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第4話「判決」


──それから数日後




「なぁステラ、おい、もうちょっと開けさせてくれよ。頼むって。


たぶん次は何かすごいものが出てくる。たぶんだけど──」




「……お前、どこまでバカなんだ?」




「なにっ……!」




ステラはため息一つ。椅子の背もたれに寄りかかりながら、透を見下ろす。




「扉を開けるたびに、未知の魔物が出現するリスクがある。


それを“面白そうだから”で開けるなど──」




「いやいやいや、だってさ? 前は次元移動できたじゃん。


中から異界の道とか出るパターンもあっただろ? あれ、すごいって!」




「……お前は本来、死刑になっている存在なんだぞ?」




「……へ?」




ピタ、と透の口が止まる。




「お前が使った“扉”──あの魔法は、すでに複数の国家と種族間協定で“禁忌”に指定されている。


“どこにでも繋がる”という特性は、それだけで国家転覆に繋がりうる。情報が外に漏れれば、お前は即処刑だ」




「ま、待て待て待て。ちょっと待て。それ、初耳なんですけど……!」




「当然だ。教えていないからな。……教えたところで、お前の行動は変わらんだろうし」




「確かにそうだけどさ!?」




(なんだこれ、命の重さが軽い!)




ステラは机の上の魔導地図を指先で叩きながら、淡々と話を続けた。




「ただ──私が黙っている限り、お前は“特例扱い”されている。


今のところはな。だがその特例が、いつまで持つかは知らん」




「う……」




(これは……完全に首根っこ掴まれてるやつだ)




「……だが」




ステラの指が止まる。その金の瞳が、透の視線と重なった。




「扉のパターンは、私としても興味がある。お前の報告とハレビアの証言により──2つの傾向が見えてきた」




「2つ?」




「1つは、内部から“異物”が流れ込んでくるタイプ。


これはほぼ確実に、敵意を持った“魔物”が出現する。今のところ、それは例外なく“敵”だった」




「もう1つが……?」




「もう1つは、既に存在している別世界との“回廊”になるタイプ。


例として冥界、天界、異種族の閉鎖領域など。……これは移動先に対する影響は今のところ発生していない」




「なるほど、こっちが“安全”ってわけだな!」




「否。あくまで“今のところ”だ」




「うっ……」




ステラは椅子を軋ませて立ち上がる。


書棚に向かい、1冊の重厚な本を取り出して透に投げ渡す。




「“次元魔法と次元災害”の古文書。読めるな?」




「お、おう……まぁ……多分」




(字ぃ細けぇ……!)




「読んでおけ。お前がやっていることは、過去に一度“世界を裂いた”とされている行為に極めて近い。


冥界への接続も、普通は高度な転移魔法で一瞬だ。お前のように手探りで繋げている魔法は、危険すぎる」




「……じゃあ、結局使うなってこと?」




「使え。ただし、“誰にも見られずに”、そして“私に報告しろ”。それが条件だ」




「お、おう……」




透は本を抱えたまま、ひとつ深く息をついた。




(ステラって冷たいようで、なんか一番俺をちゃんと見てる気がする……気のせいか?)




「それと」




ステラが背を向けたまま、低く言った。




「次は“本当に死にかけたら”教えろ。私が少し助けてやる」




「……!」




(コイツの場合どこまでが助けるなのかわかんねぇ〜〜…)




「わ、わかった、覚えておく」




「……バカが」




それきり、ステラは何も言わずに部屋を後にした。




◇ ◇ ◇




数時間後──


透は城の図書室の片隅で、『読者の固有魔法を分析する魔導書』を読みふけっていた。




“扉の裏に潜む構造は、空間座標ではなく、概念座標である可能性が高い”




“敵意を持って出現する存在は、“干渉波”をトリガーに顕現することが多い”




(なるほど……つまり俺に向けて敵意を抱く何かがあっちにいると、扉はその“波”を受信して開く?)




思考が深まっていく。その中で、ふと浮かぶ疑問。




(じゃあ──敵意がなければ?)




一方で、次元移動についての記述も読み取れてきた。




“高精度転移魔法による移動は、エネルギー消費が大きいが、目的地の座標精度は極めて高い。


対して、“扉型魔法”は応答点依存型で、ランダム性と危険性が高い”




つまり、冥界などに行くだけなら、普通に転移魔法使った方がずっと効率がいい。




(……やっぱ俺のは“探索向け”って感じなんだよな。使いどころは限られる)




だが、扉の魔法には、転移にはない“ワクワク感”がある。


何が出るかわからない。どこに繋がるかわからない。








「……ないなー……」




透は石畳の裏通りでつぶやいた。


壁に手を当て、魔力の流れや空気の歪みを探るように目を細める。




(ここもハズレか。やっぱそんな簡単には見つかんねえよな)




ステラに頼まれた“もう一枚の扉”は、数日前に発見済みだ。


問題は、その後。




"扉のパターンは2つだけなのか"と。




(開けるタイミング、魔力の流し方、周囲の気配。何かきっかけがあるはず)




考えながら路地を抜けようとした、そのとき──




「っと……」




角を曲がった先で、ふと見覚えのある姿が目に入った。




両手いっぱいに紙袋を抱えた少女。


赤いリンゴが溢れそうに詰まっている。


そして、その格好──




赤と紫を基調としたジャケット。


金の装飾がきらびやかに揺れ、腰にはトランプ模様のケープ。


そして、目の下には涙の模様。


まるでサーカスの舞台から飛び出してきたかのような“怪盗”。




「──メルセデリア」




「おや。……トオル様でしょうか?」




銀髪をゆるく結った彼女は、ふっと微笑んだ。




「その格好、変わんねぇな……街中だぞ、ここ」




「お気に入りですからね。この街では目立っても問題ありませんし」




「いや問題あるわ、気になって仕方ないだろ、みんな」




「ふふ、目立つことが仕事ですから。昔から──“幕の上”が好きなんです」




言葉の調子は柔らかく、でもどこか距離がある。


ステラの幹部──メルセデリア・フェルグレイ。


魔導と幻術を極めた、“舞台の怪盗”。




「で、そのリンゴは? 何、飯担当?」




「いえ、おやつです。ほとんど私が食べます」




「ちょっとは分けろよ……」




「半分持ちますか?」




「食う前提じゃん!」




ふたりは笑い合いながら歩き出す。


石畳の商店街を抜け、人通りの少ない裏通りへ。




「そういえば、また“扉”を探してるんですか?」




「ん、まあ。任務は終わったけどさ。練習にはちょうどいいし」




「なるほど。魔力の感覚を研ぎ澄ますには、悪くありませんね」




「それに、見つけたら何か面白いこと起こりそうだしな。


この前の“冥界”だって、偶然だったし……」




「でも、気をつけてください。何が出てくるか、まだ不明ですから」




「わかってるよ。……でも、今んとこは“気配”すらねえな」




そのとき──風が止んだ。




(……?)




透の足が止まる。


建物と建物の狭間。日陰の狭い路地に、何かが“ある”。




(……空間が違う)




壁に手を当て、魔力を込める。すると、空気がピリ、と震えた。




「……見える」




「“扉”ですね?」




「いや、まだ“シルエット”だ。……開いてない。けど気配はある」




「私には……何も見えません。やはりこれは、“あなたのためのもの”」




「だろうな」




透はしばらく扉の気配を見つめる。


まるで、そこに“異なる空間”が張り付いているような、不自然な感触。




「……開けないのですか?」




「いや、今はやめとく。前回みたいに魔物が出てくるかもしれねぇし。


ってか、ひとりじゃ無理だ」




「では、次はご一緒しますよ。リンゴを食べ終えたあとで」




「まだ言うかそれ……」




メルセデリアは、少しだけ肩をすくめ、紙袋を地面にそっと置いた。




「トオル様……あなたは扉の先に何を見たいんですか?」




「……さあ。でもさ、せっかく“見える”んだ。


なら、見に行かないと損な気がするだろ」




「……ふふ、まるで舞台の幕開け前みたいな台詞ですね」




「サーカス娘に言われたくねえよ」




「失礼。私は“怪盗”です。──大舞台の予告は、静かに始まるものですから」




陽が差し込む路地裏で、ふたりはしばらく立ち止まっていた。


リンゴの香りと、不思議な気配と、予感だけがそこに残る。




──扉は、まだ眠っている。




だが、もう一度目を覚ます日は、きっと近い。






────────────────────────






──透という人間からは、厄災の匂いがするらしい。




書物の山に囲まれた、塔の一室。


天井近くまで積み上げられた魔導書の背表紙を、指でなぞりながら、異淵王クリスティア・フォードは思考に沈んでいた。




風の音がやけに遠い。


窓の外では、アヴィアの街がいつも通りのざわめきを見せていた。


天王が呑気に喋り、賭塊王が笑い、魔王が沈黙する中で――




彼だけが“正体”を隠している。




(……不自然だ)




名は「トオル」。


あの世界にはない構成、発音、意味。


この大陸の命名法則からも逸脱している。




初対面のときから、妙だった。


背中にまとわりつくような影。


人ではない“何か”が、内側に潜んでいるように感じた。




(あれは……“宿っている”)




言葉の通りの意味ではない。


だが、確かに“気配”がある。


空気の、揺らぎの、眼差しの裏側に。


あの男の中には、目を逸らさずにはいられないほど、重く、冷たい“運命”が蠢いている。




(……それが、“厄災”なのか)




ステラが最初にあの人間を見たとき。


ハレビアが「この人間は外の存在だろう?」と冗談のように言い当てたとき。


天王が無邪気に笑っていたあの場で、クリスティアはただ一点、透の心臓の鼓動を見ていた。




(跳ねていた。怯え、警戒し、悟られないように必死に)




自覚している。


自分が異質であることを。


隠しきれない何かを持っていることを。


──そして、それがこの世界にとって“危険”かもしれないことを。




(……だから、問い続けている)




本を閉じ、立ち上がる。


窓辺へ歩き、深緑の視線を街に向けた。




その視線の先――彼がいた。




今もトオルは探している。


ステラからの命令が終わったあとも。


ただ自分の意思で、ただ一人で、“扉”を探している。


目に見えない何かを探し、手が届かない真実を、掴もうとしている。




(それが恐ろしい)




扉を開く者は選ばれる。


見つけられる者もまた、何かを“持っている”




──ならば、彼の“中身”は何だ?




(……)




指を組み、顎に当てた。




(一つ、仮説がある)




彼の中に眠るもの。それは、おそらく……


“かつて存在し、歴史から消された使徒”。


ステラが何も語らなかったそれを、クリスティアは覚えている。




(“厄災の使徒”。攻撃や敵意を向けてきた者に、破滅的な不運を与える)




あまりに理不尽だ。


能力ではない。ただの“呪い”だ。


存在しているだけで災いを呼ぶ、“理”の異物。






アレはかつて世界を滅ぼしかけた存在だった。


その死を信じて記録を葬り去った。




──なのに。




なぜ、その“気配”が。


なぜ、“今の時代”に。




(……因果が巡った、というには安直すぎる)




神が下した罰か。


それとも、何かが導いたのか。


もしくは……




「彼自身が“選ばれた”のか」




声に出してみても、答えは返ってこない。


だが、考えるに値する材料は揃っている。




(問題は、“あの人間”が味方なのかどうかだ)




本質は未だ見えない。


だが少なくとも、今のところ彼はこの世界に対して「害意」を持っていない。


戦いを望んでいない。


誰かを傷つけようとはしていない。




──だが。




「無自覚であることが、最も厄介だ」




一歩間違えば、すべてを壊す。


何も知らないまま、目の前にある秩序を──




(それを、“止められる”のは)




彼がもう一人の扉を開いたとき、何が出てくるのか。


それが、世界にとって脅威となるのか。


ステラは、それを冷静に見ている。




自分もまた判断しなければならない。




彼が“希望”か、“絶望”か。


彼を“排除すべき”か、“守るべき”か。




「それを見極めるのが……俺の役目らしい」




手袋を直し、背を向ける。


塔の階段を下りていく。




“扉”が開く時、世界が揺れる。


そのとき王は見ていなければならない。




その揺れが世界を繋ぐのか。


それとも、壊すのか。




深緑の眼は、ただ静かにそれを見据えていた。





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