話を聞くに、自前の傭兵団を持っていたヘティーさんのところへレベッカさんが入団希望者としてやってきて、2人はその時からの付き合いだとかなんとか。団長が女性なだけに、女性の戦士が多かったヘティーさんの傭兵団にレベッカさんは自然と溶け込み、結局最後までスパイだとは誰も気が付かなかったのだそうだ。「まさか騎士と斥候のダブルジョブだとは夢にも思わないじゃない」とはヘティーさんの言。
そのへんについて詳しく聞いてみると、どうもダブルジョブとかトリプルジョブとかは「近い」職であることがほとんどで、例えば戦闘職と生産職なんかが同時に出ることは少ないのだそうだ。
まして、レベッカさんの場合は、戦闘職、しかも――こっちの世界でも適用されるのかは知らないけれど――勇敢、寛大、忠誠……「騎士道」なんて言葉があるくらいだし、戦闘職の中でも特に「綺麗な」職であるはずの
そこにもう1つの天職が「
実際、こっちの世界でも斥候が天職だというと、あまり良いイメージがないらしく、さらに女性には
俺の詐欺師の天職といい、なんつーか当たり外れがあるっつーかちょっと微妙な点があると言わざるを得ないよね、天職って。
「ベッキーはエルバステ紛争の前に入団してきて、紛争の中ごろに退団したのですが、『妊娠したから退団します』などと言って……。全員上手く騙されたものだったんですよ、ジロー様」
ワインを手酌で注ぎ、一気に煽るヘティーさん。本当にペースが早いっつーか、元傭兵のワイルドさというか……。
「そのわりには、うさん臭そうだったじゃないのよ」
「んー。そりゃあね。
半眼でレベッカさんを睨め付け、レベッカさんの杯にワインを注ぐヘティーさん。ちなみにすでにワインは3本目 (デキャンタでね)である。
「
「ふふ、野営でみんなで語りあったじゃない。中でもあなたは特に恋に恋する乙女って感じだったわね」
おお……、レベッカさんにもそんな時代が……。どれくらい前の話だかわからんけど5年くらい前なのかなぁ、シェローさんとは案外大恋愛だったのかしら。
飲み会は続く。
ディアナとマリナは基本的にほとんど話には参加せず、おとなしく話を聞いていた。まあ、今回はレベッカさんとへティーさんの
レベッカさんは元々ヘティーさんとは別の傭兵団……、「
「私としてもへティーのところは居心地も良かったし、へティーとは気が合ってたしね。天職あるわりに心根が斥候に向いてないのかもねー」とはレベッカさんの談。まあ、自分がスパイだとバラすスパイなんて価値ないようなもんだもんな……。このへんは騎士と斥候という相反する性質が必要とされる天職のジレンマなのかもしれん。
話ながらも、料理はいろいろと運ばれてきていた。
肉! 肉! また肉だ!
へティーさんの趣味かどうかはわからんけど、肉率高い! オーブン焼きに、串焼き、ゆで肉のスープに、肉の刺身。肉と肉で肉がダブってしまった! なんてレベルじゃねーぞ!
でもどれも本当に良い味だ。宿のレストランの料理よりもシンプルな味付けだが、素材が良いのか店の雰囲気も手伝ってるのか、なんとも酔わせる味である。決してビールの飲みすぎという意味でなく。
コッテリした肉もあるし、あっさりした肉もあるし、歯ごたえのある肉もあるし、とろけるような肉もあるし、肉と一口に言っても百花繚乱。日本……っていうか地球みたいに、牛、豚、鳥がほとんどってほど単純じゃないってことなのかな。まあ野生動物も豊富なんだろうし、野禽食の習慣も強いだろうからなぁ。
いやしかし、特にこの肉の刺身は絶品だわぁ。最近日本じゃユッケとか牛サシとか店で出さなくなったからなぁ、やっぱ生肉はいいわぁ。
でも生肉と言えば食中毒。こんな異世界で実際に食中毒になったら困るっていうか、死ねるけどナ。……ワインの殺菌効果に期待しよう。
俺がひさびさの生肉を堪能していると唐突にヘティーさんが切り出した。
「ところでジロー様、屋敷が完成なさったらベッキーもいっしょに暮らすのですか? 家具の手配などもありますので先に伺っておきたいのですが」
「えええ!? どうしてそんな話になったんですか? さすがに人妻といっしょに暮らすわけにはいかないでしょう」
驚いて生肉を噴出しそうになる俺。そういえば、この人、俺とレベッカさんとの関係をどういうものだと思ってるんだろうか。結婚してるってことも知らないとか?
いや、存外当たりだったのかもしれない。人妻? と訝しんでレベッカさんを見詰めている。眉尻を下げるレベッカさん。
昔馴染みがいつのまにか結婚してて黙ってたみたいな状況か?
「……ベッキーどういうこと? あなた結婚していたの? ……私はてっきりアイザックのことが忘れられずにいるのかと……」
「え、えー? あはは。いやぁ、まあ、ねえ」
シドロモドロのレベッカさん。アイザックってのはレベッカさんの昔の恋人かな。っていうか、ちょいちょい話に出てくる亡くなった傭兵団長ってのがどうもそのアイザックっていう人のようだ。
シェローさんは副団長だったって言ってたから、恋人の団長が亡くなって、副団長が慰めてるうちにだんだん良い仲に……みたいな感じなのかもな。まあ、ありがちな話ではあるね。
「どうも嘘臭いわねベッキー。ジロー様になんかウソついてるんじゃないでしょうね」
「つ、ついてないわよ! 私はなにも言ってないもん」
「ふーん。ジロー様、ベッキーは本当に結婚してるのですか? 相手は?」
「えー、これ僕が答えちゃっていいんですかね。シェローさんっていう、傭兵団で副団長やってた方ですよ。とても良い人で僕もいろいろ助けてくれてます」
「ああ……、なるほど
「え、いえ、その……、すぐ気付くのかなーと思ったら全く気付かないからズルズル来ちゃったっていうか……。私は明言はしてないんだけどねー……。街の人には意図的に
なにこの話の流れ。一体どういうことなのか説明求む!
「シェロー・ロートは『
ヘティーさんは、頭にハテナマークを浮かべている俺にイタズラっぽく笑いかけてから続きを口にした。
「ベッキーの実の父親ですよ」
◇◆◆◆◇
つまりどういうことだってばよ。
夫婦だと思ってたシェローさんとレベッカさんが実は親子で、親子であそこでヒッソリ暮らしてたってこと? いや……、別にそれはなんもおかしいことじゃないんだけど……。そこそこ若く見えるのは精霊石使って「若返り」をしてたからってことらしいし……。
思い返してみれば、なるほど思い当たることもないでもないし、レベッカさんが言うとおり、彼女が「夫婦」だと明言したこともなかったような気もする。俺が勝手に勘違いしていただけで。
レベッカさん曰く、街の人には夫婦だと思わせているということだけれど……。なんでだろ?
「正直驚きました。シェローさんとレベッカさんは夫婦だとばかり……。でも確かによくよく考えてみれば、二人ともよく似てますよね。これは盲点だったというか……気が付かなかったなぁ。でも、どうして街では夫婦だと思わせるようにしていたんですかレベッカさん。なんていうか、出会いがなくなりそうですけど」
「団長が亡くなって、もう恋愛とか結婚とかするつもりがなかったからねー。私はもう一生一人でいいやぁなんて考えてたのよ」
団長とやらが亡くなって、喪に服すというか、日本的に言うと尼になる……みたいな感覚だったのかな。ちょっと気になるから2人の関係も聞いておこう。
ちなみに、ワインは現在デキャンタ7杯目。飲みすぎだろ。
「気になるー? 私と団長がどういう関係だったか」
「ベッキーったらそんなかわいこぶっちゃって。アイザックとは一方的な片思いだったくせに。いえ、……ただのファンだったくせに、と言ったほうが正しいわね」
「ただの……ファン?」
「緋色の楔の団長アイザック・マイトリー。『
「ちょっとちょっと! 勝手に話作らないでくれる!? だいたい合ってるけど!」
「合ってるならいいじゃないのよ」
……なるほどなー。
聖騎士で将軍の軍団長のイケメンか。それは惚れるわ。俺だって惚れるわ。すでに故人らしいけれど、一度見てみたかったなぁ。異世界の超イケメンとか……。レベッカさんの家にあった例の短剣は「団長が皇帝から賜ったもの」とのことだったし、やはりかなり有力な傭兵団だったのだなぁ。
……っていうか、その前のシェローさんの説明も凄かったな。「
それか、へティーさんがいる間なら、へティーさんに教わってもいいかもしれない。
その後も、レベッカさんとヘティーさんの姦しいトークは続き、結局閉店時間までやりあっていたのだった。
とんでもない大虎だよ2人とも。