目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第32話  傭兵女子は肉食系の香り



 ヘティーさんには一人で街に戻ってもらい、俺とマリナは屋敷に残ることにした。いちおう明日の朝に宿で待ち合わせる約束をしておいたし、今日はもういいだろう。こっちはこっちでやることやってしまわなきゃな。


 まず、とにかく工事が始まる前に鏡の部屋に鍵を取り付けなくちゃならないんだけど、あの部屋って内側にカンヌキがあるタイプ……つまり内鍵なんだよ。自分が向こうに行ってる間はいいけど、こっちに来てる間はちゃんと施錠しとかないと……。異世界人と俺の家族がコニャニャチワとかシャレにもならんぜ。


 マリナはひとまず部屋に待たせておいて、一度向こうに戻り、まだ渡していなかったシェローさんへのお礼の品を取ってくることにする。エフタとの勝負で、市長に贈り物するって時にいろいろ手伝って貰った事へのお礼だ。レベッカさんにはそのときのお礼としてガーネットの指輪を贈ったけれど、シェローさんにはまたまた酒。今回は日本酒をチョイスしてもう買ってある。

 それを渡す名目でシェローさん家に行きーの、マリナはそこで預けーの、俺は屋敷に戻りーのすれば、半日は向こうで活動できるだろう。


 と、いうわけで、サクッと戻って日本酒を持ってきた俺はマリナと共にシェロー家に向かった。屋敷からまっすぐ歩いて20分程度で到着。馬があれば、本当に数分で着くほどの距離しか離れていない。あんな森の中の屋敷だけど、知り合いがすぐご近所さんだってのは心強いな。


 レベッカさんは丁度表で洗濯物を干しているところだった。こないだの着飾った姿から、今日はいつものラフな普段着に戻っていた。小走りで近づいていくと向こうも気がついて手を振ってくれる。こないだみたいな格好もいいけど、くだけた家庭的な姿のお姉さんに癒されちゃうのが男の子だよな。


「どうしたの、今日は? 私が恋しくなっちゃったのかしら」


「もちろんそれもありますが、こないだ手伝ってもらったお礼をまだシェローさんにしていなかったので、それで」


「あらー。そんなに気を使う必要ないのに。今は狩りに出てるけど、もう少ししたら帰ってくるんじゃないかしらー? 中で待ってる? ところで、今日はもう一人の奴隷ちゃんはどうしたの?」


「ディアナはエルフのアレの日だかで今日はちょっと出てるんです。そんで、僕もちょっと用があって一度屋敷に戻らなきゃならないんで……、マリナだけここで待たせてもらってもいいですかね」


「それは構わないけれど……、いいの? 一緒に連れていかなくて。その子いちおう護衛として買ったんでしょう?」


「屋敷すぐそこですし、マリナはまだ護衛としては役に立たないでしょうから……。あ、そうだ。いずれシェローさんとレベッカさんに戦い方を教えてもらいたいと思ってるんですけど、いいですか?」


「え? ええ。いいけど、私はきびしいわよー?」


 あんまりきびしいと挫けてしまいそうだけど、命がかかってることだからな。剣士の天職効果がどれほどあるのかはわからないけど、少しずつでも訓練開始していきたいものだな。まだ武器すら調達してないけども。


 酒はとりあえずマリナに託し、屋敷に戻る。日があるうちにまた戻らなきゃいけないから、いちいち時間が少ないんだよな。今回はシェローさん家に戻って挨拶してマリナ回収して宿にも戻らなきゃならないから……、2時半くらいには戻ったほうが無難だわ……。






 ◇◆◆◆◇






 インターネットバンキングでこないだの落札物の入金を確認する。幸いすべて入金されていたのであとは発送するだけだ。

 エフタとの勝負でけっこうお金使っちゃったから、この入金はうれしい。生活もあるし、奴隷も買ってしまったし、これからネトオクも定期的に出品して稼いでいかなきゃな。そのうち一人暮らしもする予定なのだし……。

 とはいえ、ま、それもこれも年が明けてからだな。正月中は発送とか入金確認が面倒だしね。


 商品を車に詰め込み家を出る。郵便局から商品を発送し、一路ホームセンターへ。


 あの鏡の部屋に合う鍵というと、ゴツイ和錠みたいなのを想像してたんだが、当然そんなものは売っていないので、太いネジとステー、一番デカイ南京錠を買った。正直微妙だけども、さしあたりはこんなもんでもいいだろう。

 その他、こんどの蚤の市で売れそうなもんをいくつか購入し、他に数軒回ってから家に戻った。次は鍵の取り付けだ。


 倉庫から工具を持ち出し鏡の部屋の扉に鍵を取り付ける。

 幸い、扉と扉の枠が木製なので、鍵は簡単に取り付けることができた。ま、とりあえずはこんなもんでいいな。

 その後、ゆっくり屋敷を回ってみる。実はまだ細かくはチェックしてなかったからな。実際に住むとなれば必要だよね、脳内生活シミュレーション。


 屋敷の広さは3LDKあり、部屋の広さはだいたい12畳ほどの部屋が1つと、8畳ほどの部屋が2つ。あと小さい小部屋が2つあるが、これはおそらく倉庫だろう。

 部屋割りどうすっかなぁ、一人一部屋にするなら、一番広い部屋を俺の部屋にして、8畳のほうをディアナマリナに振り分けるってのもいいけど、日本の自分の部屋にすぐいけるのに、自分の部屋なんてもんが果たして必要なんだろうか。

 それか、12畳をディアナとマリナの2人部屋にして、8畳の1つを俺の部屋に。そんで残りをゲストルームにするってのもいいな。


 リビングはそれなりに広く15畳程度のもんだろうか。大きめのテーブルや花台なんかが残されているし、床材も木目の美しい銘木。小さめだけど暖炉もあるし、ソファなんか置いたらくつろげる空間になりそうである。今度買ってこよう。


 ダイニングっていうか台所で一際目を引くのは石窯の存在だ。本格的なピザを出す店やパン屋なんかで見かけるアレである。あれでピザなんか焼いたら美味いだろうな、よだれが出ちゃうぜ。


 薪で沸かす石風呂がある浴室もけっこう広く、おそらく4畳ぶんくらいあるんじゃないだろうか。あとは汲み取り式のトイレ(なんと金属製で形はまんま洋式トイレ。フタないけど)、外には井戸と馬屋がある。尤も、井戸と馬屋は半分朽ちているけれども。


 あとは地下の鏡の部屋。ここはまあ、俺専用の物置に使ったりもできるかもしれないな。鏡以外にはなんにもないのだし。ワインとか収蔵したら良さそうだわ。


 最後にまだ確認していない場所に屋根裏部屋があるんだけど、時間も押しているしこれは明日にしよう。ホコリっぽいから、業者に入らせて自分は後ろから見てチェックすればいいかな、もう。


 用事を終えシェローさんの家に戻ると、マリナがレベッカさんに乗馬を教わっていた。

 マリナの天職は「騎士」だからな。マリナがレベッカさんに頼んだのかな。今度俺も教えてもらうとしよう。

 マリナはかなり集中しているようで、俺が戻ってきていることに気がついていないようだ。まだ馬を走らせたりはできないようだが、一人で馬を歩かせるくらいはできている。


 馬が歩くとおっぱいが揺れる。


 馬が歩けばおっぱいが揺れる。


 ……しばらくこのまま眺めていよう。



 数分して、一旦休憩となったので声を掛ける。



「お疲れマリナ、けっこう上手じゃないか。あの調子なら俺はマリナに教わってもいいくらいかもしれないな」


「あ、主どのおかえりなさいです。タイチョーどのが教えてくださると言うので、馬を教わっていたであります。馬に乗るのはすごく楽しいであります!」


 そうかそうか良かったな。

 てか、タイチョーどのって? レベッカさんのことかな。そんな風に呼んでましたっけ?


「宿に泊まったときいっしょの部屋だったじゃない? そのとき、いろいろ『お話』をしてねー。それからなぜか隊長って呼ぶのよ、その子」


「お話」かぁ……。なぜか怖いイメージが浮かんでくるんだけど、気のせいだよね。


 マリナに乗馬を教えてくれたお礼をしつつ、マリナに預けてあった日本酒を受け取り、帰宅していたシェローさんにこないだのお礼だと渡す。

 「酒だ!」と案の定小躍りして喜んでくれるシェローさん。本当に酒好きだなこの人。

 さて、用事も済んだし、もうそろそろ帰んなきゃな。



「レベッカさん、本当はもう少しゆっくりしていきたいんですが、暗くなる前に宿に戻らなきゃならないんで、そろそろ帰ります。今日はマリナのこと見てもらっててありがとうございました」


「あら、もう帰るの? なんなら泊まってってもいいのに」


「魅力的な提案なんですけど、ディアナが宿に戻ってくるはずですし、明日の朝にエフタさんの代理の人と宿で待ち合わせているので、今日は帰らなきゃならないんですよ……。明後日くらいにまた寄らせてもらいますんで」


「そっかー。じゃ私もついてっちゃおっかなー」


「え? えええ?」






 ◇◆◆◆◇






 そして3人で仲良く宿に戻ってきた次第。どうしてこうなった。


 レベッカさんが気楽に「じゃあ行ってきます」と俺といっしょに出ても、普通に笑顔で見送るシェローさん。いいのかそんなんで。異世界クオリティ的には普通なんだろうか、これが。

 考えすぎてはいかん……、ちょっと友達と飲みに行くくらいの感覚なんだきっと……。まあ、実際いっしょに夕飯食べたりするぐらいではあるのだけどもさ……。


 部屋にはもうディアナが戻ってきていた。今日はありがとうございましたと俺に頭を下げる。今朝は顔が赤かったが、今は普通だ。よくわからないけれど、リフレッシュできたんだろう。


 その後はみんなで夕飯を食べて、お酒を飲んで、別々の部屋で寝た。エロイベントは屋敷ができるまでお預けかにゃー。



 次の日の朝、みんなでロビーに降りていくとヘティーさんがもう来て、ラウンジで茶をすすって待っていた。待たせちゃったのかな。一声かけてくれればいいのにね。



「おはようございます、へティーさん。待たせてしまったようで申し訳ありません」


「おはようございますジローさん。私も今来たばかりですよ」


 と立ち上がって優雅に挨拶してくれるヘティーさん。今日も昨日と同じメイド服姿だが、とても使用人とは思えない気品だ。


 そういえば、ディアナとレベッカさんは初対面だったなと、紹介しようと思い振り返ると、レベッカさんが興味深そうに乗り出してきた。



「はじめまして。私はレベッ……、あれ? へティー?」


「あら? あらあらあらあら。ベッキーじゃない。…………生きてたのあなた。てっきり」


「それはこっちのセリフ!! だいたいファーレーの戦乙女とまで言われたあなたがどうしてメイドになってるのよー?」


「それはなんていうか……。……転職よ」


「へティーの天職、戦闘系ばっかり3つも並んでるくせにメイドなんてできるのー? お皿なんか洗う端から全部割っちゃうんじゃない?」


「失礼ね。私くらいの素養があれば天職がなくても、だいたいのことはこなせるんですー。それを言うなら、ベッキーだって……。……ベッキー、こんなところで会うなんて思ってもなかったけど、今なにしてるの? ……アイザックのことは人づてに聞いているけれど……」


「……傭兵はもうやっていないわ。団長が亡くなって、団は解散したしね。今はここでモンスター退治なんかやって生活してるの」


「一人で? 団長のことは残念だったけど、あなたまだ若いんだし」


「ストップ、へティー。それにそれはお互いさまだわ」


「…………ふぅん。ま、詮索はしないけれどね」


 そう言って2人して俺のほうを見る。

 急な展開で頭が追いつかないんだけど、傭兵時代の知り合いってことなのかな。なんだか仲良さげだけど、お友達なのかな。

 つか、へティーさん戦乙女って……、前職が気になるわぁ……。



「2人は知り合いだったんですね。積もる話もあるでしょうし、今夜あたりどうです? 一杯」


 おっさんか俺は……。

 でもレベッカさんの傭兵時代の話とか興味あるし、へティーさんの過去にも興味しんしん丸。俺ってばどうしようもないな。



「知り合い……ね。確かによく知った仲ではあるのかな。ま、たまには昔話するのもいいかー」


「昔話って……。そんなに昔の話でもないでしょうに」


 なんだかんだ言って乗り気の様子なので、夕飯いっしょに食べる約束をする。宿で食べればいいかと思ったけれど、へティーさんがお奨めの店に案内してくれるというので頼んだ。


 その後ヘティーさんはディアナと挨拶してたんだが、どうもお互い初対面らしく、はじめましてなんて挨拶をしていた。知った顔なのかと思ったけど、そういうわけでもなかったんだな。

 まあ、そういうこともあるか。








この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?