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第62話  金塊は自衛グッズの香り





 平和だ平和だと思い込んでいたエリシェでも、ああして野盗に襲われることがある。

 そうでなくても、モンスターだって湧く。魔獣なんてのもいるらしい。

 よく考えるまでもなく、決して平和だなんて言っていいような所じゃない。そもそもエリシェが属する帝国が(今は停戦中らしいが)戦争中なのだし。


 野盗に襲われた件も、今にして思い返せば不幸中の幸いだった。

 まず、相手が弱かった。これは本当に僥倖だったと思う。

 あと、一応シェローさんから訓練も受けていて、半分趣味入ってたけど武器もちゃんと買ってあった。

 これがもし、武器もなんも買ってなくてノホホンニッポンキブンだったなら普通にアウトだった可能性が大である。ディアナの精霊魔法は一人を押さえ付けることはできても、3人相手ではおそらく対応できまい。

 俺は自作のナイフを護身用にと最初から持ち歩いてはいたけど、ブロードソード持った野盗相手では、いかにも頼りない。てか、普通に考えて対抗できるわけがない。

 要するに『死んでた』――はっきり言うと『殺されていた』かもしれなかったわけだ。



「そんなわけで、なるべく時間作って訓練することにしたぞ。戦闘訓練ももちろんやるが、俺はとにかく乗馬の練習を優先。逃げ足ないと話にならないからな。マリナはいままで通りレベッカさんに師事して訓練な。ディアナは俺が向こうから持ってきた武器使って練習。あとは、戦術かな。それはレベッカさんとヘティーさんにご教授願うか……」


「そ、それはいいのですけど、店はどうするのです?」


「午後だけ出る。午前はもうエトワに任せてしまっても大丈夫だろ、たぶん」


 あくまで今回の野盗を退けられたのは「運が良かっただけ」と思っておかないと、「ダメでした」じゃ済まないんだからな……。

 まだ店をエトワ一人に任せるのは心許ないけど、優先順位的に訓練を先にしないと、次があったときには次がない! という状況になりかねん。ぶっちゃけ今の状態で一人でも手練てだれのいる5人組とかに襲われたら、対抗しきる自信はないし。


 ディアナには、ネットの通信販売で仕入れておいた武器を渡した。

 クロスボウとポリカーボネート製の盾。

 クロスボウというと、ちょっと大掛かりなものを連想するだろうが、今回買ったのは比較的小振りなもの。クロスボウというよりは、片手で使えるボウガンといった趣だが、ボウガンってのは実は和製英語でしかも「株式会社ボウガンが販売しているクロスボウの商品名」なのだそうだ。

 スマホ黎明期にスマホ=アイフォンみたいになったころがあったが、そういう感じだろうか。違うか。


 とにかくクロスボウである。

 高いやつは10万円越えで、ガチ狩猟で使うようなものだが(安いのはスポーツ射撃で使うのかな。スポーツ射撃がなんなのかわからないけど。それか鳥獲ったり? 鴨とか)、弦を引くのにメカ仕込んでクランク回したり、手入れが大変だったり、威力的にオーバースペックだったりするんで見送った(射程距離100メートルオーバーとか言われても使い道ないし)。

 試射してみた感じ、俺が買ったのでも対人なら十分以上に威力がありそうだ。命中精度も20メートル程度なら悪くないし、こっちの人間はたぶんコレを武器だと認識しないだろうから、奇襲やなんやに使えそう。

 ただ、弦を引くのに補助紐が必要なほど硬く、戦闘中にどうのっていう物じゃないのが玉にキズだ(弦を引いてる間は完全に無防備。後衛ならそれもアリなんだろうか)。

 戦闘に使うなら小型の普通の弓が最も安定しそうではある。クロスボウは単発で使うビックリドッキリメカ的な扱いにせざるを得ないのが現実かもしれん……。

 アメリカ人なんかは実際に弓で猟をやるらしいけど(日本では法律で禁止されている)、どうしてんだろうな。外したら終わりじゃん。鉄砲猟が普及して弓が廃れた理由がわかる気がするな。

 あー、鉄砲が手に入ればこっちの世界じゃ、ほぼ怖いものなしなんだけどな。


 ポリカーボネート製の盾は、まあそのまんま。例の透明な軽い盾。正確にはライオットシールドとかいうらしい。

 ミスリル製の盾より軽いし、性能は――試してないからなんとも言えないが、機動隊に採用されたりして定評あるもの(通販で買ったものだから、機動隊が使ってるのより品質は落ちるのかもしれないが)。

 サイズも多少高かったが大きめの買った。ほぼ全身を隠せるサイズだし、異世界の飛び道具、少なくとも矢くらいは弾けるだろうし、物理武器もよほどのものじゃない限りは防げるはず。シェローさんクラスにとっては紙みたいなものかもしれないが。


 ディアナには、これの前にすでに護身用として催涙スプレーとスタンガンを(通販で購入して)渡してあった。先の野盗戦では、使う機会が来なかったがディアナが狙われるケースでは、この手の護身用品が威力を発揮するだろう。


 日本で買えるそういった製品では、他には防刃チョッキや防刃シャツなんかも良いかと思ったが、これは値段のわりに防御力は微妙そうなのでやめた。はっきり言ってエリシェで革鎧でも買ったほうが、コストパフォーマンスが高いからね。まあ、その分重かったり嵩張ったりとデメリットもあるのだけれど。

 それかミスリル製のウロコ鎧スケイルメイルでも買ったほうが良いだろうな。けっこう高いってか日本円換算で20万円くらいするんで、そう気楽に買えるようなもんでもないんだけど。



 ネトオクも順調だ。

 市場や蚤の市で買った品を、定期的に出品しているが、固定客も付いてきて少しずつ落札金額も上がってきたようにも思う。

 特に布関係の需要が高く(特にリネン)、日本で買った布を異世界で売って、その金で異世界の布を買って日本で売るという……ちょっとした貿易みたくなっている。

 もういっそ、エリシェの中古の布製品はすべて俺が買い占めてしまってもいいくらいだ。売れば売っただけ儲かるんだから、多少在庫になっても全く問題ない。

 店でも布の買取をお願いするチラシを配っていたが、ボチボチ持ってきてくれる人が出てきている。物は様々だが問題ない。直接買い取りなんで、市場や蚤の市で買うのよりも、ずっと安く引き取れるし、例え品質が低い中古だとしても数で勝負できる。


 さらに、この異世界貿易でデカイのは、『アンティークリネンシーツ』とか『アンティークリネンシャツ』とか『アンティークリネンワンピース』とか、そういったアンティークぽい品を『デッドストック』として出すことができるってことだ。

 厳密にはデッドストックもなにも、ただの異世界産の新品なんだけど、そこはまあ言葉の綾というやつで。


 布――特にこの『アンティークリネン』という単語には、女性を引き付ける御し難い引力があるらしく、入札数の履歴を見る限りかなり需要が高い。

 綿もそれなりに人気があるが……、リネン強すぎだろ。


 そんなわけで、日本円もいい感じに稼げており、このペースで行けば実家からの独立も実現できそう。生活ベースが異世界に移ってるのもあり、日本で金使うのが布の仕入れや護身具の購入ぐらいしかないってのも、金が貯まる要因の一つにあるしな。


 日本円といえば、護身具が案外高かったのと、母親の「家に金入れんかい、このパラサイトが!」というプレッシャーに負けて、また金買取センターの世話になった。


 前回は金貨を売ったが、今回は蚤の市で見つけて買った金の杯。手のひらサイズだがズシリと重く、鍍金めっき技術がこの世界にあるとも思えないので、間違いなく金製だろう。真実の鏡でも金の杯と出たし。

 まあ、含有率まではわからないんだけどもね。


 結論から言うと、金の杯は126グラムの純金24kで、456,300円で買い取ってもらえた。


 金の買取相場自体は、前回金貨を売ったときより下がっているようだったが、それでも十分すぎる金額である。

 ……なんせ、俺が蚤の市で買った時の金額が、たった1400エル(金貨一枚と銀貨4枚)だからね……。金貨が確か40グラムだったから、金の価値としては金貨の3倍ちょっとあるのにな。売った人が純金だと気付いてなかったのかな……。


 とにかく45万円ゲットで、心理的にも一気に余裕が出た。母親に「今月分だ!」と5万円叩きつける程度には余裕出た。


 ……まあ、こんなに簡単に45万円もの大金を得てしまえるのは、ズルっぽいというか、すごくグレーな感じもするけど、俺も買取業者も杯を売った男も誰も損してない、いわばWINWINの関係なのだし問題ないぜ!





 ◇◆◆◆◇






 戦闘訓練は基本的に午前中に行われた。


 俺はシェローさんとの模擬戦闘をすることが多かったが、1対1ばかりでは――ということで、「シェローさんレベッカさんコンビ対俺」とか、「シェローさんレベッカさんコンビ対俺とマリナ」とか、「シェローさん対俺とマリナ」とか、「シェローさんレベッカさんコンビ対マリナ」とか、とにかく考えられる組み合わせはほぼ全て網羅したと言っても過言じゃない。


 中でも、「全員対俺」とか「全員対マリナ」などは、(相手の武器が木の棒だったにせよ)本当にどうしようもなかった。

 まず、新撰組よろしく取り囲まれた場合、これはもう詰みだ。その状態になったら最後、抗う術はない。

 そうなる前に、いろんな手を使って各個撃破していくのが望ましいわけだ。不利を判断したら即座に逃げるとか。そもそも危険を判断した時点ですぐ撤退するとか。


 シェローさんは「一人倒せば相手は怯むから、その隙に全員やればいいぞ。わはは」とか言って全く参考にならないんで、当初の予定通りレベッカさんにご教授願うことに。

 ヘティーさんもいれば良かったけど、例のポッチャリとの件から姿を見ていない。


「多人数相手はねぇ。けっこう難しいわよ。ある程度戦闘経験があるのが相手だと2対1でもけっこうキツイからねー」


「うーん……。ではやはり、そうならないように立ち回るのが肝要……ってことですか」


「基本はそうね。というよりも、ジローは自衛が目的なんだから、『戦闘状態にならない』ということを優先しなきゃね。『戦うしかない』ってのは本当に最後の状態よ」


 うっ、それもそうか。

 野盗しりぞけてからこっち、どうも頭が戦闘に寄ってたかもしれん。


「だからね、まずは『襲撃されないようにすること』次に『襲撃されそうな気配を察知したらすぐに逃げ隠れること』『襲撃されたら速やかに逃げること』、そして『どうしても逃げられないなら、最善の状態を作り出して戦うこと』。こんなところかしらね」


「けっこうパターン多いんですね……」


 気配を察知して逃げ隠れるとか難易度高いんですけお……。


「まずは大切な、盗賊に絡まれなくする方法。どうすればいいかわかる?」


「えっと……、目を付けられないように派手な行動を謹んで地味に行動したり……ですか?」


「ノー。むしろ逆だわよ。盗賊に『これは無理だ』と思わせるくらい強ければいいの。そうでなくてもそう見えればいい。例えば……傭兵を一個小隊も引き連れてたりね。あのヘティーの叔父だかが奴隷を戦士として引き連れていたでしょう? ああいうのが盗賊避けになるのよ。まあ、あの人数では大きい盗賊団なんかを逆に引き寄せるでしょうけど」


「な、なるほど。でもさすがに僕はそこまで人増やせませんし……」


 理屈はわかるけど、現実問題無理だからなぁ。数人増やすくらいなら可能だけどな。


「ふふ、ジローがエリシェで戦士として有名になる……なんてのもいいんじゃない? 逆に挑戦者が出てきたりして鬱陶しいかもしれないけどねー」


「やめてくださいよ。いくら天職があるったって、ヘタレっスから自分」


「あら? 案外イケるかもしれないわよ。エリシェには強者もそんなにいないし。ハンターズギルドでAランクでも取れば、そうそう手出しされることないわよー?」


 本気で言ってるのか、からかっているのか、妙に楽しそうなレベッカさんだ。

 商売で儲けるのは楽しいけど、さすがに戦いメインにするつもりはないッス……。つか、ギルドでAランクとかやっぱあるんだ……。


「僕が強くなること自体はやぶさかではありませんが、やはり目立たないでやり過ごす方向性でお願いします」


「そうー? 残念ね。じゃあ、話を続けるわよ。えっと、『襲撃されないようにすること』ね? 強くなれないなら、『認識されない』のがいいかな。狙われなければ襲われることはないんだし」


「なるほど……。でも冷静に考えてみたら、馬もディアナもマリナもどうしようもなく目立ってますよね……。すでに……。こりゃあ、ちょっとした数え役満やでぇ」


「やくまん? がなにかわからないけど、確かに目立ってるわね。時々、私やヘティーもいっしょにいたし……あれも良くなかったのかも」


 ちなみにこないだマリナの装備買った時なんて、ミスリル製の騎士装備にハルバード持ったターク族のマリナ(超目立つ)、刺青ハイエルフのディアナ(超目立つ)、身長高いレベッカさん(目立つ)、メイド服の麗しいヘティーさん(目立つ)、女だらけのところに一人いるショボイ男(俺)。


 あ、ダメだこれ。悪い人に目付けられても仕方ないわ。


「確かにすでにかなり目立っちゃってますよね。祭の最中や準備期間中は、まだ良かったんですが、もう祭も終わってますし……」


「うーん……。でもこれももう仕方ないしねぇ……。やっぱり戦士コースいっちゃう?」


「商人コースのままでお願いします……」



 結局、有名な兵法にもあるとおり、三十六計逃げるに如かず……というところで落ち着いた。

 あとはどっかで見た戦法のように、追いかけて来た脚の速いのから、倒していくというアレも良いかもしれない。

 あとは目くらましになりそうなものを、日本から持ってきておくくらいか……。撤退に使えそうなアイテムはいろいろ思いつくしね。


 まあ、さすがに大人数の……例えば10人を超すような盗賊団みたいのに襲われるようなのは、シミュレートしても仕方がない。そんな状況になってしまったら、どの道逃げ切れるはずもないし。


 だが、せめて数人の野盗みたいのくらいには、対抗できるだけの手段は保持しておきたいところだな。






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