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第33話  異世界フリマは整髪料の香り



 へティーさんが編成した屋敷のお手入れ部隊は総勢30名もの大部隊だった。へティーさんの黒馬車を先頭に、屋敷に向かって進んでいく大部隊。なんだこれ。ソロ家の財力は化け物か!

 重機やなんやがあるわけでもないのだし、1月程度で整備が終わるのかな? とも思ったけれど、これだけ人数居れば終わるわなぁ……。


 街道を行く人たちや、農作業する村人に驚かれながら無事に屋敷に到着したんだけど、ディアナは初めてなんだよな、屋敷。

 工事はじまる前に一回案内しとくか。



「ご主人さま、この奥に屋敷があるのですか? 思っていたよりも森深く、私としては嬉しいのですけれど」


「ま、事情もあってね。気に入るといいけど」


 そうして先に進む俺たち。

 しばらく進むとディアナが立ち止まった。


「……? この感触は……」


「どうしたの、急に」


「自信があるわけではありませんけど……、巧妙に隠された精霊魔法の気配があるのです。これは、おそらくは…………結界」


「結界とな」


 結界ってあれか。よくマンガとかゲームに出てくる、防御壁みたいなやつのことか。ここに屋敷があることを誰も知らなかったのと関係があるのかな?


「結界があるとどうなるの? そもそも結界ってなんだ?」


「……私もあまり詳しくありませんけれど、実際に壁があるわけでもないようですし、おそらくは無意識に引き返される類の術ではないかと……」


 うーん……?

 でもわりと普通にみんな出入りしている気がするけどなぁ。


「それで今でも生きてるの、この結界って」


「ええ。機能しているはずなのよ、ご主人さま」


 中から出てきた俺はともかく、レベッカさんもシェローさんもマリナもヘティーさんも普通に入れたけどもな。俺が道を知っていたからなのかな。シェローさんも屋敷に続く道そのものの存在を知らないようだったし。

 とすると……、俺が案内したからとか、なんかしら条件でもあるのかな……。まあ、それはいずれ検証すればいいか。どうせなぜ結界が張られてたかなんかわからんのだし。屋敷の前住人が張ったのだろうかなぁ。


 そのまま歩いて屋敷に到着。ディアナも気に入ってくれればいいけど。


「すばらしいのです、ご主人さま。ここはエルフの里と同じくらい精霊力に満ちているのです。神官に教えてもらった場所と比べても遜色ないほどよ」


 と屋敷を見るなり言うディアナ。屋敷そのものよりも、この場所が良かったようだな。精霊力が濃い場所でゆっくりすると自身の精霊力が回復するとかなんとかって話だったっけ。

 つか、そうするとアレの日こと発情期が来なくなっちゃう! ご主人さまとしてはそれはそれでサビシイものだぜ。

 俺が発情期が来ない来ないなどと唸っていると、後ろからヘティーさんが話しかけてきた。


「ジロー様よろしいですか? それでは本日より屋敷の整備に入らせてもらいます。まずは入り口の小道の整備、それから屋敷の庭の整備、屋敷と付帯施設については最後に手を付けるのを予定しております」


「あ、はい。よろしくおねがいします」


 まあ、そうだよな。小道の整備しなけりゃ、そもそも馬一匹ぎりぎり入れる程度。馬車を敷地内に入れることすらできやしない。



「ご主人さま、小道や庭の整備ってなにをするのですか? ひょっとして木を切ったりするのです?」


 なんてことを聞いてくるディアナ。

 エルフ的には木を切るのはNGだったのかな?


「もしそうならばわざわざ切らなくても移ってもらえば済むのです」


「移るって?」


「木に他の場所に移ってもらうのよ。お導き中の私でも、その程度の精霊魔法は使えるのです」


 へ、へー。なるほどなー……。

 正直その発想はなかったわぁ。そうか、こっちの木って動くんだ……。


 そんなわけで、へティーさんとも相談し、ディアナの精霊魔法で余計な木達に退去していただくことに。

 俺の感覚だと、けっこうすごい魔法なような気がするけど、ディアナによるとこんなのはハイエルフにしてみれば、魔法とも言えない程度のことらしい。精霊を通して植物に『おねがい』するだけ……なんだとさ。

 お導きが終わって、本来の精霊魔法が使えるようになったら、どれほどのことができるんだろうな、こいつは……。楽しみなような怖いような話だ。


 ブツブツと呪文らしきものを唱え、全身に淡い桜色の光を纏うディアナ。

 ディアナがその状態で、移動してほしい木に触れると……。


 ……ははは、なんだこれ。

 木が大地から這い出て、そのまま根っこ部分を足みたいに動かしてヨチヨチと森の奥に消えてゆくのだった。ファンタジーすなぁ。

 いやぁ、精霊魔法パネェわ。





 ◇◆◆◆◇





「ディアナ様のおかげで、十数日分の仕事が一気に片付きました。ありがとうございます」


 あの後、ディアナが木にタッチして歩きまわり、1時間後には、すっかりさっぱり邪魔な木は取り除かれていた。小道も幅4mほど確保され、馬車でも余裕で通れるほどだし、屋敷の敷地も綺麗になっている。

 こっちにはコンクリートもアスファルトもないんだし、かといって石畳敷き詰めるほどでもないし、小道は整地するだけで十分、庭も基本的には整地するだけでいいな。それか、あまった敷地に畑でも作ってもらうってのもいいかもなぁ。家庭菜園とか少し憧れてたし。


 その後、屋敷の中を少しディアナに見せてやり、工事そのものはヘティーさんにまかせ俺たちは一度街に戻ることにした。


 なんてったって、今日は蚤の市の日だからな! 10日に一度しかないから、逃せないんだよ。

 鏡の部屋は鍵を掛けてあるし、へティーさんには、立ち入り禁止と言ってある。さすがに鍵ぶっ壊して中に入るようなマネは……しないと信じるよりないな。

 ……まあ、少なくとも今日はまだ屋敷の中の整備はやらないそうだから、大丈夫だろう。

 屋根裏部屋の様子を見るのも含めて、明日また見にくるべ。



「じゃ、借りるわね」


 レベッカさんの一言で馬車を借りて、俺、ディアナ、マリナ、レベッカさんの4人でエリシェの街に戻る。


 エリシェの街で10日に一度行われる蚤の市は、中央広場を中心にして行われ、ギルドで店を出す許可証を得ていれば市を出すことが出来る。さらに年に2回、大蚤の市なんてのもあるらしく、そっちは街全体が蚤の市会場になるほどなのだとか。さすがにそんな規模になったら全部なんて見きれそうもないな。まあ、数日間に掛けて行われるそうだし、祭みたいなものなんだろう。けっこう祭好きだよな、こっちの人。


 前にオークションでいろいろ売ったときも、そのほとんどがこの蚤の市で買ったもので、本当に多種多様な物が売られており、眺めているだけでも飽きないほどだ。

 売り物は基本的に中古品ばかりだが、中には市民の手作りの品なんかもあり、天職持ちが作った品なんかは、かなりクオリティが高かったりして侮れない。


 今回は旅行用バッグ一杯分の商品を向こう日本から持ち込んであるので、それを売ってみて反応を見てみようと思っている。そこで反応の良かったものを重点的に売るようにして、だんだんエリシェでの足がかりを作っていくつもりだ。

 本当は、貴族なんかの大金持ちとパイプ持って、高級品売って一気に金持ちになるのもいいんだけど、そういうのはそういうので厄介そうだからな……。時間はあるのだし、少しずつやっていこう。


 街に到着し、許可証に書かれている番号の場所へ行く。

 出店の許可証はもう事前にギルドで貰ってあったので、あとは売るだけだ。市を出せる場所もあんまり隅っこだったらどうかと思ったけれど、それほど悪くない場所。ここならば、それなりに売れるだろう。多分。


 蚤の市自体はもうとっくに始まっていて、けっこうな賑わいをみせている。売るのもいいけど、またネトオクに出すための商品も買い付けもしたいし、忙しいな!


 石畳の上に、シートを広げ商品を並べていく。

 ディアナ、マリナ、レベッカさんは、その初めてみる品々を興味深そうに見つめていた。まあ、彼女らにしてみたら、どれもこれも見たことがあんまりないようなものばかりだろうからなぁ。一応、あまりにもこっちの世界から離れたものは持ち込まないことにした。パッケージがあるものは外してあるし、最低限の配慮は欠かしていないつもり。


 すべて並べ終え、商品の値段をマリナとレベッカさんと協議しながら決めていく。ディアナは世間知らずだから除外。

 3人とも、どこで手に入れたのかとか、いつ買い付けた商品なのかとか、そういう余計なことは聞かずに付き合ってくれた。レベッカさんはもともと、詮索しないでくれているけれどな。明日あたり屋敷で秘密明かしてしまうかなぁ、いっそ。


 そして、俺が想像してた価格とだいぶ違う値付けになったが、いちおうすべての値付けを終えた。商売開始だ!



「この手袋はおいくら?」

「1エルです」

「まっ! 全部いただくわ」


「おう、坊主。白紙なんてずいぶん高価なもん扱ってるじゃねぇか。一枚いくらで売ってんだ?」

「一束で100エルです」

「100!? 一束ったら30枚はあるぞ? いいのか?」

「大丈夫だ。問題ない」


「お兄ちゃんこれな~に?」

「これは竹とんぼと言ってだね、こう、それっ!」

「わ! すごい! 飛んだ飛んだ! おもしろーい!」

「そうだろうそうだろう。特別に青銅貨1枚でいいよ」


「ステキな毛糸ね。一玉おいくらで出しているのかしら?」

「えっと、こっちのが一玉10エルで、こっちのは30エルです」

「えっ? そんな値段でいいの?」

「はい。蚤の市ですから、勉強させてもらってます」

「そう。じゃあ、全部いただくわ」


「綺麗な石だわ。精霊石でもないようだし……なにかしらこれ」

「これはトンボ玉というものですよ」

「へぇ……、はじめて聞くわね……」

「紐に通して装身具などに用いてもかわいいですよ。今日は特別に1つ5エルで販売させてもらっています」

「安いわね。じゃあこれと……これとこれいただくわ」


「おっ。良い皿だな、しかもセット物か」

「一枚ずつでもお売りしますよ。よかったら手にとって見てください」

「おお……。ムラもねぇし、繊細な作りだ。しかもこれ新品じゃねえか?」

「はい。新品の磁器の皿ですよ。負けておきますんで、奥さんへのお土産にでもどうです? 一枚50エル。5枚セットなら200エルでいいですよ」

「磁器でその値段か? 嘘だろ? なんて、もちろん買わせてもらうけどな。ありがとよ兄ちゃん」


「この金槌いくらだい?」

「白銅貨1枚でいいっスよ」


「この釘の束はいくらだい?」

「白銅貨1枚でいいっスよ」


「このペンとインクはいくらだい?」

「全部まとめて銀貨1枚でいいっスよ」


「お兄ちゃん、さっきからすごい売れ行きだな。ほとんど売れたようだが……。これは売れ残ってるな。ん? なんだこれ」

「それは……、少量手にとって広げて髪の毛に付けてみてください。こんな風に」

「お、おおっ、ライラ脂か?」

「ライラ? いえ、髪を整える専用の……糊です」

「ほー、なかなか良いな。脂ではこんな風には固まらないからな。おう、これいくらだ?」

「一缶で30エルです。どうです?」

「ふ~む。少し高いが……、土産に買ってみるか!」

「まいど!」



 …………

 ……………………



 昼を少し過ぎるころには、なんと! すべて売り切れてしまった! 完売御礼だ。


 値段設定自体は最初だからとかなり甘めに設定したんだけど、とはいえすごい売れっぷりだ。売れ残るものもあるかなと思ったんだけどな。これなら、今日売ったやつはどれでも大量に仕入れて大量にさばくことが可能かもしれない。


 今日売ったものは、ほとんどがホームセンターと100円ショップで買ったものばかり。1エルが日本円換算でだいたい150円だと考えると、なにを売っても元が取れるという、濡れてに粟のボロ儲け、ウッハウッハ状態。

 最初に売れた軍手なんて1ダースで300円だからなぁ。一双で25円。1エル=150円で売ったら、差額が125円。一気に2ダース売れたから、24エル=3600円なり。軍手の需要がどのくらいあるかはわからないけど、これから革手とか軍足なんかも持ち込んだら、店が買えるくらいすぐ儲かりそうだよな。


 今回最も高値で売れた ――というかレベッカさんが強気に値付けしたのは紙だった。

 最初、ホームセンターで売ってるコピー用紙500枚入りみたいのを買おうと思ったんだけど、さすがに異世界で売るにはキレイすぎるような気がしたので、和紙を選択した。ビニールの包装はわざわざ外し、紙紐で縛って売ってみた。やっぱこういう細かい芸が必要だよね。

 買った場所はやはりというか100円ショップ。和紙でもなんでも売ってて便利だよね。……その和紙が10束で金貨1枚にもなるなんて誰が思ったろうか! ボロ儲けすぎて怖いから、逆に紙の販売は慎重になったほうがいいかもしれないな……。

 つかキレイな紙ってこの世界だとけっこう需要があるのかな?


 個人的にはもっとも無害で儲け率も良さそうなのは、毛糸だったかなと感じる。けっこうたくさん持ち込んだんだが、すぐ完売したしな。素材系強いわぁ。



 ま、思ったより盛況で場所から離れられなかったから、さっさと片付けて今度はオクで出すやつを買い求めに行こう。

 その後、レベッカさんに戦い方を教えてもらうための練習用の武器を買いに行くんだ……。

 ついに俺も帯剣しちゃう!






 ◇◆◆◆◇






 2時間くらい蚤の市を回って、またいろいろ買いこんだ俺は一度宿に戻り買ったものを置いて、また出てきたのだった。

 さあ! 次は武器を買いに行くのだ。



「で、ジロー、本当に中古がいいの? 普通は武器は新品のほうがいいのよー?」


「はい。ちょっと中古だとどんなのがあるのかどうしても気になりまして」


 というわけで、レベッカさんに中古の武器防具を扱っている店、要するに古道具屋なんだけど、紹介してもらい訪れたのだった。

 ディアナのローブを買ったときに、中古の中に掘り出し物があったので、探せばああいったものが他にもあるんじゃないかと思ったのだ。

 蚤の市で買い物するのにも何度か使ったけれど、まさに今日は『真実の鏡』祭りだ!






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