2-1. 【王太子の思惑】
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王太子・アレクセイは、これまで数多くの貴族の女性たちと交わり、その媚びへばかりに疲弊していた。彼は宮廷においても、常に自らの威光と力を誇示し、相手に従わせることで満足感を得ていた。しかし、そんな彼にとって、これまでの派手で媚びた女性たちとは一線を画す、まったく新しい存在が現れたのだ。それが、ロミー・フォン・ヴァルトシュタインである。
アレクセイが初めてロミーの存在を耳にしたのは、宮廷内に流れる噂話の中だった。貴族たちの間で、ひそひそと囁かれる「呪われた令嬢」というレッテル。その噂は、かつて家族に虐げられていたロミーの姿や、誰もがその正体を隠すためにフードをかぶり歩くという事実と結びつき、やがて一種の都市伝説へと変貌していた。だが、アレクセイはその噂の裏側に潜む、誰にも見せることのなかった真実の姿に、ある種の好奇心と興味を抱かずにはいられなかった。
宮廷の宴会や公式行事の場では、常に華やかで美しい女性たちが次々と現れる中、アレクセイは次第に、ありふれた媚びた笑顔や、表面的な華やかさに飽き飽きしていた。彼にとって、ただ媚びるだけの女性たちは、すでに何度も見飽きた存在であり、心の奥底では「真の美しさ」や「本物の気高さ」を持つ女性に出会いたいという、隠された欲望があった。そんな中、ロミーという存在は、表向きには家族から隠され、影のように扱われる存在であったが、その裏側に秘められた何かに、アレクセイはひそかに魅かれていった。
ある日のこと、宮廷の廊下を颯爽と歩く王太子の姿の後ろで、忠実な家臣が報告をもたらした。「王太子様、最近、『呪われた令嬢』と呼ばれるロミー・フォン・ヴァルトシュタインの噂が、貴族社会の隅々まで広まっております。彼女は、家族から疎まれ、常にフードに隠れた姿でお過ごしだそうです。しかし、その噂の背後には、決してただの醜い呪いではなく、どこか神秘的な魅力があるとお聞きしました。」
この報告に、王太子は一瞬眉をひそめながらも、すぐに微笑みを浮かべた。「ふむ、面白い。媚びる女ばかりで退屈していた私にとって、こうした異端の存在は新鮮であり、かえって興味をそそるものだ」と呟いた。彼はすぐさま、側近にロミーの所在を探るよう指示を出し、可能な限り早く彼女の実態を確かめたいと考えたのだ。
宮廷の中では、すでにロミーの存在は一種の噂として根付き、誰もがその実像を見たことがないという事実が、逆に彼女の神秘性を高めていた。王太子は、あえてその噂に踊らされることなく、実際に彼女と面会し、その瞳の奥に秘められた真実の光を確かめたいと強く思った。彼の心は、ただの軽薄な遊びではなく、本気で「これまでの媚びた女性とは異なる、本当の意味での気高く美しい女性」を見出したいという欲求に燃えていた。
アレクセイは、宮廷の儀式や公的な場において、いつも堂々と自らの威厳を示していたが、今回のロミーとの婚約の話は、彼にとって従来の常識や形式を覆す、まったく新しい試みでもあった。彼は、これまでの婚約相手の中で感じたことのない、ひっそりとした孤独と悲しみに耐えながらも、強い内面の輝きを秘めた女性に心が奪われていた。彼女は、家族に虐げられ、誰からも理解されずに生きてきたがゆえに、世間の偏見や誤解を一切受けず、むしろその孤高の美しさが、内面の強さとして現れているのだと、王太子は直感していた。
そのため、アレクセイは、宮廷内で一大決断を下す前に、まずはロミーがどのような人物であるか、そして彼女の内面にどんな魅力が宿っているかを、じっくりと観察する必要があると考えた。彼は、自身の知己たちに、「あのロミーという女性は、ただ単に呪われた娘として扱われているに過ぎない。もし本当に彼女の真価を見極めるならば、彼女を一度、公式な場に招くべきだ」と提案させ、その結果、次の大きな舞踏会でロミーを公に披露する計画を立て始めた。
アレクセイにとって、この計画は単なる娯楽や権力の誇示だけでなく、彼自身の価値観を再確認し、新たな未来を切り開くための試金石ともなり得るものだった。彼は、これまで数多の媚びた女性たちと交わりながらも、本当に尊敬でき、心から信頼できる女性との出会いを求め、そのためにあえてリスクを伴う選択をしようとしていた。彼の中には、既存の貴族社会に蔓延る虚飾や偽善を一掃し、真実の美しさと誇り高き心を持つ者を、王家の側に迎え入れたいという熱い思いが燃えていた。
王太子の心の中で、ロミーはただの「呪われた娘」ではなく、むしろその苦悩や孤独が、彼女を他のどの女性よりも強く、そして美しくしていると感じられた。彼は、彼女の抱える哀しみや、家族からの冷たい扱いが、逆に彼女の中に秘められた内面的な輝きを生み出していると確信していた。そして、その輝きこそが、王太子自身の求めてやまない真のパートナーシップの象徴であると、固く信じるようになったのだ。
こうして、王太子・アレクセイは、これまでの常識や形式に囚われず、独自の美意識と価値観に基づいて、ロミーとの婚約を決定する運命に向けて、着々と準備を進め始めた。彼は、ロミーの噂を単なる世間話と片付けるのではなく、その背後に潜む真実の魅力を、自らの手で見極め、そして公に証明してみせるという、かつてない大胆な計画を胸に秘めたのであった。
その決断は、単に一人の女性を選ぶという問題を超えて、王太子自身が貴族社会の風潮や形式を一新し、新たな時代を切り拓くための、象徴的な一歩となるであろう。彼は、ロミーという存在を通じて、これまでの虚飾に満ちた貴族社会に、真実の美と誇り、そして内面の強さという新たな価値を吹き込もうと、心に固い決意を抱いていたのである。
2-2. 舞踏会での屈辱
その夜、王宮の大広間は煌びやかな燭台の明かりと、金銀の装飾が施された豪奢な空間に変貌していた。宮廷の貴族たちが次々と現れ、笑い声と談笑が響く中、ロミー・フォン・ヴァルトシュタインは、相変わらず深いフードに身を包み、誰の目にも触れぬように控えめな姿で会場の隅にいた。王太子アレクセイの命により、無理やり舞踏会に出席させられた彼女は、普段の孤独な日々とは異なり、煌びやかな宴の中にあっても、心の中に暗い影を抱えていた。
その夜、ロミーは自分の存在がまるで幽霊のように扱われることに、胸中でひそかな苦悩を抱いていた。誰もが華やかに装い、互いに笑顔を交わす中、彼女だけが重苦しいフードに顔を隠し、無理にでも目立たぬようにしていた。だが、やがて会場の空気が変わる瞬間が訪れる。会場の中央に、華やかな衣装に身を包んだ元婚約者、侯爵家の嫡男レオンが颯爽と現れたのだ。
レオンは、誰もが一目置く風格と美貌を持ちながらも、その瞳には軽薄な嘲笑が宿っていた。彼は自信に満ちた笑みを浮かべながら、会場の隅々まで見渡すと、まるで獲物を狙う猛禽類のように、ロミーの方へと近づいてきた。その歩みは、あたかも舞踏会全体が彼の舞台であり、すべての人々が彼の一挙手一投足に見惚れているかのような、傲慢なものだった。
会場内の噂話が瞬く間に広がっている中、レオンは高らかに声を上げた。「どうやら、王太子にまで媚びるつもりか、ロミー嬢。お前は、いつまであのフードに隠れているつもりだ?」
その言葉は、会場に集う貴族たちの間に一瞬のざわめきを呼び起こし、誰もが息を呑んだ。ロミーは思わず身をすくめ、内心で激しい動揺と屈辱に襲われた。これまで家族からも、そして周囲からも「呪われた娘」と呼ばれ、決して自分の顔を晒すことが許されなかった彼女にとって、こうした公の場での嘲笑は、まるで心を切り刻まれるかのような痛みであった。
レオンは、さらに一歩前に出ると、周囲の笑い声や視線を全く気にすることなく、ロミーのフードに手を伸ばした。その手の動きは、あたかもおもちゃのような存在を弄ぶかのように、容赦なく、そして冷酷だった。ロミーはその瞬間、時間が一瞬止まったかのように感じ、心臓が激しく鼓動するのを必死に抑えようとした。しかし、レオンの手は既に彼女の頭上に伸び、硬い決意とは裏腹に、彼女の身に付けられたフードを無情にも引き剥がし始めたのだ。
そのとき、会場にいた多くの貴族たちは、一斉に息を呑んだ。フードの下から現れたのは、これまで噂でしか聞かれなかった「呪いの顔」ではなかった。薄明かりの中、ロミーの金髪は月光のように輝き、蒼い瞳は深い湖のような美しさを湛えていた。彼女の顔立ちは、まるで異世界から舞い降りた妖精のような、神秘的でありながらも圧倒的な美しさを放っていた。会場の中は、一瞬にして静寂に包まれ、その美しさに誰もが目を奪われた。
しかし、レオンの嘲笑は続いた。「ハイエルフか? まさか、お前がそのような異端の血を引いているとは…」という冷ややかな声が、会場に響き渡る。ロミーはその一言に、さらなる屈辱と悲しみを感じながらも、何も言い返すことができなかった。彼女の心は、これまで家族から受けた無数の非難と嘲笑で傷つき、もはや言葉を発する力すら奪われていたのだ。
一方で、王太子アレクセイは、遠くからこの様子を見守っていた。彼の眼差しは、初めはただの好奇心から始まったものの、次第にロミーの内面に潜む真実の美しさと強さに気づき、複雑な感情へと変わっていった。レオンが公然とロミーを侮辱し、その美しい姿を嘲笑する様子に、王太子は心の内で激しく怒りを覚えたのだった。「無礼者め……」と、彼は静かにしかし確固たる口調で心の中で呟いた。
その瞬間、ロミーは涙をこらえることができず、ふと頬を伝う一筋の涙が、フードの隙間から零れ落ちた。その涙は、彼女が今まで耐え忍んできた数え切れない屈辱と孤独、そして悲しみの結晶であった。しかし、同時にその涙は、彼女の内に秘めた強さや、これから変わっていく運命への決意をも象徴していた。
会場は再びざわめき出し、ロミーの顔を見た者たちは、瞬間のうちに彼女の美しさと悲哀に気づき、口々に驚嘆の声を上げた。しかし、レオンの嘲笑はすでに彼女の心に深い傷を残し、その一瞬の出来事は、決して忘れられるものではなかった。ロミーは、ただ一人、心の中で自分を責め、そしてこれまでの孤独な日々が、まるで無意味なものだったかのように感じ始めた。
その後、宴会の雰囲気は一変した。レオンの不遜な言動に対して、一部の貴族たちは小声でささやき、また別の者たちは憤りの表情を浮かべる中、王太子はしばらくの間、誰もが口にしなかった不快感と怒りを内に秘めながら、事態を注視していた。ロミーは、会場の隅に身を潜めながらも、心の奥で何かが目覚めるのを感じていた。それは、ただ屈辱に耐えるだけの存在ではなく、逆境に打ち勝ち、己の真の価値を証明しようとする、静かな決意の芽生えであった。
やがて、宴も終盤に差し掛かる中、レオンの態度は次第に周囲の冷ややかな視線と、王太子の厳しい視線によって、表面的な笑い話へと変わっていった。しかし、その夜の出来事は、ロミーにとっては一生忘れることのできない、深い傷と同時に新たな始まりの兆しを刻むものとなった。彼女は、これまで家族や世間から受けた数多の屈辱に耐え、ただただ自分を隠して生きるしかなかった。しかし、今日この舞踏会で、ふとした瞬間に見せた自らの美しさと、涙に滲む強い意志は、やがて大きな運命の転換を予感させるものとなった。
王太子アレクセイは、ロミーのその姿に心を打たれ、彼女に対してかつてないほどの興味と保護欲を覚える。彼は、レオンのような無礼な男に対し厳しい制裁を下すとともに、今後の動向についても慎重に見守る決意を新たにしたのだった。そして、舞踏会の中で、ひときわ輝いたロミーの瞳は、これからの未来に向けた希望と、逆境を乗り越える強さを、誰にも隠すことなく輝かせていた。
この夜、華やかな舞踏会の中で起こった一連の出来事は、ロミーにとっては単なる屈辱に留まらず、これからの運命を大きく変える転機となることを、誰もが感じ取らずにはいられなかったのであった。
2-3. 呪いではなく、絶世の美貌
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舞踏会の最中、会場に流れるざわめきと緊張感は、先ほどの屈辱的な出来事の余韻を残しながらも、次第に新たな局面へと変わっていった。レオンによる冷笑と嘲弄が、今しも会場全体に広がる中、誰もがその場に漂う空気の重みを感じ取っていた。しかし、ロミー・フォン・ヴァルトシュタインの運命は、今まさに大きく転換しようとしていた。
先ほど、無理やり剥がされたフードの向こう側から現れた彼女の顔は、これまで「呪いの娘」として語られてきた噂とはまるで異なり、その一瞬にして会場の空気は凍りついた。薄明かりに照らされたその顔は、誰もが見たことのないほどの絶世の美しさを放っていた。金色の髪は柔らかな光を帯び、波打つように肩に流れ、まるで太陽の光が一筋の輝きとなって注ぎ込んでいるかのようだった。さらに、深い蒼い瞳は、まるで夜空に浮かぶ星々を映し出すかのように澄み渡り、その奥に秘められた無限の物語を感じさせるものだった。
その美しさは、単なる容姿の美しさに留まらなかった。ロミーの顔立ちは、切れ長の瞳と整った鼻筋、そしてほんのりと引き締まった唇が、見た者の心を一瞬で奪うほどの品格と威厳を備えていた。これまで、家族や周囲から「呪いによって醜くなった」と言われ、隠すべきものとされたその顔は、今、まるで魔法にかけられたかのように、全く新たな光を放っていた。誰もが、彼女の美しさに息をのみ、驚愕の声を上げずにはいられなかった。
「これは……まさか、ハイエルフの血が流れているというのか?」
と、会場の片隅から誰かが呟いた。その声は瞬く間に広がり、あらゆる角度から驚嘆の声が上がった。今まで、ロミーの存在は「呪われた娘」として扱われ、醜さの象徴として蔑まれてきたが、その実態は全く逆であった。彼女が隠していたものは、呪いの痕跡ではなく、異世界から舞い降りたかのような、神秘的で圧倒的な美貌であったのだ。
会場内の貴族たちは、かつての噂と実際の姿とのギャップに衝撃を受け、徐々に口々に驚嘆の言葉を漏らし始めた。誰もが、今この瞬間、従来の偏見が完全に打ち砕かれるのを目の当たりにしているかのようだった。まるで、暗闇の中で長い間隠されていた宝石が、突然明るい光にさらされ、その輝きを解き放ったかのような瞬間であった。
ロミー自身は、心の中にあった深い苦悩と孤独、そしてこれまでの数々の屈辱の記憶を一瞬忘れ、ただただその美しさを受け入れざるを得なかった。だが、その表情には、過去の傷痕が薄く影を落としており、涙が頬を伝うのを必死に堪えている様子も見受けられた。それは、彼女が今まで隠してきた真実と、己の存在に対する深い葛藤が、同時に表面化した瞬間であった。だが、同時に、その涙の奥には、今後の運命を切り開くための確固たる決意が感じられた。
そして、会場全体が一瞬にして静まり返った中で、王太子アレクセイはゆっくりと前に歩み出た。彼の眼差しは、ただ驚嘆するだけでなく、ロミーの内面に秘められた強さと誇りを見抜くように鋭く、そして温かく輝いていた。彼は、これまで表面上の美しさだけに惑わされる女性たちとは一線を画す、その真実の輝きを感じ取ったのである。アレクセイは静かに口を開いた。
「ロミー・フォン・ヴァルトシュタイン……あなたの美しさは、ただ単に容姿の美しさに留まらず、内に秘めた強さと誇り、そして純粋な魂そのものを映し出している。あなたは呪われた娘ではなく、むしろ、この国に新たな希望をもたらす存在だ。」
その言葉に、会場は再びざわめき、今度は賞賛と尊敬の眼差しが集まった。王太子の言葉は、これまで偏見と非難に晒され続けたロミーにとって、まるで救いの光のように響いた。
その瞬間、ロミーは、これまで自分が背負わされ続けた「呪い」のレッテルが、ただの誤解であったことを、誰もが理解するような明確な証拠となった。彼女が隠していた美貌は、実際には先祖返りの証であり、ハイエルフの血が流れていることを示唆していたのだ。これまで、家族や世間は、彼女の異質さを呪いのせいにし、醜さを想像していたが、現実は全く逆であった。ロミーの顔は、まさに神々しい美しさに満ち、見る者すべてに感動と驚嘆を与えるほどであった。
その後、何人かの貴族たちが、そっと囁くようにして感嘆の声を上げ始めた。「こんな美しい娘が、一体どうして隠れていたのか」「まるで伝説の中の妖精のようだ」と。会場全体が、これまでの偏見を一掃するかのように、ロミーの真の姿を讃える声に包まれ、以前の嘲笑や軽蔑が嘘のように思われた。貴族たちは、今や彼女の存在を再評価し、その美しさと同時に、これまで隠され続けた悲しみや孤独にも、同情と尊敬の念を抱かずにはいられなかった。
ロミー自身は、今この瞬間、自分の存在がどれほどの誤解に満ちていたのか、そして自分がいかに大きな真実の美を秘めていたのかを、改めて実感せざるを得なかった。過去の屈辱と涙の日々は、一瞬のうちに霞んでいき、彼女の胸に静かに、しかし確固たる自信と希望が芽生え始めた。これまでの孤独と苦悩は、決して彼女を破壊するためのものではなく、むしろ、真の輝きを放つための試練であったのだと、彼女は静かに悟った。
そして、その瞬間、王太子アレクセイは、これまでのすべての偏見を打ち砕くかのように、堂々と宣言した。「今宵、我々は真実の美しさと、誇り高き魂の力を目の当たりにした。ロミー、あなたは決して呪われた娘ではない。あなたこそが、この国に新たな光と希望をもたらす存在なのだ。」
この言葉は、会場にいたすべての者の心に深く刻まれ、ロミーの存在は単なる噂や偏見ではなく、真の価値として認められることとなった。
その夜、ロミーの絶世の美貌は、ただの外見の輝きにとどまらず、内面から溢れ出る強さと、これまでの苦悩を乗り越えた誇りへと昇華し、見る者すべてに希望と感動を与える象徴となった。彼女の顔に浮かぶ静かな微笑みは、これまで誰にも見せなかった、本当の自分自身の姿であり、未来への決意と、再び自らを信じる勇気を示していた。会場に集う貴族たちは、その姿に深い畏敬の念を抱き、もはやかつての嘲笑や偏見が一切意味をなさないことを悟らずにはいられなかった。
こうして、ロミーの「呪い」とされていた噂は、今や完全に打ち消される形となり、彼女が秘めていた絶世の美貌と、内面の強さが明らかとなった。王太子アレクセイの眼差しの中に、彼女の真価を見出し、その未来に大いなる期待を寄せる決意が固まったのは、この舞踏会での一幕に他ならなかったのである。
2-4. 【王太子の怒りとざまぁ】
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舞踏会の余韻が残る中、華やかな会場に一種の重苦しい空気が漂い始めた。先ほどの一幕で、元婚約者レオンがロミーに対して執拗な嘲笑と侮蔑の言葉を吐いたことにより、会場全体が一瞬にして凍りついたかのようだった。しかし、そんな中で、王太子アレクセイの瞳は怒りと決意に燃えていた。彼は、あらゆる高貴な身分や権力を背景に、これまで媚びへばかりで虚飾にまみれた女性たちと交わってきたが、今回のロミーに見せた内面の輝きと真実の美しさは、決して侮辱されるべきものではないと固く信じていた。
レオンの不遜な振る舞いは、ただ単にロミーを侮辱するにとどまらず、その背後にある、彼自身の品位や家柄への冒涜であった。王太子は、その様子を遠くから冷静に見守っていたが、やがてその心の中に溜まった怒りは、もはや抑えきれないほどに燃え上がっていた。彼は、レオンが自らの立場や名誉を踏みにじるかのような行動に対して、「無礼者が!」と心の中で叫び、すぐさま決断するに至った。
宴も終盤に差し掛かる頃、王太子は厳粛な面持ちで会場中央に歩み出た。彼の足取りは、これまでの華やかさとは対照的に重々しく、まるで正義の使者が現れたかのような威厳を漂わせていた。会場にいたすべての貴族たちは、一斉にその姿に注目し、噂に満ちたレオンの行為に対する反感と、王太子の怒りの表情に緊張感を覚えた。
王太子は、レオンの方へ向かい、静かでありながらも鋭い声で告げた。「レオン、お前のような無礼者が、この宮廷において我が血筋に匹敵する品位を保つことなど到底ありえぬ。お前の行いは、我々貴族としての誇りを汚し、さらにはロミー嬢という、本来ならば高潔な存在であるべき女性を辱めるものだ。」
その瞬間、会場内には一層の静寂が訪れ、誰もが息を飲んだ。レオンは一瞬、言葉を失ったかのように目を見開き、しかしすぐにあたりを見回すと、あたりに漂う冷たい視線と、王太子の厳しい眼差しに気付き、狼狽した表情を浮かべた。
「そんな、俺が……俺が!」と、レオンはようやく口ごもりながら反論しようと試みたが、王太子はそれを遮るかのように、毅然と声を張り上げた。「お前は、ただ単に自身の利己的な欲望と、軽薄な遊び心に溺れているだけだ。ロミー嬢は、これまで多くの偏見と苦難に耐え、内面の強さと真実の美しさを示してきた。お前のような者に、その輝きを汚されることは、決して許されるべきではない。」
王太子のその一喝は、会場内の雰囲気を一変させた。かつてレオンに対して密かに嘲笑や軽蔑を抱いていた一部の貴族たちも、今や王太子の厳正な態度に畏怖の念を抱かずにはいられなかった。さらに、使用人たちや庶民の間にも、王太子の正義感あふれる態度は伝わり、彼の言葉は次第に支持を集め始めた。
その後、王太子はレオンに対して、さらに厳しい制裁を宣告するため、近くに控えていた重臣たちを呼び寄せた。静かに、しかし確固たる声で、「この度の行為により、レオン、お前は我が宮廷において名誉を失い、貴族社会からも追放されることとする。その爵位は、即刻剥奪し、以後の在籍を認めない。」と宣言した。宣告と同時に、王太子の側近が迅速に動き、レオンの身柄を拘束する手配が始められた。
レオンは、これまで何度も自身の美貌と権勢を振りかざしていたが、今や王太子の怒りの前に、まるですべてが一瞬にして崩れ去ったかのように、絶望の表情を浮かべ始めた。彼は、自らの虚勢がいかに脆弱であったかを、痛感せずにはいられなかった。「こんなはずじゃ……俺が……」と、言葉を紡ごうとするも、その声は会場の冷たい空気に吸い込まれるかのように消え去っていった。
一方、ロミーは、王太子の厳正な対応と、レオンに対する制裁の様子を、かすかな安堵とともに見つめていた。これまで家族や世間から容赦なく虐げられ、孤独と悲哀に耐えてきた彼女にとって、今回の王太子の行動は、まるで正義が自分のもとに舞い降りたかのような、心の救済そのものだった。彼女の胸に秘めた涙は、レオンへの屈辱だけでなく、同時に、これまでの苦悩が終わりを迎える希望の証として、静かに輝いていた。
その夜、舞踏会の会場では、王太子の怒りとその正義感あふれる宣告によって、貴族たちの間に再び秩序と厳粛な空気が戻った。レオンの追放は、単なる個人の失態に留まらず、これまでの虚飾に満ちた貴族社会に対する、王太子の新たな方針と価値観を象徴する出来事となった。多くの者たちは、これを見て「無礼者には厳しい罰がふさわしい」と口を揃え、同時にロミーに対して、かつての偏見を捨て去り、真の美と誇りを持つ存在として改めて敬意を表するようになった。
王太子のこの断固たる行動は、ただレオン個人への制裁に留まらず、今後の宮廷や貴族社会における価値観そのものを刷新する、大きな転換点となるものであった。彼は、これまで媚びへばかりで表面的な美しさに浸っていた女性たちに対して、本当に尊敬すべきは内面の強さと誇りを持つ者であるという信念を示し、国の未来においてもその価値観を貫くことを宣言したのである。
そして、ロミーはその晩、王太子の側で控えめに微笑みながら、これまでの屈辱と孤独の日々に別れを告げ、今後の新たな未来への第一歩を踏み出す決意を固めた。彼女の瞳は、かつて涙に濡れていたその瞬間から、次第に強い光を取り戻し、まるで新たな希望の象徴のように輝いていた。宮廷のすべての者は、その夜の出来事を記憶に刻み、ロミーと王太子の関係が、これからどのように国の運命を変えていくのか、胸躍る期待とともに見守ることとなった。
こうして、王太子アレクセイの怒りと断固たる行動は、単なる個人間の争いを超え、貴族社会の古いしきたりと偏見を打ち砕き、新たな時代の幕開けを告げるものとなった。彼の一喝とレオンへの追放は、ロミーという一人の女性の尊厳を守り、同時に国全体に真の正義と美徳が根付く未来への礎を築く、大いなる一歩であった。