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第3話「不可視の扉と刀と拳と」


──1日目。




アヴィアの市場は人であふれていた。


露店の香辛料、果物、香油。どれも異世界らしい匂いで鼻が混乱する。


透の後ろを歩く4人の幹部たち。その姿は完全に異質だった。




「……とりあえず、今日は監視ってことでよろしくな」


透が声をかけると、真っ先に反応したのは筋肉女だった。




「うん、よろしくー。退屈しないといいけど。あたしバルマレア。呼び方は何でもいいよ?トオルって名前、ちょっと可愛いし」


「え、そ、そうかな……」




「……名はルザリオ」


刀を背負った長身の男がぼそりと低く言った。「この任務は軽くはないと思っている」


「緊張させんなって……」




「えっと、えっと、わ、私は……エンリカ……です…。よ、よろしく……です……」


背後で小さくお辞儀をする少女は、今日も例の人形を抱いていた。




「メルセデリアと申します。肩肘張らず、どうぞご自由に。会話は記録してますけど」


「……記録されてるの!?」




そんな会話で1日目は過ぎた。


途中、エンリカがアイスのような冷菓を透に渡そうとして半分落とし、バルマレアがその場で笑いながら3つ目を注文する場面もあった。




──2日目。




街の大通り。透はギルドを覗いたり、古本屋に立ち寄ったりしていた。


幹部たちも自由に振る舞いながら後をついてくる。




「それ、なんです?魔導理論……?この世界のことを学ぶとは…意外と真面目なんですか?」


メルセデリアが本の背表紙を覗き込みながら言った。




「まあ、こう見えて一応…」


透が本を閉じて苦笑すると、バルマレアが口を挟んできた。




「考えるの好きなの?それもいいけど、頭脳的じゃない方が正直好みかも」


「うわ、サラッと人を好みに入れないでくれよ……」




すると、唐突にルザリオがぽつりと呟く。




「……考える者は戦場で最後まで立つ。いい事だ」


「お、おおう……なんか急に格言じみてきたな……」




エンリカは、隅でこっそり透の横に並んでいた。




「……あの……トオルさんの……こ、固有魔法って……なん、ですか……?」




その質問に、透は少しだけ考えた。


そしてそっと答える。




「《ネクサスゲート》。どこかに“繋がる”扉を作る魔法。……でも、まだよく使いこなせてない。発動も意図的にできたり、できなかったり」




メルセデリアが静かに目を細めた。




「扉……この世界の“理”を無視した魔法、ということですか?」


「いや……理っていうか、たぶん“例外”……?」




バルマレアが何かを言いかけたが、ルザリオがそれを止めるように目で制した。




──3日目。




晴天。郊外の草原。




「なんか……今日は空気が違うな」


透がぼそりと呟いたその瞬間だった。




……風が、ざわついた。




遠くの丘に、なにか“影”のようなものが見える。




「あれ……扉?」




透が一歩踏み出すと、視界の先に、それは現れた。


草原の中に、ぽっかりと空いた空間。


正確に言えば“扉のシルエット”だけが、透にだけ見えていた。




「……おい、待て」


ルザリオの声が後ろからかかる。「そこには何も見えないぞ」




「そ、そうですよっ…何も…無いです…」


エンリカの声が怯えたように震える。




だが、透は一歩前に出る。




(ここにある。間違いない。俺の魔法の“出口”だ)




そして、静かに右手を前に差し出し——




《ネクサスゲート》




口にしたその瞬間、草原の空間が捩れ、扉が開いた。




「っ……!?」




そこから、這い出てきたのは“魔物”。




ねじれた角。爛れた皮膚。人語の断片をつぶやきながら、異形の魔が群れをなして溢れ出す。




「…なんか来るよ?」


バルマレアが咄嗟に拳を構えた。




「……見慣れない構成。魔王様の配下ではないな」


ルザリオの言葉が終わるや否や、その刀が閃く。




──音がなかった。




ただ、美しかった。




空気に切れ目が走り、直後、五体の魔物が真っ二つに裂けた。


ルザリオの体勢は微動だにせず、ただ一歩、風の中で前へ踏み込んでいた。




「……散る者には敬意を」




同時に、バルマレアが地面を砕きながら踏み出す。




「ひっっさびさに!ぶっ壊していいってわけね!!」




魔物の群れに、真紅の魔力が宿った拳が炸裂した。




──爆風。




一撃ごとに地が割れ、骨が砕け、魔が血飛沫とともに吹き飛んでいく。


彼女の拳は、ルザリオの美と対極だった。醜く、そして圧倒的。




「これが監視対象の近くに出てくるってことは……うん、アウトですね。もう完全にヤバいやつです」


メルセデリアが透の隣で静かに呟く。




「トオルさん……その扉、もう……絶対、普通じゃない、ですよね……」


エンリカが、震える手で人形をぎゅっと抱いた。




透は、二人の声を聞きながら前を見据えていた。




「……あの扉は俺にしか見えない…?」




そう言ったとき、自分の中の何かが変わっている気がした。




たった今、扉を通して何かが“こちら側”に来た。




それが、「何」なのかは、まだ、わからない。




──扉が消えた後。




平原は、まるで何もなかったかのように静まり返っていた。


風の匂いも変わらない。だが、草原の一部は抉れ、魔物の黒い体液が染み込んでいる。




ルザリオは鞘に刀を収め、黙して空を見た。




「…あっ…え…」


エンリカの声はかすかだった。人形がぴくりとも動かないのが、かえって不気味だった。




「とんでもないもん、開けたよね?」


バルマレアが、血飛沫の跡を足で払う。「つか、あれ全部“魔王様の支配下”じゃないってんだから、どういうこと?」




「例外、ですね。あれは“誰か”が送り込んだもの。あるいは……扉の向こうから勝手に来た?」


メルセデリアが呟いていた。




一方、透は黙っていた。


それ以上、何も言えなかった。




自分だけが見えた扉。


自分が開けた。


出てきたのは、この世界に存在しない魔物たち。




(俺は……何を開けてしまったんだ)




「トオル」


ルザリオが名を呼ぶ。


「……今から我らは帰還する。お前も同行しろ」




「魔王様の元に、ですね」


メルセデリアが肩をすくめた。「“報告”だけでは済まないでしょう。あれだけの異変が起きてしまったのだから」




バルマレアは拳を握りしめ、冗談めかして言った。




「よかったね、トオル。魔王様にまた会えるよ。たぶん笑顔じゃないけど」




エンリカは、ただ心配そうに透を見つめていた。


彼女の目だけが、どこか“庇おう”としているようにも見えた。




──魔王城。謁見の間。




魔王ステラ・アジャンスタは、玉座に座っていた。




その空間は、他に何も必要としない。


ただ、彼女がそこにいるだけで、“支配”が完成する。




透は、重たい扉を開いて足を踏み入れた。




ステラが視線を向ける。




「……来たか」




その声に、空気が引き締まった。




「他の者には見えず、お前にだけ見える扉…それを開けた。合っているか?」




「……ああ」




「その扉は私の管理下にも経験にも無い。お前の固有魔法、“ネクサスゲート”。それを通じて、何かが侵入した」




その分析は冷静だった。感情がまるでない。




「だが」




ステラの瞳が、淡く細められる。




「お前の意思で開けたわけではないのならば、責任を問うことはしない」




透は息をのんだ。




(……追放されないのか? 殺されてもおかしくないはずなのに……)




「だが、ここからは“監視対象”から“研究対象”へと変わる」




バルマレアが小声で吹き出した。




「やー、昇格だね、トオル。ある意味ね」




「……新しい扉を開けばまた奴らが出てくるかもしれん」


ルザリオが低く言った。




「私たちで対処できる範囲かどうか……それも、未知数ですね」


メルセデリアはカードをめくっていた。出たのは、“塔”の絵。




「わ、私……トオルさんの、味方……でいたい、です……」


エンリカが声を震わせながら言った。




その言葉に、透は心が少しだけ和らいだ。




「……俺はその決断に従う」




ステラがゆっくりと立ち上がった。




「…ならば、お前には“扉を開ける者”としての義務を与える」




「義務……?」




「未知の扉が現れたとき、それを最初に踏み越えるのはお前。開いた以上、閉じる責任もまた、お前にある」




透は、うなずいた。




「…わかった」




「よろしい」


ステラはそのまま背を向ける。「次の命は、すぐ下る。準備をしておけ」




──部屋を出たあと、エンリカがそっと声をかけてきた。




「……怖く、ない……んですか……?」




「怖いよ。めちゃくちゃ。でも……“知らないまま”でいた方が、怖い」




その答えに、エンリカは少しだけ微笑んだ。人形も、同じように口角が上がっているように見えた。




──その夜、透は自室のベッドに座りながら、窓の外を見つめていた。




街の灯は遠い。だけど、その下には人がいて、生きている。




(“扉の魔物”は、それを壊す存在だった)




(なら俺は、その扉を開く資格があるのか?)




まだ答えは出ない。


ただ、次に出会う扉がすべてを教えてくれる気がした。




魔導書の匂いって、案外嫌いじゃない──


透はそう思っていた。




魔王軍本部、中央塔の最上層の一室。


そこは数え切れないほどの魔導書や古文書、研究記録が整然と並ぶ“知識の墓場”だった。魔法の言語、禁術の理論、歴史の断章、誰がいつ書いたのかもわからない紙束が床まで積まれ、沈黙と埃に満ちていた。




透はその部屋で、日が落ちてからずっと“読み漁る”ことに没頭していた。




(さすがに……頭が沸いてきたかも)




広げていた魔導書の文字が歪んで見える。


書かれていたのは、古代の魔法陣とその効力の理論。そして次のページに、妙な見出しがあった。




《使徒と呼ばれた者たちについて──極秘転写》




「……使徒?」




ページをめくる手が止まった。




脳裏に、ふとよみがえる。あのピンク色の髪を持つ少女の姿。


目を離した隙に消えていた、あの空間の中の唯一の人影。




『あなたの中には──“厄災の使徒”がいる』




あれは……幻じゃなかった。




(使徒って何だよ。人か? 魔族か? それとも──)




扉が静かに開く音がした。




「……また、ここにいたのか」


低く冷たい声。背筋が反射的に正された。




魔王、ステラ・アジャンスタ。




黒くて長い髪に金の瞳。相変わらず無駄のない歩き方で、透の正面に来て立ち止まる。




「お前の好奇心は度を越すな。だが……悪くない」




「……使徒ってやつのこと、知ってるか?」




ステラの視線が一瞬だけ、魔導書のタイトルへ向いた。




「その名を記す本は少ない。……だが、私が知る限りの話をしてやろう」




透は姿勢を正すこともなく、ただ相手の言葉を待った。




ステラは指先で宙を軽くなぞる。魔力が走り、周囲の灯火が少しだけ明るくなった。




「“使徒”とは、遥か昔──この世界がまだ言葉を持たなかった時代に現れた存在だ。彼らは神にすら匹敵する力を持ち、“神に似た者”とも呼ばれていた」




「神、ね。つまり、ヤバいやつらの集まりってことか」




「一言で済ませるなら、そうなるな」


ステラは頷き、淡々と続ける。




「この世界に記録されているのは“八柱の使徒”だ。それぞれが異なる能力を持ち、どの一柱を取っても、私を含む魔王・天王に匹敵する、あるいはそれ以上の力を持っている」




「……やっぱ、そうなんだな。で、そいつらの能力って?」




「順を追って教えてやろう。まずは──」




ステラは指を一本立てた。




「“運命の使徒”。万象に干渉し、過去・現在・未来の流れそのものを改変する力を持つ。“選択肢”そのものを書き換える、と言えば分かりやすいか」




(……! あいつ……? いや、まさかな)




「次に、“時空の使徒”。時間を止め、戻し、進める。そして空間をも消し飛ばす。時空を歪めるとは、すなわち全てを上書きする行為だ」




「ぶっ壊れ能力ばっかだな……」




「三柱目、“暴虐の使徒”。精神に干渉し、破壊衝動を伝播させる。敵味方の区別なく、暴走させる。兵士の群れを狂気に落とすのに、時間は要らない」




「戦場の地獄を作る専門家ってわけか」




「四柱、“知恵の使徒”。生まれながらにして、この世界のあらゆる情報を知っていたという。魔法理論、元素構成、歴史、未来、全てだ」




(全部知ってる、か。こっちは知らないことしかないのに)




「五柱、“生命の使徒”。この世界の植物、動物、果ては微細な菌に至るまで──命を創り、与えた存在とされている」




「それってもう神様だろ…」




「六柱、“創造の使徒”。思考を現実に変える。想像した物が実体化し、概念が具現化する。夢を見たら、それが実在してしまう」




「……怖っ!」




「七柱、“死の使徒”。触れたものを枯らす、腐らせる、壊す……“死”そのものの象徴だ。命あるものには、抗うすべはない」




「ここまでくると、もう神って言われた方が納得できるな」




「そして八柱、“破壊の使徒”。その力は単純にして最強。世界そのものを“壊す”ことに特化した存在。暴力の極みだな」




透は言葉を失った。どの一柱をとっても、到底人間の枠じゃない。


だが──その先に、ステラは声を潜めた。




「……ただし、歴史において“もう一柱”存在したとされる」




「……九人目?」




「“厄災の使徒”。存在は長らく禁忌とされ、歴史から完全に抹消された。誰も語らず、誰も調べようとしない。だが確かに、存在はした」




透の背筋が寒気を覚える。




「……どんな能力だったんだ、そいつは」




「“厄災”とは──“自身に向けられた敵意や攻撃を放った者に、甚大な不運を降らせる”というものだ。直接攻撃するわけではない。だが、確実に“災い”が戻る」




「つまり……呪い?」




「それに近い。だが呪いと違って、“意図しなくても発動する”。つまり、ただ生きているだけで、周囲に破滅を呼び込む存在だった」




そして、そこで一瞬だけ。


ステラの瞳が、冷たい氷のように光った。




「……私と、勇者と…賭塊王ハレビア、異淵王クリスティア、天王ハロック……そしてetcでようやく殺したはずだ」




その口調には、珍しく「確信」がなかった。




「……はず、ね」




「そうだ。死を確認したはず。それでも、記録も記憶も曖昧だ。厄災は“存在自体が希薄になる”性質を持っていた。誰も確かに“生きていた”と証明できず、“死んでいた”とも断言できない」




沈黙が落ちた。




透は、机の上の書物を見下ろす。




(“あなたの中には、厄災の使徒がいる”──)




まさか……自分が?




いや、そんなはずはない。けど──




「……お前はなぜ、使徒に興味を持った?」




ステラが突然問いかけた。




「なんとなく。頭の片隅に残ってた気がしただけ」




「ふむ……」




ステラは一歩だけ近づいて、透の顔をじっと見つめた。




「……お前の中には、普通ではない何かがある。それは確かだ」




視線は鋭くも、断定ではなく、観察だった。




「……でも、俺は俺だよ」




「ならば、それを証明してみせろ」




そう言って、魔王は音もなくその場を後にした。




扉が閉まった後も、透は動けずにいた。




(“俺の中に……何かいる”ってことか)




開けた扉、現れた魔物。


すべては、あの時の少女の言葉から始まっていた。




“あなたの中には──厄災の使徒がいる”




それが、何を意味するのか。


透はまだ、知らなかった。




「…少しいいか?」




「なんだ?」


珍しくなにか頼みがあるらしい。ステラがこちらを見ながらこう言う。




「もう一枚、見つけて開いてみろ。


それだけでいい。パターンが知りたい」




静かな口調で、魔王ステラ・アジャンスタはそう言った。


目は逸らさない。言葉は少ない。それでも、確かな意志を含んだ声だった。




「……扉の仕組みを知りたいってことか?」




「それもそうだが…扉の先に“何がいるか”。それを知りたい。謎の魔物なのか、もしくはそれ以外にもあるのか」




ステラの口調はいつもと変わらない。だが、その眼差しには確かに“好奇心”が混ざっていた。


魔王である彼女が、自ら動かず、他者に“任せる”など本来あり得ない。




(つまり、俺が開ける意味があるってことか……)




透はゆっくりと息を吐いた。




「……いいよ、やれるだけやってみる」




「ふむ」




ただ、それだけ言って、ステラは踵を返した。去り際にこう付け加える。




「協力、感謝する」




「いや、こっちも気になってたし。お前がどういうつもりかも含めてな」




扉をもう一度──


それは、未知の領域を再び開くことでもある。




◇ ◇ ◇




その日の夕方、城を出ようとすると、扉の前で金髪の男が待っていた。




「やあ。同行することにしたよ。よろしくね、トオルくん」




「……なんでお前が」




「いやぁ、話を聞いてね。ちょっと面白そうだなと思ってさ。


君が開く“扉”……中に何があるのか、僕も見てみたいなって」




白スーツの男。胸元の金チェーン、そして品のある香水の匂い。


落ち着いた笑顔と、どこか抜けた雰囲気。その正体は──




「……賭塊王、ハレビア・クージュル」




「うん、正解。じゃあ“正解したら奢る”って賭けにしておけばよかったかな」




「くだらねぇ〜……」




「ふふ、でもね……僕がついてきたのには、ちょっと理由があってさ」




「理由?」




「君、危ない橋を渡ろうとしてるんだ。だから──王として、“興味”がある」




言葉は軽い。しかし、その目は笑っていなかった。


王の本質を覗かせる、芯のあるまなざし。




(ステラと同じで……底が見えねぇな、コイツ)




◇ ◇ ◇




陽が沈みきった頃、アヴィアの城下町を離れた二人は、郊外の平原へと足を運んでいた。




「さて、君の魔法のこと、ちゃんと見せてくれるかな?」




「《ネクサスゲート》。繋がりある座標に、扉を開く魔法」




「繋がり……ねぇ。君自身が“何かと繋がっている”のかな」




「どうだろな。わかるなら苦労しない」




透は両手を前に掲げ、深く集中した。


静かに魔力を流す。呼吸を整え、脳内を空にする。すると──




──カツン




「……あった」




空気が歪む。何もない空間に、“薄く揺れる四角形”が浮かび上がった。


音もなく、光もなく、それでも“確かにそこにある”存在。




「ふむ。僕には見えないけど……間違いなく、異質な気配だね」




「……開くぞ」




透の手が触れた瞬間、空間がひしゃげるような音がした。




バギィッ




そして──“開いた”。




向こう側には、何もないはずの黒。


だがそこから、這い出すように何かが“現れた”。




──グズ……ガァァァ……




四つ脚。長い爪。だが顔が逆さに曲がっている。目は四つ、口は裂けて耳の位置にまで達していた。


獣のようで、獣ではない。




それは……“この世界の魔物ではない”。




「──なんだこいつら」




「なるほど、異界からの侵食者……ってわけか。ふむ、実験してみよう」




ハレビアは懐から、サイコロを取り出した。


3つ。真っ白なサイコロ。まるで遊び道具にしか見えないそれを、手のひらに乗せる。




「もし、次に振った合計が“12”だったら──


僕の身体能力、50倍ってことでどう?」




「は?」




「外したら、あっちに全部乗る。いいでしょ? ワクワクするね」




「ちょっと待て、意味わかんねぇって──」




しかし、もう振っていた。




カララッ、カランッ……!




──9、10、11……




──12




透は思わず、サイコロの出目を二度見した。




「……おいおいマジかよ」




「フフ。未来をちょっとだけ“覗く目”を持ってるからね。


でも当たらない時もあるよ? ……0.1%くらいだけど」




ニッと笑って、ハレビアが地面を蹴った。




──ズンッ!




瞬間、空気が爆ぜた。


地面が割れ、ハレビアの姿が“消えた”。




いや──“速すぎて見えない”。




一体、二体、三体。異形の魔物がその場にいたはずが、すべて粉砕され、原型もなかった。




「なんというか……」




透は呆然とつぶやいた。




「見た目に反して、あの野郎……バケモンだな」




「ふふ、バケモンか。褒め言葉だね。王ってのはね、“絶対に負けない”ってのが基本なんだよ」




粉々になった異形たちの残骸を背に、ハレビアはサイコロをくるくると指の上で回していた。




「それにさ、トオルくん」




「……なんだよ」




「君の魔法。可能性は、きっと──まだまだ先がある。


これは……僕の目がそう言ってる」




未来視。


すべての賭けを“見抜いて”きた目。




その目に何が映っているのか、透にはわからない。




だが一つだけ、確かに感じていた。




──この賭塊王、ふざけたようでいて、内側は完全な“勝者”だ。




「さて、今回はこのくらいで。ステラには報告しておくよ」




「報告、って……」




「“まだ開けていい”かどうか、ってことさ」




そう言ってハレビアは振り返らずに歩き出した。


月明かりの中、その背中が妙に大きく見えたのは気のせいではなかった。





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