「あ」
日課の訓練を終え、シェローさん宅でお昼をゴチになって
それとほぼ同時に、『ピルピルピルピルピルピー』と間の抜けたサウンドが部屋中に響き渡る。
なんぞこれ? アラーム? ケータイの電源入れっぱだったかな?
「なんです? この音」
「これはね」
レベッカさんが立ち上がり、窓際に置いてある玉? に触れると、音は消えた。
「ジローがいるときに鳴ったことなかったわね。モンスターアラーム」
モンスターアラーム! そういうのもあるのか!
ってか、前にレベッカさんが言ってたっけな。ところどころハイテクだな、この異世界。
モンスターアラームが鳴り響いたってことは、モンスターが湧いたってことだよな……。
よし……。
「いい機会だ。ジロー、やってみるか」
戦わせてくれ、と伝える前にシェローさんに先制されてしまった。
そう、モンスターとの戦闘。やってみたいと思ってたんだよね。
さすがに、シェローさんとレベッカさんとの訓練という名のシゴキをやる前は、モンスターと戦うのはちょっと……と思っていたけど、今は、前に見たスケルトンくらいならなんとかなるような気がしている。
なにより実戦経験になるし、人間相手に戦うのと比べれば、どれほど気が楽かしれない。
なんと言っても「モンスターを倒してみよう」というお導きが出ているってのもあるしな。マリナも同じ「モンスターを倒してみよう」ってお導きが出てると言っていたし、俺じゃなくマリナに戦わせてもいいけど、今回は自分自身でどれだけ戦えるかを試す意味でもやってみたい。
マリナがチラチラとこちらを見ているけど、ここはご主人さまに従ってもらおう。
「マリナ、せっかくのお導き達成のチャンスだけど、今回は俺に譲ってくれ。自分で確かめたい」
「うう~。了解であります。マリナは次に出るのを楽しみに待つであります」
「湧く頻度は増してるって言ってたし、すぐだよ、きっと」
多少不服そうだが、どうしてもマリナはどん臭いイメージがあるから。
マリナでも余裕で倒せるようなものか確認したいしね。
身支度をして、表に出る。
武器は魔剣でいこうかとしたが、有無を言わさずシェローさんにトゥハンドソードを持たされた。
「ジロー、訓練だぞ」
「え、はい。えっと、倒せばいいんですよね? 出たモンスターを」
「最終的にはな。まあいい、湧いたやつ次第で指示を出す」
…………?
倒せばいいんじゃないのかな?
森を分け出でてきたモンスターは、前回見たのと同様のスケルトンだった。前回見たとき、シェローさんの大剣に一刀両断されてたのと同じやつだ。
ボロボロの剣と盾を持ち、あやつり人形のような不自然な動きで迫ってくる。
ヒョコヒョコヒョコヒョコ
カクカクカクカクカク
一直線に俺に向かってくるスケルトン。
……あれ? 予想してたのより怖いぞこれ。
正直、余裕だと思ってたんだけど、不気味というか、肌がザワつくというか……。そもそも、こんなリアルな骨とか見たことないわけだし、そんな骨が剣持って迫ってくるとかホラーだし。まッ昼間だからなんとかなってるけど、夜だったらガチ失禁もんだし。
……とにかく、油断だけはしないようにしよう。気を確かに持って……。しかし冷静に……。
スケルトンは、わき目もふらず俺のほうへ向かってくる。
モンスターは、魔力があるほうへ向かってくる性質があり、それはつまり人間を殺すホーミング弾みたいなもんで、シェローさん家はそれを引きつけて殺す……そういう稼業なわけで、それでそのホーミング弾は今、俺に向かってきてるわけで……。
スケルトンの虚な眼窩からは、なんの感情も伺えない。俺に対する殺意も敵意もなにもない。なるほど、自分で例えておいてなんだが、ホーミング弾ってのは言い得て妙だったな。
俺は迎え撃つべく両手剣を握りなおした。
シェローさんはもしもの時にすぐ対応できるよう、後ろで待機してくれている。
「その骨はこのへんに出るモンスターじゃあ最も一般的なやつだぞ。言い換えれば一番弱い奴ってことだな。普通に戦えば今のジローなら楽勝だろう。だが、ただ倒しちまったんじゃ訓練にならん。折角のモンスターだからな、有意義に使おう」
シェローさんが話す間にもスケルトンは向かってきている。どうしろってんだろ。
「そうだな……。まずは適当に相手してみろ。ただし、攻撃を加えずにな」
「えっ、それって」
「ホレ、来たぞ」
眼前に迫り来るスケルトン。
ヒビの入った刃渡り1メートルほどの長剣を躊躇なく突き入れてくる。
俺はこれを剣で弾くが、スケルトンは体勢を崩すこともなく2撃、3撃と打ちこんでくる。
「なんだこれ……」
攻撃は特別重くもなく剣速も遅いんだが、なんつー不安になる動き……。
そう。スケルトンは重力の概念のないフワフワした動きで攻撃してくるんで、人間相手とは全く勝手が違うのだ。なんというか、物理法則を超越した動きというか……。
いやまあ、なにもないところから湧いて動き回る全身骨格に物理法則も減ったくれも最初からないんだが。
「ワハハ。勝手が違うだろう? モンスターは。人間と同じつもりでやれば必ずしっぺ返しを食らう。どんな体勢からでも攻撃してくるしな」
「そっ、それはわかりましたけど、いつまでこうしてればいいんですか」
話している間にも、攻撃してくるスケルトン。まあ、攻撃自体は剣を使ったもの以外になく、単調っちゃ単調。
シェローさんのような、剣術以外にも格闘術や戦場の裏技的な小細工までやってくる百戦錬磨の戦士との訓練からすると、なんとも退屈なものだ。
カンッ! カン! カン! カンッ!
30分ほども、そうして剣戟を続けただろうか。
スケルトンはアンデッドというだけあって、無限の体力でもって相手を倒すまで攻撃の手を止む事はない――と思っていたんだが、だんだん動きが悪くなってくるスケルトン。
「よし、ジロー。そいつの剣を弾き飛ばしてみろ」
スケルトンの動きが悪くなるのを待っていたのか、次の指示が出る。
まだ本体に攻撃しちゃいかんのか……と思いつつ、スケルトンの長剣を避けざまに、刀身の根元から思い切り振り抜き、弾き飛ばす。
弾き飛ばした剣は、くるくると回転しながら飛び、しかし地面に落ちる前に空中で霧散し消えた。
そして、武器を失ったスケルトンは突然ボンヤリと立ち尽くし、ピクリとも動かなくなってしまった。
「ん? ……なんでこいつ急にしおらしくなっちゃったんです? 剣も消えちゃったし」
「武器を失うとモンスターはこういう状態になる。ま、モンスターの特性ってやつだな。他の特性もだいたい理解できたか?」
他の特性は『武器による単調な攻撃』『物理法則に反した動き』『時間経過で動きが悪くなってくる』なんてところだろうか。
「最後にその骨にとどめを刺すわけだが、モンスターには必ず弱点ってもんがあるんだよ。どこかわかるか?」
弱点……? スケルトンなんてほとんどパーツないんだし、頭以外考えられないんだけど。
「頭蓋骨ですか? 頭が弱点って普通すぎますけど」
「頭か。まあスケルトンの場合、頭を破壊しても消えるがな、弱点というと少し違う。胸のとこよく見てみろ」
胸? 骨の胸部とか見ても「肋骨すげぇ」って感想くらいしか……。マリナの胸部とかなら大好物っていうか、まさに俺の弱点ッスけどぉ。
「……ん? なんかありますね、ちっこくて黒いのが。……このわざとらしい弱点臭する物体が……?」
「そうだ。モンスターのエネルギー源である魔核ってやつだ。それが破壊されるか、抜き取られかすればモンスターは姿を維持できなくなる。やってみろ」
やってみろって……。
この魔核を抜き取れってことなんだろうけど、案外小さくウズラの卵程度の大きさのものだ。それが肋骨の奥というか……要するに心臓の場所に収まってんだよね。下から手入れてゲットだぜ! すればいいのかな……。
ボンヤリ突っ立つスケルトンの心臓部分から魔核を引き抜く。なんとなく、スケルトンと目が合ってしまったりして、変な感じ。
「………………」
そんな目で見るなよ……。眼球ないけどさ……。
魔核を引き抜くと同時にスケルトンは消滅した。
魔核は消えずに残った。これで、はじめてのモンスター退治を完了ってことか。
突然、輝き顕われる俺の天職板。
ポンッと小気味良いサウンドを響かせて、天職板は手のひらサイズの妖精に変化した。
本当におひさしぶりだな、こいつ。
「よおよお! 久しぶりじゃねぇか、あんまりお導きサボってると、祝福取り消しちまうぞ。これからはせいぜい心を入れ替えて、世のため精霊様のためにガンバッテくれよ」
ポンッ。
相変わらず口が悪い。てか祝福取り消されたりなんてすることあるのか……? これからはなるべくお導きもクリアしてくように、気にしてたほうがいいのかもな。
そして俺の手には、モンスターの黒い魔核と、新しい黒い精霊石が残されたのだった。
黒い精霊石。
これは……黒曜石かな……。個人的には好きな石だが、価値的には大ハズレだ……。
いや、こっちの世界では、色のしっかりしたやつほど価値があるんだったかな。なら、まあまあ良いものなのかもな。
その後はお導きの達成祝い&モンスター童貞卒業祝いで朝まで宴会になってしまった。
店は休んだ。
◇◆◆◆◇
モンスターからゲットした魔核だが、これがいわゆる魔結晶というものなのだそうだ。普通に倒すより、無力化してから
とはいえスケルトン程度のモンスターの魔結晶では、さほど価値があるわけでもないらしく(それでも銀貨2枚程度の価値があるとか)、今回のは練習を兼ねてただけみたいだけども。
ちょっと気になったんで、魔結晶のことをレベッカさんに聞いてみた答えが以下。
魔結晶ってのはモンスターの核でありモンスターの動力となるもので、今回のスケルトンのように弱らせてから倒すと、結晶が小さくなってしまい、価値が下がる。シェローさんのように、出てきたそばから倒してしまっちゃうのがベター。
今回は無力化してからもぎ取ったが、あのままの状態でモンスターを放置しておくと、そのうちエネルギーが尽きて消滅する。その場合、魔結晶も消える。
つまり魔結晶はモンスターのエネルギーそのもの(モンスター内部にある状態は魔核といい、明確に区別されるものらしいが)。これがデカイほど強力なモンスターとなるが、顕現してからは少しずつだがエネルギーを消費し続けるのでいずれはエネルギーを使い果たして消える。つまり、モンスターに対抗する人がいなくても、エネルギーが消えるまで暴れれば自然に消滅する。この世界では自然災害の一種と言っても間違いではない存在。
モンスターは魔素溜りから湧く。大気中の魔素の濃さと精霊力の濃さは常に反比例する関係にあり、もともと大精霊崇拝の強いハノーク帝国では精霊力が濃く、他の国では精霊力が希薄でモンスターも強いのばかり湧くようなところもある。
逆に言えば、帝国では強力なモンスターは『ヒトツヅキ』の時ぐらいにしか湧かない。
それ故に、他国では精霊石よりも魔結晶のほうが重宝がられる傾向にあり、他国から精霊石を買い付けてくる商人もいる。ただ他国はそもそも宗教が違うため『大精霊の祝福』を受けた人が少ないため、専用の商売にできるほど、精霊石が多く手に入らない。また手放す人も少ない。
精霊に愛された種族として、ハイエルフやエルフがいるように、魔素を扱うのに長けた種族が他の国には存在する。
祝福を授ける神も違うそうで、大精霊ル・バラカだけが祝福を授ける存在というわけではない(つまり天職という概念は万国共通)。
大気中の魔素率が最も多いとされる国(厳密には自治領)通称『山岳』は大気中のほとんどが魔素であり、モンスターも強力なものが多く湧く。
だが、魔素を食べる種類の魔獣やドラゴンも跋扈している為、モンスターはその性質上「より大きい魔力のある方向」、つまり魔獣やドラゴンの方へ向かい、本来人間が暮らせるような環境ではないのだが、(モンスターの目が人間に向かないために)案外暮らせている。
なにより、モンスターは魔獣やドラゴンを倒しても放置するだけなので、人間はそれをハイエナするだけで、魔獣やドラゴンの素材で巨万の富を得ることができるとかなんとか。ハイエナするのは周辺国から買われてきた哀れな奴隷の仕事らしいが。
ちなみに、マリナは俺が買わなかったら『山岳』送りになっていたところだったんだそうだ。恩に着せるつもりはないが、単純に助けられて良かったと思う。
閑話休題。
無事「モンスターを倒してみよう」のお導きをクリアし、新しい精霊石をゲット。こないだオリカの目を治すのに一つ使っちゃってたんで、これで今手元にある精霊石は2つ。ラピスラズリと黒曜石。
モンスター倒して魔結晶も手に入ったんで、魔結晶も一つ。魔結晶は黒曜石と似た黒くツヤのある石で、サイズはピンポン玉くらい。直径で2センチもない。
「ちっせぇ。精霊石がコブシ大だから余計に小さく感じるな」
「スケルトンはモンスターの中でも弱いほうみたいですし、仕方ないのです。ヒトツヅキで湧くモンスターの魔核は人間の頭部ほどもあるらしいのよ、ご主人さま」
「原付のエンジンと、アメ車のエンジンの差みたいな感じかな。排気量差100倍……みたいな」
「あめしゃ?」
「いや、こっちの話」
今はディアナと2人で店番中だ。マリナとエトワはお昼を買いに行っている。昼食はテイクアウトしてきて食べるパターンが多い。交代で飲食店に食べに行くケースもあるにはあるが、店を空けられない都合上、誰かが留守番しなきゃならないからな。
それに、市場だけあってテイクアウトでも美味しいものは沢山あるからね。
それにエトワを雇ってから、美味しい店を教えてもらったりして、食生活はさらに豊かになってきている。やはり地元民は美味しい店をよく知っている。
今日も、なんか美味しいものを買ってきてくれるらしく、楽しみに待っているところだ。
商売も順調、店員さんも雇えている。
訓練も順調でモンスターも倒した、魔結晶なんてものもゲットした。
立派な屋敷もあって、メイドがいて馬だっている。
毎日美味しいものを食べて、ディアナとマリナとの関係も(進展こそないが)良好だ。
いやぁ、異世界生活が順風満帆すぎて、地球からドロップアウトしてしまいそうだわぁ。
仕入れの必要がなければ、もうずっと異世界で暮らしたいくらいだよ!
異世界最高!