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第30話  朝駆けは石油王の香り




 部屋から出て、ラウンジでひとまず落ち着くことにした。革張りのソファに座り、暖かい酒を女中を呼び付けて持ってきてもらう。

 そして軽く飲みながら考える。

 つい逃げてきてしまったけれど、ディアナめ……、「永遠の愛」だなんてどういうつもりだったんだろか。

 まだ出会って3日かそこらなのに……。いや……、そのへんは自分側の文化での話だからな、エルフの文化としては当たり前のことだったのかもしれない……のか? でも、逆にそうすると、ディアナとそうなる・・・・つもりならやはり「永遠の愛」とやらを誓わなきゃならないってことなのか……。精霊契約の件もあるし、誓いとか、ちょっと怖いものがあるのは否定できないぜ……。

 あの様子からしてディアナも冗談で言ってるわけでもなかったんだろうし、とすると俺とそうなってもいいと思ってたってことは……、ちょっとしたプロポーズだったとも考えられなくもないんだけど、でも……、あいつ自分が奴隷だって認識あるんだろうか……。それともお導きとなにか関係があるのかな。だいたいそもそもお導きが終わったらどうすんだろ。国に帰るんじゃないのか、俺と永遠の愛なんか誓ってていいのか……。

 こんなの考えすぎなのかな。実際にはただのそういう関係になる前の常套句なだけって可能性も高いんだし……。ただ俺がヘタレなだけだったという事なのかもしれないんだけも……。でも、ついグダグダ考えすぎてしまう……。


 マリナのこともそうだ。

 正直、軽い気持ちでSUEZENしようとしたのは否めない。俺に一生尽くすと、真摯に向き合ってくれている相手に対して、あまりに適当だったのではなかろうかと。異世界なんていう夢みたいな場所に来てるからって、人間関係まで夢やマボロシのごとく思ってたんじゃないのか。相手を自分の奴隷にしている、つまり、相手の人生を丸ごと手中にしているくせに、自分はいざとなったら向こう日本にバッくれてしまえばいい、なんていう気持ちが一切なかったと言えるのか。

 相手に真摯さを求めるなら、当然自分だって相手に真摯でなければならないだろう。少なくとも向こう日本に戻らなくてもいいってくらいの気持ちがないなら、気楽にツマミ食いってわけにはいかないんじゃないだろうか……。

 こういうのって童貞特有のものなのかもしれないけれど、チャラ男でもあるまいし、やっぱりある程度の誠実さがなければ、こんな歳まで童貞だった甲斐がないってもんだぜ。



「あーあ、奴隷に対して必要以上に向き合いすぎてるのかなぁ、俺……」


 つい一人ごちる。


「よいのではないでしょうか。奴隷とて人間には違いないのですし」


「!」


 まさか独り言に返事があると思わず、驚いて声がしたほうを見ると、斜め向かいにいつのまにか宿泊客と思われる女性が座っていた。

 考え事をしていたからなのか、こんな夜中に他の客がラウンジを利用すると思わなかったからなのか、ぜんぜん気が付かなかった。



「失礼。私しかいない処での発言でしたので、私に向けておられるのかと思いまして」


「あ、いえ、完全に独り言でした。ははは……」


 これは恥ずかしい。つい乾いた笑いが漏れてしまう。

 薄明かりのラウンジで、女性の表情はいまいち読み取れない。袖と襟だけ白い黒のロングワンピースドレス。首にはシルバーのネッカチーフ。ここみたいな高級な宿に泊まるくらいだし、どこかの令嬢かなにかなのだろう。上品にウェーブした銀髪がなかなか豪華だ。

 来たことに俺は気付かなかったが、ついさっき来たばかりらしく、右手に持ったティーカップにはまだ湯気が立ち上っている。


 女性はカップをソーサーに戻し言った。



「なにか奴隷のことでお悩みの様子。僭越ですが、私でよければ相談に乗らせていただきますよ」


 相談されたい系の人か……。

 相談に乗ってくれるのはうれしいけれど女の人には話しにくいタイプの悩みなんですけども……。さすがに「若い女の奴隷買ったもんでさっそくベッドを共にしようとしたら、『覚悟はできているであります』だの『永遠の愛を誓って欲しいのです』だの言われて重くて逃げてきたなう」だなんて言えないぜ。

 でもま、金持ちの令嬢なら奴隷の扱いとかも慣れてるんだろうしな。話聞いとくか。



「えっと、こないだ初めて奴隷を買ったんですけどね。僕自身が奴隷というものに馴染みがなくて、どういう距離感で接したらよいのかよくわからなくて……」


「なるほど。そうですね……、基本的にはすべてあなたの自由にすればよいのではないのでしょうか。奴隷として相手を買ったのならば、それはもうあなたの物です。そばに置いてもいい。どこか遠くへ追いやってもいい。それを咎める者はおりませんし、その理由もありません」


「そういうもんですか。でも普通はどうするものなんですか? 奴隷にも 『一般的な主人であるなら普通はこう扱われる』というものがあるのでは?」


「男性ならば生かさず殺さず一生労役に就かされ、女性ならば若いうちは性奴隷として扱われ、孕んだ子供もまた性奴隷として使役される……、と答えてほしいのですか? 確かにそういう面もないとはいいませんが……、実際にはもっと幅は広いですよ」


「幅が広いというと?」


「中には、奴隷と結婚する人もいますし、仕事のナンバー2として重用するなんて事もざらに」




 ~綾馳次郎脳内裁判~


「え~、突然ではありますが、第755回脳内裁判を行いたいと思います。今回の案件は 『奴隷と結婚! そういうのもあるのか!』 です」


ギルティ有罪。異世界なんていう正体不明の世界で結婚なんて親御さんも泣いてるよ」

ギルティ有罪。結婚とか言っちゃって、ただヤリたいだけなんでしょ? いいじゃん奴隷なんだからやっちゃえやっちゃえ」

ギルティ有罪。子作りに正当性を持たせたいだけの、おためごかしと言わざるを得ない」

ギルティ有罪。もっとオッパイ大きい子が良かった」


「でもさ、聞いてくれよおまえら。本当に相手のことを考えて真摯を貫くなら、そうなる可能性も考えておいて然るべきなんじゃないかなって、今、軽く酔っぱらった夜中1時の俺は思うんだよね。明日になればなに考えてるか知れたもんじゃないんだけどさ。だもんで今は!今だけはノットギルティ無罪!」


「判決。朝になって冷静になったらまた考えてみよう! もしくは賢者モードの時に!」


 ~脳内裁判終了~



「奴隷に対する扱いは本当に人それぞれなんですね。……ならば僕も自分の思ったようにやってみることにします。ありがとうございました」


 でまあ、結局のところ今まで思ってた通りに「自分のサイズ」でやるという結論なわけだけれど、世間的にもわりとそれが普通だと知れたのは良かったのかもしれない。レベッカさんがただの生涯雇用契約みたいなものだって言ってたのも、こういうことなのかもしれないな。







 ◇◆◆◆◇







 その後、銀髪の女性とは少しだけ宿の料理の話なんかをしてから別れ、俺はディアナたちがいないほうの部屋に戻って寝た。ベッドの残り香で興奮した……とかは言わなくてもいい情報か。


 次の日、赤い顔をして俺を起こしに来たディアナが、起きぬけの俺に言った。


「ご主人さま、昨日は突然変なことを言って申し訳ありませんでした。あ、あれは、その、アレの日が来ちゃって、ちょっとおかしくなってたのよ。ですから、今日はちょっと抜けさせていただきたいのです」


「あ……、ああ。そう。アレの日でおかしくなってたなら仕方がないな」


「い、いえ。おかしくなってたっていうか、素直になってたというか……。とにかく! そういうわけなので、申し訳ありませんが!」


 そして赤い顔のまま逃げるように部屋を出て行った。

 これがアレの日か。理性が薄くなるエルフも居るって神官ちゃんは言ってたけども……、どうなんだろな。

 ま、アレの日は一日留守にするってのは前もって了承してあったことだし、今日はディアナ抜きで過ごすとしよう。どうせギルド行ってエフタの代理が来てるか確認したりするくらいしかやることないしな。


 そのまま起きて出かける準備をし、隣の部屋にマリナを呼びに行く。

 マリナは……、やっぱりまだ寝てた。ディアナも起こしておいてくれればいいのに……。



 ガウン一丁でグッスリ寝てるベッドの上のマリナ。

 部屋には俺とマリナだけ。

 ……いやぁ、これは悪いですよ。無防備に仰向けで寝てるマリナが悪い。こんな状態で起こさないで行っちゃうディアナも悪い。ご主人さま悪くない。



「……あさ~あさだよ~。朝ごはん食べて~ギルド行くよ~」


 などと小声で言っても起きないマリナ。

 ままま、まったくしょうがないなマリナは、ちょっと肩なんか揺さぶって起こすしかないよな。


 ゆさっ、ゆさっ

 ゆさっ、ゆさっ

 あ、手がすべった、プニ

 プニプニム二ムニ


 ムニ……ムニョムニュ

「な……なかなか起きないなマリナは。本当に仕様がないやつだな。こんだけ揺すってるのに本当に仕方がないやつだな」

 ムニュムニムニョ

「…………暖かくて、健康にええわい」

 ムニョムニムニムニョ

「……しかし、なんという贅沢だ……。今、俺の魂レベルは石油王とかと比べても遜色がないに違いない……」

 ムニムニョモミュモミュ


 ……あ、ダメだこれ、もう収拾つかないわ。さながら磁石のように俺の手とマリナの胸が引き寄せ合っちゃって、到底もう離れられるもんじゃないわ。軽いラッキースケベ程度の気持ちで触っちゃうもんじゃなかったわ。


「アッ……うン……、ん」


 マリナの声が漏れる。頬も上気してきて色気を帯び始める。これはまずい。いや、まずくはないが、朝っぱらから行き着くところまで行きたくなってしまう。

 昨日の夜に誠意だなんだと思い悩んでたのがバカみたいだな。


「マリナー、起きないと本当にご主人様、帰還不能地点に到達しちゃうよー。それとも本当は起きてるのかー」


「……ア、ン…………ふぁ、アッ、あ………………あ、れ?」


 あ、起きた。

 とっさに手を引っ込める俺。すごく今更だけども、つい。


「やっと起きたなマリナ。おはよう」


「あ、ああああれ? あるじどの? お、おはようでありま、す? って、ひゃああああ、こここんな格好で恥ずかしいであります~!」


 転がるようにベッドから降りて向こうの部屋へ逃げていってしまうマリナ。……どうやら本当に寝ていたようだ。ちょっと残念なような、ホッとしたような……。


 とりあえず俺も感触が残っているうちに、賢者モードにモードチェンジしてこよ!







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