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第31話  異世界馬車は高性能サスの香り


 その後、何事もなかったようにマリナと合流して、軽い朝食をとった。

 今朝のイタズラについては、本当に寝ていたらしいし問題なさそうだが、昨夜のことはそれなりに気まずいっていうか、恥ずかしい。それが俺の態度に出ているからなのかはわからないが、マリナも微妙に様子がおかしいような気がする。

 時々、こっちの様子を伺っては、目が合うとはにかんだりして。


 マリナとちょっとぎこちなく会話なんかしながらの朝食を終え、2人でギルドへ向かった。

 ギルド(正確には商工会議所)は朝だというのにそれなりに賑わっている。エリシェの街は第2自由都市だとかで、商業が活発だという話だし、ここを利用する人は多いのだろう。商人風の男や、丁稚の坊や、護衛の奴隷らしき男なんかがせまいロビーをうろついていて雑然としている。前に来たときはそれほど混んではいなかったと思ったけどな……。なんかしらの理由があるのかもしれない。

 それはさておき、さっさと用事を済ましてしまおう。


 手の空いた受付嬢に事情を話すと、少々お待ちくださいと奥に引っ込んでしまった。……このパターンはあれだな。トビー召喚パターン。


 案の定、受付嬢はトビー氏に話を聞きに行った模様。しばらくして、トビー氏と連れ立って戻ってきた。

 そして、またしても胡散臭そうに俺を見るトビー氏。

 まあ……、1回目は記憶喪失の商人としてギルド登録、2回目は存在しないはずの屋敷の住人登録、3回目は御用商の代理と待ち合わせ、だからな……。実際どう考えても胡散臭い。



「ひさしぶりだねジロー君。ここでギルド登録してからまだ3リング程度だというのに、もう御用商と渡り合うようになったのかい? 後ろの子は……奴隷か? ターク族は比較的安いかもしれないが……、ずいぶんと羽振りがいいじゃないか」


 リングってのはこっちの世界の一週間で6日間のことらしいぞ。3リングで18日。これ豆な。


「いやぁ、なんていうか、成り行きで」


「成り行きね……。まあ、それはいいとしてソロ家のエフタ氏の代理の方とここで待ち合わせる約束をしている……ということで間違いないね?」


「はい。詳しい日時を決めなかったので、いつ来るのかわからないのですけどね」


「いや、実は昨日の夜中に到着したとかで一度顔は出されているのだよ。今日また来ると言っていたから、そのうち……、ああ、丁度来たみたいだ」


 そういって目で合図するトビー氏。

 どれどれ……と入り口のほうを見やると、商人らしき人に混じって颯爽と入ってくる女性がいる。

 女性っていうか……メイドっていうか……ハッキリ言うと昨日ラウンジで会った銀髪の人っていうか……。


 昨日と服装は同じ黒のワンピースだが、2点だけ違うのは、真っ白いエプロンをしている点と、ヘッドドレスを付けている点だけだが、これはどう見てもメイドルック。どこかの令嬢だと思ったものだが……、メイドとか……。いや、好きだけどさ。メイドの嫌いな男の子なんていないんだけどさ。


 しかし、ソロ家……っていうか、エフタはなに考えてんだろ。自分の代理がメイドってどんな了見なんだか。

 いや待てよ、落ち着け。われわれの常識における「メイド服」姿だからと言って彼女がメイドと決まったわけではあるまい。朝ごはんを作るときに付けたエプロンをうっかり外し忘れただけかもしれないし、そもそもただのファッションという可能性も否定できないじゃないか。そうだ、そうだ。そうに違いない。いやぁ、大商人の代理がメイドだなんて、萌えマンガじゃあるまいしな!


 そのままこっちへ歩いてくる銀髪メイド。やはりこの人が代理で間違いないようだ、トビー氏が合図すると、すぐに事情を察したのか、上品にお辞儀し言った。



「はじめまして……、ではありませんね。エフタの代理として参りましたヘティーと申します。見ての通りのメイドです。若の名代としては頼りないでしょうが、よろしくお願い致しますね」


 メイドって言い切ったよこの人! 見ての通りのメイドですって!

 適当に周りにいた人に任せちゃったのかなぁエフタ。普通、自分の代理をメイドに任せたりしないよね? いや、それもまた自分の常識に当てはめすぎてるのか……。深く考えたら負けだわ、異世界なんて。

 ……ところでエフタって若なんて呼ばれてるんだな。



「……昨晩はどうも。僕はジロー・アヤセ。これからよろしくお願いします」


「ジロー様。こちらこそよろしくお願いしますね」


 そう言って上品に微笑むヘティーさん。年上の上品美人メイドかぁ。

 よくよく考えてみれば、新進気鋭の鼻息荒い商人の青年とか、女ったらしのキザなソロ家の親戚の青年とか、ガチホモの青年とか、そういうの送ってこられるのとは比べ物にならないほど良いよな。むしろ、エフタ2号みたいなのが来るのかと思っていたんだし……。

 いや、なかなか良い仕事するじゃないエフタめ。本当はできる子だったんだな!



「ところで今日はディアナ様はどちらに? 一緒に行動しておられないのですか?」


「ああ、今日は……アレの日だとかで」


「なるほど、お導きが進んでいる証拠なのでしょうが……。ジロー様、ナニかいたしました?」


 え? ななな、ナニって何かな? ナニもいたしてませんよ。いたそうとしたのは否定できないけれどもね。ナニとアレと関係があるのかな?


「そういえば、昨夜も奴隷との関係で悩んでいると言ってましたっけ……。つまり無理やり手篭めにしようとしたけれど、拒否されて奴隷との関係性に悩んでしまった……と? これはまずいですね……。これは種族間問題に発展しかねませんよ。ジロー様の首1つで済むかどうかわかりませんよ」


「ええええええ、誤解! 誤解ですよ! 連想ストップして!」


「冗談です」


 真顔で言い切る銀髪メイドさん。冗談言うときはもっと冗談めかして言ってくれよな!






 ◇◆◆◆◇






 挨拶もそこそこにギルドを後にする俺たち。

 エフタの代理とも合流できたし、さっさと屋敷を確認してもらって、家の補修やら整備やらを開始してもらいたい。宿暮らしも良いけど、やっぱり落ち着かないし、俺の商売の基本は結局は向こうの世界との貿易なんだから、拠点から離れすぎているのはうまくない。



「……というわけなんで、とにかく一度屋敷を見てもらえますか? ちょっと離れてるんですけど」


「はい。話は若から伺っております。馬車を用意してありますから、それで向かいましょう」


 そう言って馬車の場所まで案内してくれるヘティーさん。馬車ってどれくらいスピードで走るもんなんだか知らないけど、歩くのよりは楽だろう。あ、馬買ってくれるかも聞いておきたいけど……、ディアナがいる時のほうがいいか、それは。


 馬車は葦毛の馬2頭で引く、なかなか……いや、とても豪華なものだった。御者が2人。パレードなんかで見る露天式ではなく、木製の個室型……、要するに屋根があり客室風になってる、いわゆる箱馬車だ。車輪はよく見ると金属製だし、黒を基調としながらも雅な装飾が適度に入っており、ハッキリ言ってメイド風情が持ってこれるものではなさそうなんだけど、これもディアナ効果なんだろうか。

 俺にすればラッキーってなもんだから、遠慮なく利用させてもらうけどもさ。



「ではお乗りください。この足ならば半ユルカ程度で到着できると思います」


 ユルカってのはだいたい1時間くらいのことを言うらしい。これ豆な。


 馬車の内部も豪華だ。シートは艷やかな革の貼られたソファになっているし、広さもあるし、これなら大人が4人は悠々と乗れるだろう。

 どう見ても貴族用っつーか一般の人が使うもんじゃないんだけど、こんなもん持ってきちゃってソロ家ってお金あるんだなぁ。ぶっちゃけ荷運び用の幌馬車で十分なんだけどな。


 俺が一番最初に馬車に乗り込んだんだが、シートの手触りなんかを確かめたり、床材を叩いたりして待っていても、なかなか誰も乗ってこない。外を見てみると、直立不動のマリナと、これまた脇に佇むばかりのヘティーさんである。なにしてんのこの人たち。



「……あの、なにしてんスか? マリナも。なんかあったのか?」


「あ、いえ。マリナさんがなかなか乗り込まないので、待っているのですが……。あの?」


「マリナ。なんかあったのか? 乗り物酔いする性質だとか? 悪いけどそこは我慢してもらうしかないな。さぁ、早く乗った乗った」


 俺が気楽にそう言うと、多少の逡巡を見せながらもマリナは口を開いた。



「……マリナは奴隷であります。奴隷が公衆の場で主と同列の席にいるのは、周りから主が笑われることになると聞いたことがあるであります。マ、マリナは主どのが笑われることになるのは……、嫌であります」


 おおっとぉ。

 ずいぶんと可愛いことを言ってくれるじゃないの。基本アホなのに気なんか使っちゃって。

 お、男にはそういうの逆効果なんだからね!


「それでマリナはどうするんだ? ここに残るのか? 主人だけ行かせて?」


「……マリナは、走って追いかけるであります」


「なるほどなー。だが断る」


 俺は颯爽と……はいかなかったけど、普通に馬車から降りて、マリナの手を掴み無理やり馬車に乗せた。

 多少は抵抗するのかとも思ったけれど、案外大人しいものだ。ここで、抱きかかえて座席にINできたら格好いいんだけど、それをやるには筋力値が足りないね。



「結局乗せられてしまったであります。所詮は奴隷、主どのに逆らうことはできない運命なのであります」


 と、別に悔しそうでもなく、逆にうれしそうなマリナ。やっぱアホの子だった。



「そうそう。俺がマリナと一緒に馬車に乗りたいんだから、乗らないなんていう案は到底採用されるはずもないね」


「まあ。ジロー様は奴隷愛が強いんですのね。昨夜の話の続きでもありませんが、本当にこういう場合、奴隷を走らせる主人も少なくないんですよ」


 本当に走らせる人もいるのか……。今もう馬車は走り出してるけど、思ったよりスピード出てるんだよこれ。そこそこスピード出した自転車くらいは出てると思うし、走って追走するのはかなりキツイっていうか、訓練目的ならともかく地味に辛すぎるだろ。

 いざ暴漢とか魔物とか出たときに、疲れちゃって用を成さないんじゃないのかな? 効率悪いだけだよね。



「マリナ、馬車なんて初めて乗ったであります。マリナのいた村には荷馬車くらいしかなかったですし」


「俺も馬車は初めて乗るよ。思ったより揺れないもんなんだな。どういう機構になってるのか、あとでよく見させてもらいたいね。……車輪があんなだから、よほどサスが良いのかな。そもそもバネって存在してるのかな……」


「ジロー様は見識が深いですね。おっしゃる通り、この馬車にはバネ熊の腱を使っております。馬車1台分となると、バネ熊の腱が20頭分ほど必要になりますので、なかなか高級品なんですよ、この馬車」


「ははっ、バネ熊っすか。パネェ」


「バネ熊ならマリナの住んでた村の近くの谷でも時々見かけたであります。人間に見つかると、ビョーン! ビョーン! って逃げてくんです」


「なにそれ、鳴き声か? ビョーンって鳴くの?」


「ビョーン! ビョーン! て川の岩場を飛び跳ねてるであります。ときどき足を滑らせて川に落っこちるのがかわいいんです。それに泣き声は『バネバーネバネェ』であります。『バネバネバーネ』」


 身振り手振りを交えて説明してくれるマリナ。鳴き真似もしてくれるマリナ。

 バネバネ鳴くからバネ熊なのかな。異世界まじパネェ。


 そんなことを適当に話したり、風景を眺めたりしているうちに、屋敷への入り口がある森まですぐに到着してしまった。しっかり計ったわけではないが、40分掛かってないだろう。馬車でこれなら、馬なら30分程度でいけそうだな。

 馬車から降りてヘティーさんを屋敷に案内する。そういえばマリナも屋敷は初めてなんだよな。マリナにとっては自分の家になるんだから、気に入ってくれるといいけど。



「……立派な屋敷ではありますが、廃棄されてから長いようです。これは思っていたより手が掛かりそうですね。中も、見せていただいてよろしいですか?」


「はい、もちろん。マリナはどうだ」


「大きくてすごい豪邸であります。すこし草は伸びてるですが。いつから住むんでありますか主どの? 明日でありますか?」


「いやいやいや。まだこれから住めるように補修したり整備したりしてもらうんだよ。どれくらいかかるかはわからないが……」


「中の状態次第ですが、2月ほど掛かってしまうかもしれません。長く人の住まれていない家は、どうしてもあちこち傷むものですし」


 と、ヘティーさん。

 1月ってのはこっちでの一ヶ月のことで、大体20日くらいが1月らしいぞ。これ豆な。


 屋敷の中に入る俺たち。

 あ、鏡の部屋は立ち入り禁止にしとかなきゃな、とりあえずは。

 マリナには打ち明けるつもりだけど、へティーさんはな。



「ああ、これは案外痛んでいないようですね。これならば1月程度でできるかもしれません。屋敷そのものよりも、外側のほうが問題かもしれませんわね」


 外側。つまりあの伸びきって樹木になった雑草か。確かになぁ、屋敷までの道も整備してほしいし、時間も人も金もかかりそうだな。



「マリナはこのままでも十分住めるであります。マリナが住んでいた家とは比べ物にならないですし。家具も残っているし、雨も漏ってなさそうです」


「なるほどなー。だが断る」



 屋敷の工事は今日手配して、早ければ明日から開始してくれるとのこと。どうせまだ暇あるし、工事が始まったらまた見にくるとしよう。

 でもその前に鏡の部屋の扉に鍵を取り付けとかなきゃな……。つか、最優先事項だこれは。







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