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第65話  モーニングティーは実家の香り



「おはよう、お、ディアナが起きてるなんて珍しいな」


「私はいつも早起きなのよ。ただ、ベッドから出られないだけなのです」


「そういうのは起きたうちに入らないんじゃないのかな……」


 次の日、リビングルームでボンヤリと茶を飲んでいるディアナを発見。まだ早朝といっていい時刻で、7時を少し回ったくらい。こんな時間にディアナが寝室の外にいるのは、かなり珍しいことだ。

 低血圧というか、朝は基本的にボーっとしているからな。


 残り2人の我が屋敷の家人であるマリナとオリカは、朝7時ともなれば、2人とも2仕事くらいはとっくに終えている時間。朝食の準備だってすでに整いつつある。

 俺も朝それほど強いほうでもないんで、7時くらいまで寝てることがほとんどだが、これでもエリシェで店を持ってから早くなったほうである。プロニートだったころは(今でも厳密にはプロニートに違いないんだが)、昼近くまで寝てるのがデフォだった。


 だから――というか、朝、マリナとオリカが寝過ごしてるところは一度も見たことがない。マリナはもう少しだらしないイメージがあったが、屋敷の仕事をやるのが好きなのか、それとも貧乏暮らしが長い故の習慣か、朝から積極的にオリカを手伝っている。

 マリナはオリカと仲がいいし、ディアナともうまくやっているようだ。

 ディアナとマリナは毎日一緒に一つのベッドで寝ているはずだしな。親睦も深まってきているだろう。


 ……タイミング完全に逃しちゃって「ご主人さまも一緒に寝ゆ!」とか言い出すようなアレじゃなくなっちまったのが残念極まりないけどね。

 やはり基本プレイもままならない童貞には、スーパープレイはハードルが高かったということだな……。志だけは人一倍高いんだが……。


 オリカも毎日よく働いてくれている。

 日の出の頃には起き出して、水を汲んだり、部屋の空気を入れ替えたり、かまどに火を入れたり、厩舎の掃除をしたり、馬に餌と水を上げたり、村に行って新鮮な卵や野菜なんかを調達したりしている。

 最近は、水汲みや馬の世話はマリナが担当しているみたいで、二人で協力しあってて微笑ましい。


 リビングルームから、ダイニングへ向かうと、ちょうどマリナとオリカが和気藹々と朝食の準備をしているところだった。



「オリカは来週17歳の誕生日があるんでありますか! なにかお祝いをしたいでありますな」


「ホントに!?」


「マリナに任せるであります。こんなこともあろうかと、主どのから頂いた銀貨をとっておいたであります」


「え、うれしいけど、悪いよ。なんか拾った綺麗な石でもくれればじゅうぶんだよ」


 オリカの誕生日が近いようだ。

 しかし拾った綺麗な石でいいって……。文化の違いなのか、遠慮してるのか良くわからんな。


「そういうわけにはいかないであります。17歳の誕生日は特別なのであります。マリナに任せるであります」


 ドンと胸を叩くマリナ。

 オリカに対しては普段は大人しいマリナも、お姉さん風を吹かすというか、なかなか気が合っているようだな。オリカも懐いているようだし。

 しかしマリナめ、お年玉であげた銀貨をいまだに持っていたのか。まあ、あげたお金だし何に使おうと自由だけど。


 俺はそっとリビングに戻り、ソファに腰掛けた。

 向かいのソファでダラダラしているディアナに話しかける。


「なあ、ディアナ。向こうでマリナとオリカが話してたんだが、17歳の誕生日ってこっちじゃ特別なのか? 成人が17歳からとか?」


「えっと、ヒトは普通20歳で成人だったはずですけど……。17……? 17歳はちょっとわからないのです……。すみませんヒトの文化はまだよく知らないことがあって」


「ヒトって……。種族によって違うのか?」


「寿命も違いますし、成長の仕方も様々なのです。例えばエルフの場合は、普通は30歳で成人となりますし……。ああ、ひょっとしたらターク族の成人が17歳なのかも……」


「三十路で成人…………ところでディアナっていくつなん?」


 エルフに年齢聞くのって、なんか怖くてスルーしてたけど、成人年齢が30歳っつーし、やはり聞いてみたい。

 エフタは「若いエルフ」って言ってたけど、全くアテにはならんからな……。

 100歳超えもあるで……。


「気になるのです? ご主人さま。私が何歳いくつか」


 ティーカップを片手に、イタズラっぽく微笑むディアナ。

 俺は素直に答えた。


「そりゃね。見た目は20歳前後にしか見えないが、20歳にしては落ち着きすぎてる感じもするし。……やっぱ、100歳超えてるのか!?」


「ええっ、100歳!? ……朝からご主人さまは無礼なのです。私は……これでもまだ21歳なのよ」


 21歳!?

 え? ディアナってば同い年だったの?

 つい驚いて固まってしまった。


「そんなに驚かなくても……。ご主人さまは、もっと年上のエルフのほうが好みだったのです? もう」


「あ、いや、そういうわけじゃあないんだよ。やったぁ、同い年でうれシー」


「同い年?」


「ん? 同い年。俺も21歳ってことだけど」


「私、ご主人さまはもっと年下だと思っていたのです……」


 日本人が海外に行くと若く見られるっていうアレか?

 それとも見た目ではなく、言動だの行動だの思想だのが幼い……という意味だったりして。


 まあ、エルフにとってみれば年上とか年下なんか大して関係ない問題なんだろうな、実際。

「30過ぎたら同い年」なんて有名な言葉があるけど、エルフも長寿になればみんな同い年みたいな感覚になるに違いない。


 決して、性的に成熟してない男だから誰にも手を出さない=年下、みたいな方程式で年下だと思っていたというわけではない……はずだ。


 だって、よく考えることもなく、今のこの状況はイビツだ。

 不健全ですらあると言い換えてもいいかもしれない。


 一つ屋根の下に、男一人に若い女が3人も住んでるのに、本当に何事もないんだから。ただでさえ、この世界みたいなちょっと原始的なところじゃあ、男女の関係が進むのは早いんだろうに。


 これがあんた、日本人だったとしても、ちょっとやり手の男だったらもうとっくに全員孕んでるレベルですよ。

 商売だって、もっと上手にデカくするんだろうし、奴隷女なんかもバンバン買っちゃったりするに違いないよ。


 そりゃあ俺だって、そんな風に振舞えたら……って思うこともあるよ?

 でも、異世界だからって夢の中みたいに自由に振舞えるわけでもなければ、俺という人間が別のスーパーマンになるわけでもないんだわ。


 ブラック企業で病んでニート続けてるダメな21歳(しかも童貞)っていう現実は、なにも変わらないんだ! チート能力よりイケメンマインドをくれ!



 ディアナは、今まだ部屋着だ。

 部屋着は薄手のワンピースで、素材はスパイダーシルク。俺が買ったものではなくディアナの元々の持ち物で、かなり高価な品らしい。

 スパイダーシルクってのは、なんとかスパイダーとかいう魔獣(クモが獣ってのは違和感あるが、この世界ではそういう分類らしい)が出す糸を加工したものだそうだ。


 薄手のワンピース一丁で、足にはスリッパ(これは100円ショップの)を突っかけ、脚を組み、ソファにもたれかかって、ボンヤリ茶を飲んでいる。

 うちの姉が日曜日の朝に「題名のない音楽会」を見てるときと同等のリラックスぶりである。


 ……うーん。やっぱ俺って、男として認識されてないってことなのかな? と一瞬考えたが、まあ多分、ディアナはただ単にお姫さまなだけだろう。


「ディアナってさ、実家にいるときもこんな感じだったのか? ハイエルフはエルフの王族って話だったっけ? お城とかに住んでたん」


「こんな感じがどんな感じかはわかりませんけど、この屋敷は精霊力に溢れていて実家と感じが似ているのです。私の家はたしかに里では一番の屋敷ではありましたが、お城というわけではなかったのよ。普通のお屋敷なのです」


 実家気分でリラックスできているなら、良いことだな。ディアナの実家がどこにあるのか知らないけど、近くではないだろうし。

 まあこの世界の21歳なんて、完全に親元を離れて行動する年齢なんだろうから、ホームシックがどうのってこともないんだろうが。


「それに……、ハイエルフは確かにエルフの王族ではあるのですが、エルフの国……というものがあるわけではないですよ?」


 なんか前にもそんなこと聞いたような覚えがあるな。じゃあなんで王族ってことになってるんだろ。国がないのに王族……? 意味がわからない。


「でも、もともと住んでた里ではどうだったんだ? 村人は全員ハイエルフだったのか?」


「里は私の一族だけがハイエルフで、あとは普通のエルフなのです。でも、父が村長というわけでもありませんし…………どちらかといえば、名誉種族みたいな……」


 里の長ですらないらしい。なんだこれ、天皇みたいなものなのかな。


 でもエルフってなんか希少種族みたいなイメージがあったけど、村人全部がエルフというと、別に希少というわけではないか……?

 エフタから聞かされた、エルフ奴隷が超高額というイメージが強烈だったからか、なんかエルフってすぐ捕まって性奴隷にされちゃう印象が……。


「その里って、あれか。悪い人間の目から逃れた森の奥にある隠れ里なのか?」


「……悪い人間から逃れてるわけではありませんが、場所は大森林の中にあるので、隠れ里と言ってしまっても良いかもしれないのです。あの場所に里があるのは、単純に精霊力に満ちた場所が住みやすいというのが、理由だと思うのですけど」


「そっか。大森林ってくらいだから、よほど森の深いところにあるんだろうね。それで世界樹とか言われる大木が中心にあって、その周辺が村になってて住んでたら完全にゲーム世界だな、ははは」


「……え、なんでご主人さま知ってるんです? 確かにエルフの里は世界樹の根元にあるのです。それほど知られた話ではないはずですが……」


 ホントにそうなのかよ!

 いろいろゲームみたいとは思ってはいたけど、お約束にもほどがあるぜ。


「じゃあ、葉っぱを使うと死んだ人が生き返ったりは? 朝露を飲むと元気100倍に体力回復したり、中が迷宮になってたり、根元に聖剣が刺さってたりするの?」


「世界樹はただのメルゼセコイアの大木なのです。葉っぱで生き返るとか、なんのことなのです……? でも、確かにかつて根元に剣が刺さっていたという伝説は聞いたことあるような……。……なんで、ご主人さまはそんなことを知っているのです?」


 なんでと言われても困る。

 昔、そういうゲームがあったから……とか言っても仕方ないし。


「向こうの世界では、世界樹はそういうもんなんだよ」


「そうなのです?」


「そうなのですよ。……それより、エルフの里に興味があるな。是非一度行ってみたい。ディアナの親にも挨拶したいし」


 いや、挨拶はいいか。「娘さん奴隷にしちゃいました。テヘ」とでも言う気か。ぶん殴られるわ。


 それより、エルフ天国がこの世にあるのなら、それはどうやら世界樹の根元にあるようだ。

 しかも、ディアナがいれば顔パスみたいなもん。

 ドワーフ親父が跋扈してそうな鉱山街なんかに行く前に、まずエルフ村から攻めるべきかもしれん。

 一眼レフのデジカメ持ってって、撮影して「エルフの里」とかいうタイトルで出版したら大ヒットするに違いない。チマチマ異世界の品をオクで売ったり、ビビりながら金を買い取りセンターに持ち込むより、ずっと健全なんじゃねーかな、これ。

 物体でなく、情報売ってるようなもんだし、CG加工したって言えば通るだろうし、妖精板スレでの仕込みも万全だしな……。


 俺がそんな妄想を繰り広げているとは露も知らず、パッと笑顔を輝かせて、


「ぜひ一度来てくださいご主人さま! お父さまにも紹介したいのです」


 などと仰るディアナ姫。


 紹介って「私のご主人さまです!」とでも言う気なのかディアナよ。

 そんなの、ぶん殴られるぐらいじゃ済まないよ!






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