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066 言い訳、そして魔物の答え合わせ


 次の日、朝早くからリフレイアとギルドで待ち合わせた。

 今日は予定通り、リフレイアとグレープフルーの三人で、第三層「霧惑い大庭園」に行く予定だ。

 前日に迷宮――それもたった1人で3層に潜ったことはもちろん秘密である。


「ヒカル、その傷……どうしたんです? 服も、ボロボロだし……」


 駆け寄ってきたリフレイアの指先が、頬に触れる。

 どうやら、傷跡になっていたらしい。

 バレない可能性も考えていたが、いきなり指摘されてしまった。服の破れはなんとか誤魔化そうと思っていたが、鏡なんて宿にはないから、パッと見でわかる傷跡が残っていたとは気付かなかった。

 もしかすると、意外と派手に痕が残っているのかもしれない。ギルドの鏡で見ておいたほうがいいだろうか。


 ……それにしても、ギルド売りの中級ポーションもたいしたことないな。高いくせに。


「……あの後、どこに行ってたんですか?」

「いやぁ、実はちょっと港のほうで勢いよく転んでさ。釣りができるのかなって見に行ってたんだけど」

「釣りですか? なんでそんなことを?」

「えっと、いや、趣味で……」

「趣味で……?」


 わけのわからない言い訳になったが、リフレイアがなぜか釣りに食いついてくれたので、うやむやにできた。

 こっちの世界では、あんまり趣味で釣りをやる習慣がないのかもしれない。

 あるいは、リフレイアが世間知らずなだけか。

 ちなみに、釣りが趣味なのは本当だ。


「まあ、すぐに戻ってきて休んでたけどな。釣り具もないし」

「そうなんですか? すぐに? 何時くらい?」

「え、ええ……? どうだったかな。よく考えたら海でけっこう長い間ボーッとしてたかも」

「ふぅん……そうだったんですか。…………遊びに行くなら誘ってくれても良かったのに」

「え、なんだって?」

「なんでもありませんー! じゃあ、行きますよ!」


 わざと聞こえないふりをしながら、なんとか誤魔化しきることに成功したらしい。

 まあ、いくらなんでも俺が1人で迷宮に潜っているとはリフレイアも思わないだろう。

 俺が自分から休暇日を設けたのだし、迷宮に潜る本当の理由だってまだ言っていないのだから。


 リンクス互助会でグレープフルーを雇ってから、ギルドに入り許可証を発行する。

 いつもなら、俺は外で待っているのだが、今日は3層初挑戦なのでギルドの資料に目を通しておけとのこと。


「3層は迷いやすいこと以外は、そこまで注意するところはありませんが、魔物情報は見ておいてください」

「あっ、これか。なるほど……2層よりは魔物の種類多いんだな」


 かなり上手いイラスト付きで3層の魔物の名前や特徴が貼り出されている。

 ゴブリン(大)はホブゴブリン、小悪魔はグレムリン、ゾンビもどきはグール、大男はトロール、そしてあの木のバケモノはトレントというようだ。


「グールは麻痺毒を持つ……か。怖いな」

「ええ、たいした魔物ではありませんが、集団で出た時は要注意ですね。麻痺している間は、本当に動けませんから」

「食らったことあるのか?」

「一度だけですけどね。パーティーメンバーに助けられて難を逃れましたけど」


 もし昨日、麻痺を食らっていたら、間違いなく死んでいただろう。

 視聴者たちは、グールに噛まれろと願いながら見ていただろうか。だとすれば、もっと苦戦して見せたほうが良かったか。

 視聴者は、アレックスの探索も見ているはずだから、3層の情報を持っているんだと思う。

 より新鮮な絵を提供するには4層以降に潜らないと厳しいかもしれない。


「トレントは精霊術が弱点……特に火の精霊術が有効か。武器攻撃は効きにくそうだな」

「そうでもありませんよ? 私の剣ならそこまで苦労しないです。武器を持っている魔物の場合は、どうしても打ち合いになりますけど、トレントは枝を振り回してくるだけなので、伐採する感じになるだけですから」

「伐採……」


 まあ、確かに腕を振り回してるだけではあった。リフレイアとは相性が良いだろう。

 あれが出たらリフレイアに任せよう。


「一番強いのはガーデンパンサー……ね。戦ったことある?」

「いえ、出会ったことないんですよ。足が速くて出会っても逃げられるかどうかわからない魔物だという話なので、注意しないとですね」

「パンサーは突然襲ってくることもあるにゃん。干し肉を食わせて、その隙に逃げるか、煙玉を使って逃げるか。あとは精霊術を使うしかにゃいんですけど、このパーティーなら倒せるんじゃにゃいかにゃ?」

「ん? 魔物って肉とか食べるの?」


 そんな現場、一度も見たことないんだけど。

 っていうか、そもそも魔物自体が死ねば精霊石になっちゃう不思議生命だし……って、人間だって迷宮の中では同じか。


「魔物は生まれた時から食べずにいるから、常に飢えているんですよ。食べ物を与えて逃げるのは探索者の基本心得ですね」

「なら、魔物も餓死したりするのか?」

「迷宮内は精霊で満ちてますから、餓死はしませんね。私たちだって、あんまりお腹減らないじゃないですか」

「え? それって精霊の影響だったの?」


 知らないことだらけだ。

 確かに、迷宮に入っている間はあんまり腹が減らないと思ってはいた。

 緊張によるものかとあまり気にしていなかったのだが……。


「いずれにせよ、干し肉は私が一つ持ってきてるだけですし、パンサーは気をつけなきゃですね」

「ああ、先制攻撃されるとキツいだろうな。先制で俺が狙われたら終わるぞ。っていうか、俺も用意しておくよ」


 昨日の探索ではガーデンパンサーとは出会わなかった。

 先制攻撃をされる危険はわかっていたので、結局最初から最後までほとんどずっとダークネスフォグを使っていたのだが、今日もそれをしたほうがいいかもしれない。

 逃走用干し肉はギルドでも買えるので、3つほど買っておく。ちなみに、人間が食べても問題ないらしい。非常食にもなるということか。


「なんにせよ二層で通用していた戦法が通じるか試していきましょうか」

「そうだな。あと、リフレイアはサポートなしで、このトロールってのは倒せるのか?」

「倒せますよ。オーガに毛が生えたようなものですから。マンティスみたいに素早いタイプのほうが相性悪いですね」

「なら、気をつけるのはガーデンパンサーだけか」

「そうですね。あとはグレムリンも一応注意して下さい。あれは精霊術使ってきますし。パンサーは……ヒカルの援護がなければ攻撃を当てるのも難しいかもです」


 三人パーティーの時は戦い方が変わる。

 俺はあくまでサポートであり、リフレイアの華やかな戦いにフォーカスしてもらうのだ。彼女が華やかであればあるほど、視聴率も上がっていくだろう。

 3日間潜ったら1日休みを挟み、その1日は俺が一人で探索を進める。

 パーティーで潜る時は堅実な戦いで視聴率を集める。

 この二本立てで一位を狙う。


 いくら転移者が1000人いる(厳密にはもう700人程度しか生き残っていないが)といっても、誰もが視聴者を集める生き方ができているわけではないはず。

 生活そのものにだって金は掛かる。

 視聴率に全力投球できる人間ばかりではないはずなのだ。


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