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第37話  魔宝石は絵の具の香り






「馬が欲しいんですよ。3頭ほど。屋敷から街まで遠すぎるってんで、ディアナが『歩きは嫌じゃ、ワラワは足が痛いでござる』とかなんとか駄々をコネましてね。とするとディアナだけ馬ってのもなんですし、ね、ほら」


「……いくらなんでもそれはあんまりなのです、ご主人さま」


 ワインをデキャンタで12杯飲み干した飲み会の次の日、みんなで馬車に乗って屋敷へ向かう道すがら、思い切ってヘティーさんに馬が欲しい旨を伝えてみた。ディアナには悪いが、ディアナがどうしても欲しいという格好を取らせてもらい頼んでみる。ソロ家のバックアップはハイエルフのディアナへ向けたものだからな、一応。

 俺が欲しいからくれ! じゃあ筋が通らないんだろうし。

 俺の多少誇張した表現にディアナはムクれたけれど、3頭もゲットするにはこれしかない。これしかないんだ! たぶん。


「あー、はい。馬……、馬ですね。了承しました。では3頭用意させていただきますね。うっぷ……」


 やったぁ! 簡単に了承された! やはり二日酔いで弱ってるところを押したのが勝因か!?

 ってより、普通に頼んでもOKだったような感じの気楽さだったな。馬ってそれなりに高いんじゃないのか? でもま、貰えるなら難しく考えず貰ってしまおう。馬具付きで。

 ちなみに、レベッカさんもヘティーさんと仲良く二日酔いで絶賛ダウン中だ。ときどき「調子こいて飲みすぎた……」なんて呟きが聞こえてくる。


「ありがとうございます。屋敷が完成してからでいいんで、お願いします。ほらっ、ディアナもお礼言って!」


「私はどうせなら白いのがいいのです」


「マリナ、お馬の世話はしたことないですし、できるか不安であります」


 白いのがいいとかなんてワガママな奴なんだ! だったら俺も黒いのが欲しい! そんで黒王号とか名付けちゃったりしてみたいわ。

 マリナは世話の心配をしているようだ。確かに馬を3頭も入手したら、世話はけっこう大変なのかもしれないわな。正直全然考慮してなかったぜ……。餌も必要になるし、ブラッシングだの糞尿だのあるからなぁ。

 でもま、そのへんはすでに馬を飼っているレベッカさんにレクチャー受ければなんとかなるだろう。最悪、馬番を雇うなんていう手もあるしな。


 屋敷に到着するとすでに今日の工事が始まっており、数十名の職人たちが忙しく立ち働いていた。一応工事の進捗状況を確認したいとヘティーさんに要請し、どんな風に工事が行われているか見てみることにする。

 最初に一応地下室の鍵がちゃんとかかっていることを確認し、各部屋なんかも見てみる。昨日はどうやら掃除が主だったようで、まだ大掛かりにはなにも始まっていないようだが、庭には壁用の珪藻土や大きめの石材や木材も運び込まれているし、壁を塗ったり増築したり厩舎を作ったりこれからするんだろう。

 完成が今から楽しみだ。


 屋敷を見て回って思い出したんだが、業者が入ったら屋根裏部屋を確認しようと思っていたんだった。

 ホコリっぽいんであんまり自分で入りたくないからな、業者に任せて掃除もさせればいいし。さっそくヘティーさんに言って、業者を数人借りてこよう。


 屋根裏部屋への扉を開けて(業者の若者が)、ホコリぽい屋根裏部屋へ侵入する(業者の若者が)。

 業者の若者に任せちゃうつもりもあったんだけど、よく考えたらなんかお宝があったとしてネコババされてもアレなんだよな。なので結局俺もマスクしていっしょに入ることにした。まあ、監視役だな。

 ならもう最初から自分一人で入れって話なんだけど……。

 屋根裏部屋は広くガラッとした空間で、本来は荷物を置いたりするスペースなんだろうけれど、数点の荷物が残されているに過ぎなかった。下の屋敷にはなにもこれといって残されてなかったし、屋根裏部屋にもなにもないと想定していたので、たった数点の荷物だとはいえ良い想定外だった。

 パッと見たところ小さいチェストに黒い箱、あとはタンスが1つ置かれているだけだ。中身が空ということもありえる。ホコリっぽいけど確認だけはしておくか。


 まず黒い箱を開ける。中には箱の3分の2程度を埋め尽くす黒い乾燥した木の実が入っていた。大振りなドングリのような木の実だ。非常食かなんかかな。鑑定してみようかと手を伸ばすと、業者の若者が「あ、それ火の実っスよ。簡単に火がつくから触ると危ないっスよ」と教えてくれた。なんだよ火の実って、触らなきゃ取れないじゃないのと言うと、どうやら、火バサミを使えば火がついたりしないらしい。冒険者なんかが使う携帯用の火元として人気がある木の実であるらしいが、別に珍しいものではないのだそうだ。

 しかし、素手で触ると即着火とかずいぶんピーキーな木の実だな。


 タンスには、布が何枚か入っていただけだった。白、青、赤、緑、黄……。色の違う布が数十枚単位。とりあえず、布を使う用事もないので、これは置いておこう。


 最後にチェストを調べる。

 大したものはないだろうと、完全にダメ元だったのだが、チェストの中から出てきたのは、白い布に包まれた12個の宝石だった。


 精霊石ではなく、宝石である。精霊石は俺の知る限りでは、日本の店頭で見かける宝石のように美しくカットされていたりはしない。少し磨いた原石というようなもので、サイズもコブシ大で大きい。

 だからこれはまさしく宝石だろうけれど、どれもトルコ石のようにノッペリした質感で、透明度はなく、色もそれぞれ別色だ。

 よくわからないので、青い宝石を手にとって「真実の鏡」を発動させる。なんか良い物ならいいけどなー。


 ――――――――――――――――――――――


 【種別】

 魔宝石


 【名称】

 ハートオブブルー


 【解説】

 対象に魔術色『青』を付加できる魔宝石


 【魔術特性】

 反射 D


 【精霊加護】

 なし


 【所有者】

 ジロー・アヤセ


 ――――――――――――――――――――


 ハートオブなんとかって名前多いな!

 色付きのアイテム、すでにいくつか持っているけれど、こういう宝石で色付けしてたんだな……。

 それにしても反射か。それって盾に付けたら凄く重宝なんじゃ……。

 所有者欄がすでに俺の名前になっているけど、うまくすれば屋敷の前の住人の名前がわかるかもとか思ったんだけどな。


 色は、青の他にも赤や緑の原色、金や銀なんかのメタリックカラー、マーブル模様や透明のもある。

 いずれまた1つずつ調べてみよう。それにしても、良いものを拾えたぜ……。防御力を上げられそうなやつがあったら防具に付加しちゃってもいいかもな。


 宝石だけ回収して、下に戻る。下にはディアナとマリナが待っていた。へティーさんとレベッカさんは外で風に当たっているんだそうだ。二日酔いがよほどキツイんだな。……まあ、昨日は2人ともちょっと引くくらい飲んでたからな。


「ディアナ、これなんだかわかるか? 上で拾ったんだが」


 ハートオブなんとかをディアナに見せてみる。パッと見、宝石にしか見えないけどディアナのハイエルフアイだと違って見えるなんてことも……?


「? 宝石……ですか? 色とりどりで綺麗なのです」


 普通の宝石に見えるようだ。まあ実際、普通の宝石にしか見えないもんね。

 ……てことは、知らない人ならただの宝石だと思ってハートオブなんとかを売却しちゃったりする人もいるかもしれないってことなんだよな。

 いやぁー鑑定需要の高い異世界で困っちゃいますね。これからは宝石見かけるたびに鑑定する必要があるね。


 その後、もう屋敷ではとりあえずやることないので工事監督はヘティーさんに任せてレベッカさんの家に向かった。

 屋敷が完成するまでレベッカさんが乗馬や剣術を教えてくれるということ。レベッカさんとシェローさんが夫婦じゃないと判明したことだし、タンデム乗馬も心おきなくできるね! 

 ……いや、父親の前で娘の腰にしがみ付くってのは、それはそれでアウトかもしれんけども。


 いやまあ……、それならそれで、マリナとタンデムして腰とか胸とかにモニャモニャっとしがみついてもいいし、ディアナとタンデムして腰とか髪とかにモシャモシャっとしがみついてもいいし、なかなか夢一杯だなぁ乗馬って。馬3頭も発注しちゃったけど、あえての2頭体制でご主人さまはいつも奴隷の後ろでしがみ付いてる役ってのもアリだったかもしれないよね。今からでも変更するか? でもそういう欲望の為に効率下げるのも良くないかなぁ。


 などと、つらつらどうでもいいことを考えながら歩いていると、突然ディアナが神妙な顔をして言った。


「ご主人さま。今、理が一瞬反転したのよ。向こうの森でモンスターが発現したようなのです」


「えっ?」


「位置関係上、確実にこちらへ来るのです。応戦するならば戦闘準備を。逃げるのなら屋敷へ逃げれば結界があるから安心なのです」


「えっえっ?」


「モンスターが湧いたのが知覚できるなんて、ハイエルフはすごいのねー。でも、そんなに慌てなくても大丈夫よ。とにかく家に向かいましょ」


 緊迫した気配を出すディアナに対して、レベッカさんは涼しい顔だ。まあ、実際にここらのモンスターを退治してるのはシェローさんとレベッカさんだって話だったし、レベッカさんが大丈夫って言うなら大丈夫なんだろう。


 家に付くとすでにシェローさんが武装して待機していた。武装っていうか、クレイモアを一振り持っているだけなのだけど。服装はそのままで鎧を着てるとか盾を持ってるとか、そういった防具は完全排除。

 はっきり言うと、いつもの猟師服で剣持ってるだけだ。


「おー、ジローか。さっきアラームが鳴ってな」


 これからモンスターと戦うんだろうに、自然体で気楽な感じのシェローさん。まあ、それが生業なんだから日常的なことなんだろうけどさ。

 ところでアラームってなんだろね。


「モンスターは魔素の塊なのは知っているでしょう? それで付近の魔素の総量が変動すると警報が鳴る魔道具がモンスター対策用にあってね、それが通称アラームって言うのよ。正式名称はなんて言ったかな、……忘れちゃったけど、それなりに貴重なものなのよ? うちみたいにモンスター退治を請け負ってる家でも一個しか支給されないわ」


 なかなか便利な道具があるもんだ。ハイテクなんだかローテクなんだか異世界ってのはよくわからんところだわ。


「もうすぐ合わせ月だからね、これからの時期はモンスターの湧きが多くなるのよ。ジローも戦闘経験が欲しかったら適当なのと戦ってみるのもいいかもね」


 モンスターと戦闘とか……。興味があるような、怖いような……。武器の性能如何ではってみたいような気もするな。でも苦戦は勘弁していただきたいってのが本音だよね。ゆとり! 戦闘もゆとりが大事です! 無双できるならやるってのがゆとり世代の本音なのよ!


「……そろそろか。じゃあちょっと行ってくる」


 そう言って森のほうへ歩いていくシェローさん。あくまで自然体、大剣を肩に担ぎ、なんの気負いも感じさせない足取りだ。

 シェローさんの家は小高い丘の上にあるので、森の入り口へ下っていくのを、俺たちが見ているという格好。森の入り口までの距離はだいたい200mくらいだろうか。

 レベッカさんは家に入り、大振りの弓矢を携えて戻ってきた。シェローさんが討ちもらすことはないだろうけれど、一応の保険――なんだとか。


 100mほど歩いたあたりで歩みを止めるシェローさん。

 数分して、シェローさんが睨み付ける森の端の一角がガサガサと揺れ蠢き、――そいつは姿を現したのだった。






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