「だいたいの経緯はわかったけれど、どうしてそれを受けたのジロー? いくらなんでも怪しすぎない? だいたいソロ家といったら、本当に帝都でも有数の大商家なのよ? そこの人がお供も連れずにウロウロしたりするのかしらー? それにどうしていきなりジローにそんな勝負を申し込むのかしら。簡単な賭け事程度ならともかく、市長よ? エリシェで一番偉い人なのよ? いくらなんでもおかしいわよ」
ガーっと言うレベッカさん。
冷静に考えれば確かにそうだ。つか冷静に考えなくても変だ。
…………なんで俺はホイホイと話を信じきって勝負なんてすることにしたんだろう。商品とでもいうべきエルフも見てすらもいない。相手の身元も確認していない。
すべて自称ソロ家のエフタ氏の証言のみの話だ。
それともエルフ熱が高まりすぎていたのかな。恋は盲目ともいうけれど……。いやそれは関係ないか。
なぜか「きっと絶対なんとかなるから勝負しなきゃ」って思ったんだよな……。
「それにねジロー。精霊石10個がたいしたことないなんてことはないのよ。人が一生のうちに得られる精霊石は普通20個前後。よほど精霊に愛された人でも30個程度なんだからね?」
う~ん。2日で精霊石が2個も手に入っているから、一ヶ月に少なくとも5回くらいはお導きを達成して精霊石ゲットできるものかと思い込んでいたけれど……。
一生に20個てことは、10歳で祝福を受けたとして……、こっちの人の平均寿命はわからんが60歳くらいだとしても、50年で20個だから……2.5年に1個か。10個だと、ハハハ、25年分だわ。
だからシェローさんもカボッチャさん(仮名)も俺がお導き達成したとき興奮気味だったんだな……。
「精霊石の値段は、たぶんジローが想像しているのより、ずっと高いのよー? 安いものでも金貨20枚はするんだから」
え、マジか。
超TAKEEEEEE!
日本の金買取センターで1枚15万で金貨が売れたことを考えると、300万円……。車買えるじゃん。
お導きクリアするだけで、そんなボーナスが得られるなんて異世界人はお得だと言わざるを得ない。
まあ、向こうでの金の価値とこっちの金の価値と比べてアレしても意味ないんだけどもな。でもなぁ、しかしなぁ……。
「どうして精霊石が高いのかわかる? 精霊石はそれ自体が精霊力の塊なの。そして、その力をエルフが精霊魔法で一旦還元することによって、石の種類によってだけど、いろいろな奇跡が起こせるのよ。使い道として一番人気があるのは『若返り』かしら。エリシェでも神官さまが精霊石の還元魔法の施術を請け負って下さっているのよ?」
若返りて……。
そんなスペシャルパワーがあったなんて……。
「これラピスラズリの原石や。たいしたことないわぁ」じゃないよ全く。300万でも安いわ。
「もし仮にそのエフタって人が本物で、本当に市長に贈り物をしなきゃいけないとしても、それはそれで大変だわよ? 市長は、ミルクパールさんっていうんだけど、賄賂は受け取らない清廉な人物として有名だしね」
「別に賄賂ということではないのかもしれませんよ。贈り物を贈って気に入られれば勝ちということですし」
「場所が他の場所ならねー」
あ、そうか。
パーティ会場なんていう、公衆の面前で商人からの贈り物を受け取ってもらって、さらに気に入るなんていう露骨な意思表示をさせなきゃいけないってわけか。
うわぁ、なんで迂闊に受けたんだろこの話。マジで逃げようかな。
「あ、あとジローはやけに心配してるみたいだけど、物を贈って罪に問われるってことはないわ。だからこの話、本当に受けるなら精霊石10個渡すのは覚悟の上でチャレンジしてみるしかないわねー」
「贈賄 即 タイーホ」がないってのだけが救いってわけなんだなぁ。
◇◆◆◆◇
話はちょっとさかのぼる。
俺はエフタ氏と別れてから、街で適当なお詫びの品を買ってシェローさんの家に向かった。
お詫びの品は酒にしてみた。
こっちの世界ってけっこう酒の種類多くて、ワインやビールだけじゃなくウイスキーやリキュールみたいなものも売っている。当然それはガラスのビンに入っているので、ガラスの生成技術もあるようだ。
家とか石作りが多くて雑なくせに案外技術力あるんだよな……。それともただの食道楽文明なのかな。料理もおいしいし。
買ったのはウイスキーのような琥珀色の酒で、値段は85エルもした。ビールやワインのような樽売りのものは安いようだが、ビンに入ったものは高級品という位置付けのようだ。
最初、イノシシ料理の件があったので向こうに戻って味噌でも買ってこようかとも思ったけれど、出所の説明をしきる自信がなかったのでやめておいた。
2時間近くかかってシェローさんの家に辿り着く。
うっかり昼時に着いてしまい2人とも食事中だったのだが、昨日俺が逃げるように立ち去った件についてはまるで気にした感じでもなく歓待してくれた。
そしてまた飯をご馳走になっている。
2人ともどう見ても西洋人な見た目なのに、食べてるもんは土曜日の昼にかーちゃんが作ってくれるような
食べ終わり、茶を飲んで一服してから、昨日の件の詫びだと酒を出した。レベッカさんは「若いのに気を使いすぎよ」と言っていたが、シェローさんは有頂天だった。そして早速開けようとしてレベッカさんに
ああ……、俺の中でだんだんシェローさんがおバカキャラになっていく……。
それから今日のエフタ氏とのことを話し、手当ては支払うので協力して欲しいと持ちかけた。
シェローさんは、「でっかい夢だなー」と能天気に酒瓶をさすりながら聞いていたが、レベッカさんはキョトンとした表情でいる。どっか理解できない要素ありましたっけ?
「だいたいの経緯はわかったけれど、どうしてそれを受けたのジロー?」
そして冒頭の話の流れになったのだった。
◇◆◆◆◇
シェローさんは狩りの仕事があるということで、レベッカさんだけが手伝ってくれることになった。
本人曰く「危なっかしくて見てらんない」ということらしい。反論できるだけの材料もないので、素直に厚意を受け取っておく。これもまた「お導き」かな? とも思ったが、もうそんなこと気にするほどのネンネちゃんでもないぜ。なんせ300万だしな。
そして2人で街に向かったんだが、レベッカさんが「馬で行こうかー?」と言い、ドキドキ恥ずかしのタンデムで行くことに。
「じゃあ乗って。馬に乗ったことは?」
颯爽と厩舎から馬に乗ってあらわれるレベッカさん。か……かっこいい。
やはり元傭兵。昔は馬に乗って戦ったりしてたのかな、乗馬のことはよくわからないが、手馴れた様子で俺の横に馬を寄せる姿に一切の淀みがない。
やっぱ騎手の天職欲しくなるな……。天職なくても普通に練習すれば、これくらいできるようになるんだろうか。あと、馬も欲しい。
「…………えっと、どこに乗ればいいんでしょうか? 鞍、1人乗り用ですよね、それ」
「この鞍おっきいから詰めれば女子供2人ぐらいなら大丈夫よー? はい、どうぞ」
そういって、前に詰めてくれるレベッカさん。マジか。つか俺子供か。つかレベッカさん俺より体格いいんだよな……。
変にまごついていてもおかしいので、引っ張り上げてもらって乗った。
……人妻の腰に抱きついたりするのはセーフなのかな。シェローさんも「気をつけてなー」と意に介していない様子。ま、いいか! いいならいいか!
レベッカさんの背中あったかいナリィ……。
出発して暫くしてからレベッカさんが言った。
「昨日は、どうして急に行っちゃったの? せっかくお導きの達成のお祝いしようと思ったのに」
「あ、いえ、すみません。……ちょっとお導きってのに驚いてしまって」
全く理由にならない返事をしてしまうが、本当のことを言うのは恥ずかしい。
無償の善意かと思ったらあまりに打算的すぎてがっかりしたなんて、そんなことは絶対に言えないし、言いたくもない。
この世界ではお導きを達成させようとするのは、当たり前のこと(なにせ精霊様が導いてくれる正しい道なのだから)であって、そのことに何か思ったとしても無意味なのだからな。
シェローさんもレベッカさんも、全くの善人であるのは疑う余地がないし、俺も別にもうなにか拘っているわけでもないのだけれど。
「……いいのよジロー。あなたが記憶喪失だって知っていたのに、ちゃんと説明してなくて私たちも悪かったしね。……ちゃんとお導きの最中だって言っておけばよかった。……けっこうね、お導きが原因で友情が壊れるってケースもあったりするのよ。男の場合はほとんどないんだけど、女友達同士だと時々、ね。ジローは見るからに繊細そうだから……。だから、ごめんね」
ん? これ俺が逃げた本当の理由に気付いてるよね。つか、それに対しての話をしているよね。レベッカさんいちいち鋭すぎるんだよな……。
かと言って認めるのも
そうこうしているうちに街に到着した。
時間としては、もう14時くらいになるだろう。帰りのことを考えると、そうは活動できない。本格的な準備に入るのは明日からになるだろう。
そうそう。
エフタ氏との勝負自体は受けることにした。
これからの調査次第ではあるのだが、一度約束したことではあるし、逮捕がないなら、最悪負けても精霊石10個で済む。石はすでに2つも持っているし、勝負を受けた時からずっとだけれど、この勝負はなぜだか負ける気がしないってのもあったし。
それになによりも……。
天職板にまた新しい「お導き」が追加されていたことだし、な。
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【 バラカのお導き 】
・ 市長の家に行ってみよう 0/2
・ 御用商との約束を果たそう 1/3
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……ん? ハテナマークだらけのはなんぞこれ??