森から現れ出たのは、一体の
サイズはシェローさんと比べると小さく見える。シェローさんが大柄すぎるというのもあるだろうが、それでも170cmもないだろう。動きもコミカルだし、武器も貧相。文字通り操り人形のようにしか見えないし、正直あまり強そうではない。ひょっとすると、あれなら俺でも戦えそう……かな、なんて。
「弱そうって思ったでしょう、ジロー」
言い当てられてギクッとする。ホントに鋭いなレベッカさんは。
「確かに弱いのよ、あの骨。でも相性次第ではとても厄介な相手でもあるのよー? 弓や細剣では特に戦いにくいわね。……それにどんな弱そうな奴でも、モンスターは必ず人を殺すのに必要十分な攻撃力を持っているわ。あんな剣でも当てられれば人は簡単に殺されてしまうんだからね」
「実際に自分が戦うとなれば油断したりはしませんけど……、弱いんですかあの骨?」
「ま、私たちの基準からすればねー」
スケルトンは一直線にシェローさんへ向かって行く。殺意も敵意も――というよりなんの意思も目的すら感じさせず、ただ足早にシェローさんへ向かって行くのだ。対するシェローさんはまだ動かない。クレイモアを肩に担いだまま、わずかに腰を落としただけだ。
いよいよスケルトンがシェローさんに肉薄し、ボロボロの剣による突きが繰り出そうとするその刹那、一瞬シェローさんの体がブレ、激しい破砕音が響いた――――と、認識した時にはもうスケルトンはこの世界から綺麗サッパリ退場してしまっていた。
シェローさんのクレイモアによる袈裟切りによる一撃だったようだ。あの速度では盾で防御などとは考える時間もなかっただろう(あの骨に考える頭があったかどうかは疑問だが)。予備動作なしに繰り出される圧倒的な一撃で捻じ伏せられ、攻防も駆け引きもへったくれなくこの世から退場したというわけだ。これはもう蹂躙したと言ってもいいレベルだわ。シェローさんマジパねぇ。
状況によっては俺も加勢しなきゃ……と考えてたんだけどな……。こんなに戦力差あるんじゃバカバカしくなるほどだよ。
シェローさんが地面から黒い結晶のようなものを拾い上げる。スケルトンのドロップアイテム的なものなのかな?
「えっと……、これで終わりっていうか一体出るだけなんですか? モンスターって」
「湧いてくるモンスターはいろいろだけど、このへんじゃ一体しか出ないわねー。『ヒトツヅキ』の時は別だけど、その時期だけは国でハンター雇ったり、討伐軍組織したりするけど」
基本的に一体しか出ないのか。まあ、「モンスター」と「魔獣や亜人なんかの
現代っ子の感覚としては、どうしてもゲームぽく連想しちゃうけど、強いモンスターってーとドラゴンとかグリフォンとかワイバーンとかそういうデカイやつなのかな。
「んー? このへんで湧いたモンスターで一番強かったのは……、やっぱり『守護騎士の鎧』かしらね。一昨年の『ヒトツヅキ』の最後のほうで湧いて……。本来こんなところに湧くようなモンスターじゃないんだけどねー。そいつ一体にハンターが16人殺されたのよー?」
うへぇ。16人も殺されたって……。何人体制で当たってたのかわからないけど、虐殺に近いんじゃないのかそれって。しかも相手が鎧って……。
「守護騎士の鎧……? 鎧ですか?」
「そ。鎧。こいつがリビングアーマーの中でも特別硬いやつでね。もともと対スタチュー用の準備してあったからなんとか倒せたけど、あれは本当にギリギリだったわ。本来はさ、古代遺跡の跡地なんかに沸くモンスターのはずなんだけど。……『ヒトツヅキ』では想定外のモンスターが湧くのは時々あることではあるんだけどさー」
リビングアーマーかぁ。スケルトンだのスタチューだの、モンスターってアンデッド属性ぽいのが多いのかな。いや、アンデッドってより厳密には魔法生物か?
「モンスターってああいう魔法生物みたいのが多いんですか? それと、さっきから出てくる『ヒトツヅキ』とは?」
「前にも説明したけど、モンスターは魔素澱みから湧くものだからね。魔法生物ってのは言い得て妙かもしれないわねー。『ヒトツヅキ』はね、年に2回から4回来る…………簡単に言うとモンスターがよく湧く時期のことよ」
モンスターのよく湧く時期かぁ……。なんつーか……、ザッとした説明だなぁ……。
まあ「ヒトツヅキ」については、そういうのがあるってことだけ知ってればいいか。討伐軍が組まれるって言ってたから、俺に直接関係があるわけでもなさそうだし。
でも、ここで大規模な戦闘があるとなると、屋敷からものすごく近いし気になるっちゃ気になるね。シェローさんとレベッカさんは当然参加するんだろうし……。手伝えることあったら手伝ったほうがいいのかな。炊き出しくらいなら俺もやぶさかでもないのだけれども。
その後シェローさんが戻ってきて、さっき拾っていた黒い結晶を見せてくれた。ウズラの卵くらいのサイズの黒いツヤツヤした結晶で、少しだけ透明度があり、黒水晶と良く似ているが、これが例の魔素の塊である「魔結晶」なのだそうだ。精霊石ほど価値があるわけではないそうだが、それでもモンスター一体に一つしか出ない程度には希少価値があり、売ればちょっとしたものなのだとか。ただ、精霊石のように幅広い利用価値があるわけではないので、需要が高いというわけではないらしいのだが。
◇◆◆◆◇
モンスターを倒し終えてすぐシェローさんは狩りに出かけてしまい、レベッカさんは「剣は午後にしよう」と言い昼食の準備を始め、俺とディアナとマリナは乗馬の練習をすべくレベッカさんの愛馬と睨めっこをしている。
「でかい……」
改めて見ると馬ってデカイんだよね……。正直どうやって乗れば良いかわからないし……。なんか踏み台を用意すれば乗れるかもしれないけど、いささかそれは格好悪いしなぁ。
「……マリナ、前にレベッカさんにある程度乗馬教わってたけど一人で乗れそうか?」
「歩かせるくらいならできるであります! マリナから乗らせてもらってもいいのでありますか?」
「いいぞ。ってか、俺もディアナもまだ乗馬についてなんの知識もないからな」
「ではマリナから乗らせてもらうのであります」
嬉しそうにそう言って、馬の頬を一撫でしてから、
そのまま「では行ってくるであります!」と笑顔でポックポック歩いてゆく。
「マリナ……、本当に楽しそうなのです」
「そうだな。天職持ちは効率が通常の5倍って神官ちゃんも言ってたし、才能があって上達が早ければやっぱり楽しいだろう」
「それもあるでしょうけど……、もっと単純に遊びとして楽しんでるように見えるのです」
笑顔で馬を歩かせているマリナを見る。確かにただ馬に乗っているだけで本当に楽しそうだ。馬が好きなのかな。
いや……、もともとマリナは奴隷になる前も、生活楽じゃなかったんだよな。だから、こういう娯楽を楽しむということ自体がなかったのかもしれない。乗馬なんてったら向こうの世界でも、けっこう高級な遊びの部類なんだしな。当然俺もやったことないし。
「せっかくだから記念撮影しとくか」
笑顔で馬に乗るマリナを写真に収めるべく、デジカメを取り出す。
「……? ご主人さま、その道具ときどき使ってますけど、どういったものなのです?」
いろいろとコッソリ撮影してるつもりだったが、ディアナは気付いていたか。まあこないだの食事会の時も撮ったし、それ以外でもちょくちょく撮ってるからなぁ。まあ、別にバレたらなんだということもないんだけど。
カメラをディアナのほうへ向けシャッターをきる。液晶ディスプレイに表示されるキョトン顔をディアナに見せてやる。ドヤ顔で。
「あ、これキネンシャシンなのですか? 里の宝物庫で見たことがあるのです。尤もあれは紙に写してありましたけど」
「なん……だと……」
ディアナの話では、エルフの里の宝物庫に「鏡に映したようにリアルな絵」が何枚もあるのだそうだ。すべて大昔の品で、それがどういった方法で作られたものなのかは伝わっておらず、箱書きの「キネンシャシン」という言葉だけが唯一この品についての情報……なのだとか。
うん。それ完全に記念写真ですよね。どんなんだか見てみたいもんだ。
「この道具は『カメラ』というものだ。これを使って記念写真を撮るのだ。……ディアナが写真を知っているとは計算外だったが……。ま、今度印刷して持ってきてやるよ」
「カメラ……。そんな道具があったのですね。父がキネンシャシンの作成法は失われていると言っていたので、すっかり信じきっていたのです」
「ま、まあね。まだ貴重品で一般には出回ってない品だし、盗賊なんかに狙われてもなんだから、……内密にな」
その後、笑顔で馬に乗るマリナを撮影し、俺とディアナはマリナに教わりながら馬の乗り降りを練習し、レベッカさんがお昼ができたと呼びに来て、みんなでお昼を食べた。
とりあえず……、マリナもディアナも乗り降りの度にパンツが見えて生足も眩しいから乗馬用の服を買ってやらなきゃな……。俺としてはご褒美だけど、あまりに無防備すぎるっつーか、ワンピースで乗馬とかありえないもんな……。俺もなんか運動用の服を用意したほうがいいだろうし。
サイズだけ測らせてもらって、向こうの量販店で買ってくるかな。女物買うの少し恥ずかしいような気もするけど、こっちで高い古着買うよりいいだろうしな。そうしようそうしよう。