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社畜の天職はダンジョンファーマーでした
社畜の天職はダンジョンファーマーでした
御歳 逢生
異世界ファンタジー内政・領地経営
2025年06月22日
公開日
1.1万字
連載中
会社に身も心もすり減らされたシステムエンジニア・佐倉優は、過労死寸前でまさかの異世界転生! 目覚めた先は、魔物がうごめく超危険な「ブラックダンジョン」でした。 絶望かと思いきや、彼に与えられたのは、とんでもない農業チートスキル!「このブラックダンジョンを、絶対にホワイトに変えてやる!」――前世の「効率化」と「ホワイト化」への執念を燃やし、佐倉はダンジョンを「誰もが定時で帰れる理想の農場(ホワイトファーム)」にすると決意します。 彼はやがて、魔物の言葉を理解する『共感の響き』スキルを覚醒させ、苦しむ魔物たちの本音を知ることに。そこで佐倉は、魔物たちを倒すのではなく、「従業員」として雇い、自身の絶品作物を報酬に「定時退社」という画期的な働き方を提案します。 佐倉の真摯な人柄と、初めて経験する「豊かさ」と「ホワイトな労働環境」に感動した魔物たちは、ホワイトファームの一員となり、種族を超えた絆で結ばれていきます。ダンジョンを楽園へと変えていく彼らの噂は外界にも広まり、疲れ果てた人々までが佐倉の元へ集まってくるように。 これは、一人の元社畜が異世界で「天職」を見つけ、魔物たちと共にブラックな世界をホワイトに変え、定時で上がる幸せを世界中に広げていく、新しい時代の物語。 ※火・木・土曜12時更新

プロローグ

過労死寸前の男、異世界の土に倒れる


午前3時を過ぎたオフィスは、シンと静まり返っていた。

聞こえるのは、キーボードを叩く乾いた音と、隣の部署から漏れ聞こえる上司の怒鳴り声だけだ。

佐倉優は、冷え切ったコーヒーの残りを一口飲んで、再びモニターに視線を戻した。

システムエンジニアとして働く彼の目の下には、もはや隠しようのない隈が深く刻み込まれ、常に焦点の定まらない瞳が、今の彼の状況を雄弁に物語っていた。

まるでこの部屋の蛍光灯のように、彼の人生もまた、か細く点滅し、いつ消えてもおかしくない状態だった。


徹夜はもう何日目だろうか。数えるのも馬鹿馬鹿しい。


「佐倉、まだ終わらねえのか!納期まであと3時間だぞ!」

「お客様は神様だろうが!無理が通れば道理が引っ込むんだよ!」


脳内でこだまする上司の罵声と、顧客からの理不尽な要求。

彼はプロジェクトリーダーでも、チームマネージャーでもない、

ただの一介のエンジニアに過ぎなかった。それなのに、設計変更、追加機能、そして突然の仕様変更。

どれもこれも、彼一人にのしかかる重圧だった。胃がキリキリと痛み、頭の奥で鈍い痛みが続く。

まぶたが鉛のように重い。


あと少し、あと少しだけ……。


その「少し」が、いつだって彼を限界の、さらにその先へと追いやった。

彼の体は悲鳴を上げていたが、心はすでに麻痺していた。


彼の人生は、まるで巨大な歯車の一部だった。

無慈悲に回転し続けるシステムの中で、彼はただ、摩耗していく一方の部品に過ぎない。

効率化を叫び、コスト削減に心血を注いできたはずなのに、気がつけば自分が一番の「コスト」として消耗されていた。


健康、人間関係、趣味、睡眠――すべてが削り取られ、残ったのは疲労と空虚感だけだ。

彼のスマートフォンの通知は、常に残業時間超過警告と、緊急連絡のメールで溢れかえっていた。

週末? そんなものは彼にとって「存在しない概念」だった。

朝、太陽が昇るのを知るのは、会社を出る時だけ。夕焼けを見るのは、ビル群の隙間からか、はたまたモニターの壁紙の中だけだった。


この無限の「ブラック労働」から逃れたい。定時で帰りたい。太陽の光を浴びたい。青空の下で深呼吸したい。

美味しいものを心ゆくまで食べたい。

そんなささやかな願いすら、このオフィスでは許されない、贅沢な夢だった。


彼は、自分がもう長くはないことを薄々感じていた。

それでも、身体が動く限り、キーボードを打つ指が動く限り、働き続けるしかなかった。

それが、この社会での彼の「天職」であり、「運命」だと、諦めていたのだ。


しかし、その諦めが、ついに限界を超えた。視界が歪み、キーボードを打つ指が、カクンと止まった。


「……あれ?」


体から急速に力が抜け、意識が遠のく。

モニターの光がぼやけ、そのまま、佐倉の体は冷たい床へと音もなく崩れ落ちた。

彼の意識は、暗闇の奥深くへと、まるで底なし沼に吸い込まれるかのように沈んでいった。



次に目覚めた時、佐倉は、自分が固く冷たい土の上に横たわっていることに気づいた。

肺いっぱいに吸い込んだ空気は、鉛の匂いがするオフィスとはまるで違う、土と植物の混じった、どこか生々しい、力強い生命の香りだ。


重い瞼をゆっくりと開くと、そこには見慣れた蛍光灯ではなく、鬱蒼と茂る巨大な木々が空を覆い隠していた。その木々は、不気味なほどにねじれ、葉の色もどこか淀んでおり、まるで生命力を吸い取られたかのように生気が感じられない。枝は苦痛に歪むかのように伸び、絡み合っている。

薄暗い森の奥からは、聞き慣れない獣の咆哮が響き、地面からは得体の知れない重苦しい魔力が澱んで立ち上っていた。その魔力は、彼の前世で感じていた、上司の罵声や終わらない残業、達成のない目標設定といった「ブラック」な気配と、どこか似ているような不快さを伴っていた。


「ここ、どこだ……?」


思考がまとまらないまま、無意識に地面に手をついた瞬間、彼の脳内に直接、あの妙な「声」が響いた。

それは、まるで彼の意識に直接、情報をダウンロードするような感覚だった。


『ユニークスキル【アース・エンリッチメント】を獲得しました。大地の肥沃度を劇的に向上させ、負の魔力を浄化し、生命力へと変換します』


『ユニークスキル【グリーンサムズ・ブースト】を獲得しました。植物の成長を劇的に促進し、品質を向上させます』


そして、手のひらが触れた大地から、温かい、そしてどこか懐かしい光が放たれた。

それは、彼の体から湧き出るかのように溢れ出し、手のひらが触れた部分から、まるでタイムラプス映像のように、枯れて歪んでいた植物が瞬く間に青々と蘇り、その根元を覆う土壌が黒々と肥沃になっていく。

澱んでいた魔力は、吸い込まれるように地中へと消え、代わりに清らかな生命のエネルギーが満ちていくのが、肌で感じられた。


(これが、俺のスキル……?)


半信半疑ながらも、佐倉は立ち上がり、周囲を見渡した。見渡す限り広がるのは、禍々しい魔力を放つ木々と、足元を覆う黒い土。不穏な魔物の気配も、そこかしこから感じ取れる。

どうやらここは、人間が「ブラックダンジョン」と呼んで寄り付かない、魔力に汚染された危険な場所らしい。まるで、彼の前世の職場がそのまま異世界に転移してきたかのような、陰鬱で、絶望的な雰囲気だった。


(ブラック……ダンジョン、ねぇ)


佐倉の脳裏に、前世の忌まわしい記憶がフラッシュバックする。

残業、徹夜、休日出勤、理不尽な上司と顧客、パワハラ、モラハラ、未達成の目標……。

それらすべてが、彼の心を蝕む「ブラック」だった。

そして、彼はその「ブラック」に、文字通り殺されかけたのだ。

今、この異世界の地で、再び「ブラック」という言葉と向き合うことになるとは、皮肉なものだ。


だが、今の彼の心には、絶望よりも、むしろ燃え上がるような闘志と、奇妙な使命感が宿っていた。

このスキルがあれば、この澱んだ大地を、生命力で満たせる。

この魔物たちが跋扈する場所を、豊かな農場に変えられるかもしれない。


(この異世界でも、俺は「ブラック」と戦うのか……。いや、戦うんじゃない。「ホワイト」に変えるんだ)


佐倉の目つきが変わる。その目は、疲労困憊で死んでいた前世の彼の目とは全く違い、確かな生気と決意に満ちていた。


「ブラックダンジョン、か。いいだろう。

 俺の天職は、どうやら異世界で『ダンジョンファーマー』になることらしい。」


彼は、自身のユニークスキルを眺めながら、決意を新たにした。

そして、口元に、前世では決して見せることのなかった、穏やかな、しかし強い笑みを浮かべた。


「このブラックダンジョンを……俺の手で、誰もが定時で帰れる、最高のホワイトファームに変えてやる!」


その言葉には、過労死寸前まで働かされ、人間らしい生活を奪われた男の、積もり積もった「ホワイト」への執念が込められていた。彼の体から放たれる清らかな魔力が、周囲の淀んだ空気を震わせ、ほんの少しだけ、淀みを払ったように感じられた。まるで、彼自身が、この世界に「ホワイト」の波動を送り込んでいるかのようだった。


これは、一人の社畜が、異世界で「天職」を見つけ、魔物と共に世界を救う、壮大な「ホワイト化プロジェクト」の、幕開けである。


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