、できていただろうか。


 慣れると思っていた。実際、慣れ始めてきているという実感もあった。

 でも、まだダメだ。

 ふとした拍子にに心の弱いところを撫でられてしまう。


 だけど、声も視線も通さない暗闇の中でなら、俺は自然な姿でいられる。

 実況をやるのは辛いが、闇の中に潜みながらなら、独り言みたいなものだ。

 一人で潜ることを、視聴率の為と自分に言い訳していたけれど、案外、俺自身が求めていただけなのかもしれない。


 1人で、下の階層へ降りるのだって、本当は怖い。

 階段を降りる脚は震えているし、鳥肌も立ちっぱなしだ。


 でも、何度も命を救ってくれた『闇』への信頼が、その恐怖を和らげてくれていた。

 ダークネスフォグの深い闇を通して、肌に感じる精霊達の気配。

 精霊の寵愛の効果なのか、俺を助けようと、俺の力になろうとしてくれる、温かな意思のようなものを感じるのだ。

 だから、俺は1人だけど、1人じゃない。


 この心地良い微睡みにも似た漆黒に、俺は心地良さすら感じていた。



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