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063 霧惑い大庭園、そして命を賭け金にして



「すごく長い階段です。階段昇降トレーニングができそうですね」


 とんちんかんな実況をしながら下っていくと、ついに出口が見えた。

 少なくとも学校の階段を一番下まで降りるより、ずっと距離があったと思う。百メートルほどは降りただろうか。


「……すごいですね。迷宮の中とは思えない光景です。一層もかなりのものでしたが、こっちは段違いです。誰が作ったんでしょう?」


 階段の先は、緑の庭園だった。

 空は曇天。

 いや、厳密には空ではない。ただ、霧で|煙(けぶ)りそう見えているだけだ。

 不思議な光源があり、二層のように暗くはない。

 ただ、階層全体が濃い霧に支配されているのだろう、視界は悪い。

 見えるのは100メートル先くらいまで。なるほど「霧惑い大庭園」というだけある。

 俺の術と相性が良いのか悪いのか、今の段階では判断が付かない。


「それでは探索を開始していきます」


 気楽な感じを装って実況しているが、その実、俺はかなりビビっていた。

 知らない階層。

 どんな魔物が出るのかすら、俺は意図的に調べて来なかった。

 結界石も用意していない。


 視聴率を取る為に俺に出来ることは、命をベットすることだけだからだ。


「とりあえずは階段の近くから探っていこうかな……」


 二層と比べると三層は格段に明るい。

 リフレイアとグレープフルーは、俺の術との相性が良さそうな階層と言っていたが、術により濃厚な闇が出現するのは不自然に見えそうだ。

 相性、悪いんじゃないのかな……。

 そんな気がする。


 出来たて真っ新まっさらの短刀を抜き、突然戦闘が始まっても良いように身構えながら、少しずつ歩を進める。

 霧惑い大庭園は、その名の通り広い庭園のようだ。途中に石で作られた噴水跡のようなものや、10段程度の階段なんかの構造物がある。西洋の庭園を模したような造りの階層だ。

 少し進めば、もう降りてきた階段は見えなくなってしまった。これでは、マッピングしていたとしても迷子になってしまうだろう。

 そして、俺は当然マッピングなどしていない。


「あっちに何かいますね」


 魔物だ。それも、かなり大型の。

 あまり距離を詰めると、相手に気付かれてしまう可能性がある。

 ある程度離れた距離から、観察することが大事だ。どんな相手かわからないのだから。


「あれは……太った大男ですね。3層の魔物は、事前に調べていないので、あれがどういう魔物なのかはわかりませんが、サイズが大きく……力が強そうです。丸太みたいな棍棒、あれの一撃を食らったらひとたまりもなく死にますね……」


 ギルドには、第五層までに出現する全魔物の特徴が記された大きい紙が壁に貼ってあり、誰でも閲覧できるらしい。

 ギルドからすれば、魔物と精霊石はイコールなのだ。その情報を出し惜しみする意味はない。より効率的な攻略法も書き込まれており、攻略気分はあまり味わえないかもしれない。


 俺は、リフレイアからそのことを聞いてはいたが、意図的にその情報を見ずにここまで来た。

 迷宮を舐めているわけではないが、俺が調べてその情報を知るということは、視聴者もその情報を知るということだ。事前になにもかもわかっている冒険など見て面白いだろうか? 俺が余裕で危険を回避していくのを見て楽しいだろうか?

 そんなもの、面白いわけがない。安全マージンをしっかり取った冒険など、近所の散歩にも劣る。


「魔物の弱点は、総じて精霊石が発生する場所なんだそうです。首の付け根の辺りですね。不定形の魔物だとわかりにくいそうですが、脊椎動物を模した魔物は弱点がわかりやすいです」


 これはリフレイアから聞いて知っていたことだ。俺も無意識に弱点ぽい場所と思って首付近を攻撃するようにしていたのだが、まさにそこが弱点であったとは、最初知ったときには驚いた。

 なぜその場所が弱点なのかは知らない。

 そのうちリフレイアに訊いてみよう。


「さて……どうやって攻略しましょうか。術抜きはさすがに無理なので、いつも通りのやり方でやってみます」


 俺はダークネスフォグの闇に包まれたまま、魔物に近付いていった。

 相手は全長2メートル近い大男だ。俺の身長は170センチ弱、首筋を狙うにはギリギリの高さ。

 こいつよりデカい魔物が出たら、どう戦えばいいのかギルドで聞いておいたほうがいいのかもしれない。


(さて、こいつは気付く奴かどうか)


 鈍感か敏感か、それは試してみなければわからない。

 すべての魔物が鈍感であってくれれば楽なのだが。


(気付かれたか)


 さすがに闇が近付いてくるのは不自然すぎたのか、相手は明らかにこちらを気にしている。あの、直径50センチもの棍棒を食らったら、どうにもならず死ぬだろう。

 顔面まで贅肉に包まれたブヨブヨの大男だが、紅く光る眼光は鋭く、こちらを警戒しているのは明白。

 さて、どうするか。


 俺は、魔物を中心に円を描くように移動した。

 だが、まるで見えているかのように大男はこちらから視線を外すことはない。

 かといって、積極的に攻撃を仕掛けてもこない。

 単純に不思議がっているらしい。


 さて、ここでどう戦うかが問題となる。

 俺の攻撃の性質からいって、どんな魔物でも暴れ回られると攻撃を食らう可能性が高い。魔物が武器をぐるぐると振り回すだけで、闇に紛れて近づいた俺などは、あっけなく吹っ飛ばされてしまうことだろう。

 だから、そうならないように事を運ぶ必要がある。


 俺は闇の範囲を急激に広げ、大男を飲み込んだ。

 魔物は突然の闇に驚き、キョロキョロと明かりを求めて狼狽えている。

 俺はその反応を見て、覚悟を決めた。


 勇気を振り絞り、震える脚にムチを打って相手にぶつかるように飛び出していく。

 相手が足音に気付き、闇雲にでも攻撃を繰り出そうとする、その刹那――


「――シャドウバインド」


 闇が相手の巨体に絡みつき、その動きを拘束する。


 結局、決め手となるのはこの術だ。

 ダークネスフォグの闇を広げ、魔物が狼狽えている間にダッシュで接近、至近距離まで近付いてからのシャドウバインド。

 バインドの効果時間がある内に一撃で決める為の、必殺の剣。


「うおおおお!」


 気勢を上げ、2メートルの巨人に感じる本能的な恐怖を押し殺す。

 真っ正面から身体ごとぶつかるようにして、俺は大男の喉仏へ短刀を突き立てた。

 刀身35センチの短刀が、魔物の弱点に到達し、致命の一撃クリティカルヒットを与える。


 巨人が消滅し、カランと大きめの精霊石が落ちる。

 土の精霊石だ。


「……こ、怖かったけど、倒すことができました。シャドウバインドは優秀ですね」


 実況しながらも、俺の声は震えていた。

 闇の中とはいえ、巨大な相手を真っ正面に据えての攻撃。

 怖くないはずがない。

 俺の防御力など紙みたいなものなのだ。例えパンチ一発だとて、致命傷になりかねなかった。

 シャドウバインドの効果時間は短い。

 リフレイアと散々タイミングを合わせる練習をしていたから、それを自分自身にも適応できた。

 ほんのわずか――1秒でもズレれば防御されてしまう可能性がある。そうなれば、畳み掛けるように反撃されて負ける。

 絶対に失敗できない攻撃。その代わり、成功したときの効果は絶大なのだった。


「新しい武器も、かなり力が乗って扱いやすいです。やはり、鍛冶屋で頼んだ武器は良いですね」


 なにより、格安短剣と違い折れそうにないのがいい。

 盾を持っていない俺には、剣で受けるという手段しかないのだが、それが可能というだけで、かなり安心感がある。

 ……というか、普通に小型の丸盾くらいは用意したほうがいいのかもしれないが。


「では、探索を続けます」


 霧惑い大庭園は、かなりの広さがあった。

 迷宮というと、もっと区割りのしっかりとした迷路のようなものを連想しがちだが、一層は街だし、三層は庭園だ。

 植物や構造物で通行不能な場所はあるにせよ、基本的には開けた場所。

 通路も広いし、それこそ魔物との遭遇戦を楽しむ為の場所といった感じ。

 二層より三層で戦う探索者が多いらしいという理由もなんとなくわかる。

 なんといっても、ここは二層のように暗くないのだ。松明やランタンが必要ないというだけで、かなり楽だろう。


「魔物を見つけました。ゴブリンの大きいやつと、なんでしょう、小悪魔みたいな外見の魔物です」


 ギイギイとうるさく喚くゴブリン(大)が3匹。小悪魔は小さい翼が生えていて、空を飛びそうだ。


「召喚術で様子を見てみようと思います。サモン・ナイトバグ」


 ナイトバグは、位階が上がったことで、一度に召喚できる虫の数が増えた。

 一発一発は軽いものの、数の暴力は悪くない攻撃効果を生む。

 さらに、相手の意識を逸らすことも可能だ。

 ちなみにナイトバグは弱い魔物には十分な殺傷能力があり、ゴブリンやオーク程度ならそれだけで倒すことが可能。

 ゴブリン(大)や小悪魔はどうだろう。


 ナイトバグが魔物達に殺到し、削っていく。

 どうやらゴブリン(大)も小悪魔もたいした魔物ではないようで、ダメージを与えられている感触がある。


 あるいはこのまま、遠くからナイトバグを連発しているだけで勝てそうですらあったが、小悪魔が想像していなかった行動に出た。


『グラベルミスト』


 なんと精霊術を使ったのだ。

 声に呼応するかのように精霊力が高まり、小悪魔の周囲に小さな石や砂利が無数に出現する。

 前に見た探索者も使っていた土の精霊術だ。


(マジか……。精霊術使うやつもいるんだな……)


 バシッ、バシッと空中に浮遊する無数の小石に自らぶつかり消滅していく、ナイトバグたち。

「素早く」「小さい」というのは、攻撃が当たりづらいという特性があるが、小さな障害物が無数に現れる術には弱い。

 あっという間に、数匹程度にまで数を減らされてしまった。

 ゴブリン(大)だけなら、ナイトバグだけで倒せるかもしれないが、あの小悪魔はさっさと物理で潰したほうが良さそうだ。


 俺はダークネスフォグの範囲を広げ走り出した。


「シャドウバインド!」


 ゴブリン(大)も小悪魔も、突然深い闇に包まれ右往左往するばかり。そこにバインドが追加されることで、ほぼ危険はなくなる。

 小悪魔を処理した後、ゴブリン(大)たちも順番に殺していく。


 精霊術を使う魔物には驚いたが、その分肉体的な頑健さはないようで、少し注意すれば、そこまで危ない魔物ではなさそうだ。


 俺は通常のゴブリンのものよりも大ぶりな精霊石を拾い上げ、迷宮の奥へ奥へと歩き出した。

 探索はまだ始まったばかりだ。


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