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第2話

 安全ゾーンとダンジョンの入り口には、ワープゾーンと呼ばれる瞬間移動が可能な場所がある。

 安全ゾーンのワープゾーンは無条件でダンジョンの入口への瞬間移動となるが、ダンジョンの入り口のワープゾーンは同じダンジョン内の過去に到達した階層のワープゾーンを選んで瞬間移動ができる。

 よって、配信者たちはダンジョン配信を終えると、容易に地上へ戻ったり、後日続きの階層へ潜ることができるのだ。


 地下四十四階を攻略したYUUKIは自宅に戻り、ダンジョン配信のエンゲージメントをにやけ顔で眺めていた。

 同時接続者数は、過去最大の一万千四百十九人。

 チャンネル登録者数も、過去最大の二十八万人三百九十八人。

 どちらも、最大値を更新。


 が、YUUKIのにやけ顔は、チャンネル登録者の増加数を見た瞬間、終わってしまった、

 増加数は、三十七人。

 確かなトレンドを引き起こしはしたものの、チャンネル登録者数の伸びと言う点では停滞していると言わざるを得なかった。


「くっそー。このままじゃ、登録者数三十万人達成まで、何年かかるんだよ」


 配信者の一つの目標は、チャンネル登録者数だ。

 チャンネル開設からたった一年で二十万人を超え、スーパールーキーの称号を与えられたYUUKIは、非常に順調な滑り出しをきったと言える。

 しかし、時代の流れはYUUKIに味方しなかった。


 ダンジョン配信者の激増と共に、配信スタイルも多様化した。

 YUUKIのように、ひたすらダンジョンの下層を目指す王道配信から、より個性的なダンジョン配信へと視聴者が流れていく傾向があった。

 例えば、あえて下層に潜らず上層で活動し、一つの階層をどれだけ短い時間で攻略できるかを配信するRTA系配信者。

 スカートのドレスという戦闘とは真逆の服でダンジョンに潜り、可愛さとあざとさを武器に配信するアイドル系配信者など。


 王道に飽きた視聴者たちが増えた現在、YUUKIのような王道配信を継続的に応援しようとする視聴者数は確実に減っていた。

 事実、古参の王道配信者たちは、斬新な展開を増やすことによって王道×個性の配信路線へと切り替え始めていた。


 一方、配信者としては新参のYUUKIには、王道×個性を作り上げる技量が未だ備わっていなかった。

 何かを変えなければいけないのは分かっているが、何を変えればいいか分からない。

 そんな壁にぶつかったまま、身動きが取れなくなっていた。


 YUUKIはSNSで、自分の配信の感想を眺める。

 八割がたは、好評な感想だ。

 しかし、YUUKIの目には残りの二割、否定的な感想がひっかかってしまった。


『何回か見てるけど、やってることいつも同じで飽きる』


『ツマンネ』


「ちくしょおっ! 好き勝手言いやがって!」


 YUUKIは否定的な感想に返信しようとした自分の指を止め、スマートフォンを布団に投げ捨てた。

 否定的な感想への反応は、倍以上になってやり返されるスイッチでもある。

 YUUKIは、前向きで明るい勇者のようなブランディングを意識してきた。

 故に、否定的な感想に目くじらを立てるのは、YUUKIという配信者像ではないのだ。


 YUUKIはギリギリと歯ぎしりをしてから、ベッドへと飛び込んだ。


「考えないとな。なにか……なにか……」


 新しい展開は、すぐに考えつくほど容易ではない。

 YUUKIはそのまま眠りに落ち、目を覚まし、何も思いつかないまま次のダンジョン配信の時間がやってきた。


「うぃっす、うぃっす。YUUKIです。本日は、神龍のダンジョン地下四十五階の調査から始めていこうと思います」


『YUUKIキターーーーーー!!』


『調査か。飯食ってくる』


 ダンジョン配信は、最深部――つまり下層に降りることのできる階段まで到達する『突破』が、最も視聴者の注目を集めることができる。

 しかし、全ての配信で『突破』をすることは不可能だ。

 ダンジョンは階層ごとに異なる魔物が生息しており、通路も迷路のように入り組んでいるため、やみくもに移動をしても決して最深部に辿り着けない。

 よって、階層の魔物の生態と通路の構造を調べる『調査』は必須だ。

 また、未踏の階層に最初に踏み込んだ人間へ課されている義務として、ダンジョン内の資源を集める『採取』も存在する。

 それらが完了してようやく、『突破』を行うことができるのだ。


 現在の同時接続者数は、八百二人。

 YUUKIの配信を全て見ようとする、コアな視聴者の集まりだ。


 YUUKIは昨日の十分の一以下である同時接続者数に内心で不満を零しながらも、表向きは笑顔のままでカメラに向かって手を振る。


「じゃ、そろそろ行きますか」


 応援コメントを返し終えたYUUKIは、安全ゾーンから危険ゾーンの状況を確認する。

 安全ゾーンの周りには、当然魔物たちがうろうろしている。

 地下四十四階にも生息していたポイズン・スネイクが二匹と、猫くらいに小さな体を持つ四足歩行のドラゴンが二匹。

 YUUKIはスマートフォンを取り出して、安全ゾーンから小さなドラゴンの写真を撮影する。


「このドラゴンは初めて見ますね。全身が緑の鱗に覆われていて、髭も左右の頬から一本ずつ伸びてますね。ドラゴンの赤ちゃんですかね?」


『かわよ』


『YUUKI、持って帰って来てくれ。俺が飼う』


 動く小さなドラゴンの姿を、前から後ろから撮影した後は、持参していた餌を安全ゾーンから危険ゾーンへと投げ入れる。

 餌の種類は、ドッグフード、キャットフード、ポテトチップス、さきいかと様々だ。

 小さなドラゴンは突然投げ込まれた餌に驚きながらも、投げ込まれた餌の匂いを恐る恐る嗅いで、ドッグフードをぺろりと嘗めた。


「ぎゃぴっ!?」


「おっと、どうやらドッグフードは口に合わないようですね。他の餌はどうかな?」


 その後、小さなドラゴンはポテトチップスを一口齧り、さきいかを嘗めた後、さきいかを美味しそうに貪り食った。


「ドラゴンは、いかが好みなのかな? 次は魚介を多めに持って来て、もう少し詳しく検証する必要がありそうですね」


 喋るのを終えたYUUKIが同時接続者数を見ると、人数は七百二十九人にまで減っていた。

 ダンジョン配信において、調査の人気がないのはいつものことだ。

 同時接続者数が時間とともに下がることも、YUUKIの想定内だ。

 だが、想定をしているとはいえ、YUUKIのモチベーションは下がってしまう。


 ダンジョン配信において、調達をコンテンツ化に成功したのは、自炊が得意な配信者や宇宙食や昆虫食と言った珍しい餌を用意できた配信者だけだ。

 あいにく、YUUKIにはどちらもない。


 下がっていく数字に焦りつつも、YUUKIにできることは定期配信を欠かさず行い、既存の視聴者を掴み続けるだけだった。


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