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第3話

「うぃっす、うぃっす。YUUKIです。本日は、神龍のダンジョン地下四十五階の資源を調達していこうと思います」


『YUUKIキターーーーーー!!』


『四十四階と違うもの落ちてるのかな?』


 YUUKIは安全ゾーンから危険ゾーンに向かって、紫色の球を投げ込んだ。

 球は、地面にぶつかると破裂し、辺りに悪臭をまき散らした。


「ぎぎっ!?」


「シャアア!?」


 安全ゾーンの周囲にたむろしていた魔物たちは、悪臭を前に一目散に逃げだした。

 YUUKIは鼻と口元を覆うガスマスクを装着し、悪臭を回避しながら危険ゾーンへと踏み出した。

 そして、周囲を見渡して襲ってくる魔物がいないことを確認し、通路に映える草や岩場を構成する鉱物の確認と採取を始めた。


「この草は、ダンジョン草ですね。ほんと、どこにでも生えてるなあ」


『雑草じゃんwww』


『食え』


「この鉱物は、初めて見るかも。あの、夜光る石に似てますね。えーっと、名前何だっけ」


『ハゲ頭』


『ツルピカ石』


「ああ、そうそう。ツルピカ石! それに似てる。でも、毛のような物が一本生えているから、ツルピカ石じゃなさそう。確保、かな」


『毛www』


『波平石じゃんwww』


「ぶふうっ! おい、笑わせるなって!」


『サーセンwww』


 調査が地味であれば、採取もまた地味である。

 ダンジョン内の生態系に興味がある視聴者には刺さるのだが、魔物との戦いを期待する視聴者には刺さらない。

 そして、ダンジョン配信の視聴者は、ほとんどが後者だ。


 早く採取を終えて突破をしたいという思いを抱えたまま、YUUKIは未踏の階層に踏み入れた人間の義務を淡々とこなしていく。


「あっちにも、ちょっと長い草が生えてますね。あれは……おや?」


 そんな採取中、ダンジョンの奥に生えている草を指差した瞬間、岩陰で何かが動いたことにYUUKIは気づいた。

 悪臭は未だに充満しているため、大半の魔物は近づいてくることができない。

 しかし、魔物の中には嗅覚を持たない存在もいる。

 YUUKIは念のため剣を抜き、警戒しながら岩陰に近づいた。


「誰だ?」


『お?』


『どーした、ゆーき?』


 YUUKIの言葉に、視聴者たちも異変に気付く。

 一方の岩陰からは、気配は消えないが何かが襲ってくるようなそぶりもない。

 YUUKIは咄嗟の攻撃に備えながら慎重に近づいて、岩陰を覗き込んで剣を突きつけた。


「ひゃっ!?」


「え?」


 岩陰には、白い長髪の美少女がしゃがみこんでいた。

 汚れのない白いワンピース姿は、ダンジョン配信の配信者としてはあまりにも不向きだ。

 いや、それ以上に、神龍のダンジョン地下四十五階は先日YUUKIが初めて踏み込んだダンジョンであり、どちらが速く到達できるかを競っていた配信者もいなかった。

 故に、他の配信者がいる可能性は、極めて低いのだ。

 YUUKIは少女が何者かの判断ができず、剣を突きつけたまま固まった。


 一方の少女も、怯えるような瞳でYUUKIを見ていた。


 盛り上がっていたのは、コメントだけ。


『めっちゃ可愛い!!』


『YUUKIどいて。見えない』


『千 年 に 一 人 の 美 少 女』


 配信をしない視聴者たちからすれば、配信者特有の違和感など感じるはずもない。

 ただただ画面に映った美少女に見惚れ、ただただ感情の赴くままに言葉を投げかけた。


『足ほっそ。肌しっろ』


『で か い』


『YUUKI、今こそお前の力を見せてくれ。まずは、スカートを捲ってだな』


「バンになるわ!!」


 固まっている間にも流れ続けたコメントは、YUUKIの心をリラックスさせた。

 YUUKIは一呼吸を置いた後、改めて少女を見た。


「立てますか?」


「え? あ、はい」


 YUUKIはしゃがみこんだ少女に手を伸ばし、自分が敵ではないことをアピールする。

 少女はYUUKIの手と表情を交互に見た後、震えの止まった手でYUUKIの手を取り、ゆっくりと立ち上がった。


『ぎゃーーーー! 俺の白ちゃんに気やすく触ってんじゃねーーーー!!』


『↑いや草。いつからお前の物になったんだよ』


『白ちゃんてw 勝手に名付けてんじゃねえよwww』


 お尻についた泥を叩いて落とす少女の顔を、YUUKIはじっと見て記憶をたどる。

 YUUKIの頭の中には、主要なダンジョン配信者の顔が入っている。

 チャンネル登録者数十万人を超えていれば、全員を記憶している。

 しかし、YUUKIは少女の顔に見覚えがなかった。


 泥を落とし終えた少女は、自分を見ているYUUKIの視線に気づき、首を傾げた。


「君、名前は?」


「シロ、です」


『マジで白ちゃんやんけ』


『白ちゃん、彼氏いるの?』


 少女の名前を聞いても、YUUKIには心当たりがなく、眉をひそめた。


「配信者?」


「あ、はい。配信者……です」


「チャンネル登録者数は?」


「七千人くらい……です」


「七千!?」


 YUUKIに証明するように、シロはポケットからスマートフォンを取り出して、自身のチャンネルの画面をYUUKIに見せた。

 チャンネル登録者数七千六百五十八人。

 画面に映る数字が、シロの言葉の正しさを裏付けた。


 YUUKIは、チャンネル登録者数を確認した後、同じ画面に納められたシロの過去の配信情報を視線で追った。

 動画投稿数は八十五本。

 週の投稿本数が不定期ではあるが、平均すると週に三本のペースで、少ないとは言い難い。

 しかし、配信時刻があまりにもバラバラで、視聴者にとって不親切だ。


 いや、不親切なのは投稿のタイミングだけではない。

 サムネのフォーマットにも工夫がなく、配信の一部分をそのまま使っているだけ。

 白いワンピース姿が映っていることで、ギリギリ同じ配信者の動画だと分かる程度だ。

 また、配信名も『ダンジョン配信 #10』のように、どのダンジョンの何階層かもわからない不親切設計。


 一年でチャンネル登録者数二十万人を突破したYUUKIから見れば、全てがあまりにもお粗末だ。


『シロちゃーん。こっち向いてー』


『シロちゃん、彼氏いるの?』


『↑しつけえwwwいなかったとしても、お前は相手にされねえよwww』


 だが、YUUKIの嗅覚が、シロの才能を嗅ぎ取った。

 お粗末な作りにもかかわらずチャンネル登録者数が七千人に至り、現在も七千人としてはあり得ない盛り上がりを見せている現状。

 YUUKIは、シロに対して視聴者を引き付けるカリスマ的才能を嗅ぎ取った。


 YUUKIは、カリスマ性と言う意味では凡人だ。

 あくまで演出により、カリスマ性があるように見せかけているだけだ。

 一方、シロは逆だ。

 一切の演出なしに視聴者を惹きつけるカリスマ性があった。


 チャンネルのテコ入れを考えていたYUUKIにとっては、降ってわいたような状況である。

 YUUKIはシロの手をぐっと握った。


「シロさん、と言ったね。どう? 俺とチームを組まないか?」


「え?」


『あああああああああああああああああああああああああ』


『初対面でのナンパ。さすがYUUKI! そこに痺れる憧れるぅ!!!』


「俺は、君の才能に惚れたんだ」


「え? へ? 惚れ……!?」


「俺なら、君の才能を伸ばすことができる。もっと、君のチャンネルを成長させることができる」


「あの、えっと」


 戸惑うシロに対し、YUUKIは自身のチャンネルの画面をシロに見せた。


「に、二十八万!?」


「君と組めば、俺たちはもっと上へ行ける気がするんだ」


『プロポーズktkr』


『ああ・・・俺の白ちゃんが・・・』


 二人っきりのダンジョンが静まり返り、ただシロの返事を待った。

 シロはもごもごと口を動かした後、ようやく小さく頷いた。


「はい。チーム、組みたい、です。もっと、色んな人に、見て欲しい、ので」


「ああ、よろしく頼む!」


『えんだあああああああああああああ』


『え? これから白ちゃんずっと見れるの? マ?』


 その日、ダンジョン配信界に一つのチームが誕生した。

 その日、YUUKIの配信は一番の盛り上がりを見せ、チャンネル登録者数が二十九万人を超えた。


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