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第67話  飾りレースは詐欺の香り




「なあ、ディアナ。どっかで見たことある感じの人がいるよ」


「あら、奇遇ですねご主人さま。私もあの紫色の髪には見覚えがあるのよ」


「ああして見ると、やっぱり派手だな」


「髪がですか?」


「いや、鎧……。エリシェみたいな平和な街じゃあ、やっぱ似つかわしくない装備だったかなぁ? 個人的には超カッコイイと思うけど、単体でああしてるとなんかの罰ゲームみたいに見えなくもない」


「そうですか? 私はそこは違和感感じませんが……」


「そういうもんか。こっちの世界では。しかし――」


 問題の屋台の前でマリナがなにやら店主と揉めていた。

 オリカの誕生日プレゼントを買うつもりなんだと思ってたけど、エルフの里関係の品でも買うつもりだったのだろうか。


「――なんか揉めてるっぽいな?」


「そのようですね。声掛けます?」


「……いや、少し様子を見よう。マリナがどうするのか気になる」


「本当に奇遇ですねご主人さま。私もそれがいいと思っていたところなのよ」


「お前が言うと普通に意地悪で言ってるぽく聞こえるな」


「言いがかりなのです、ご主人さま。これはバカな妹を見守る姉の心境なのよ」


「言いがかりってか、バカってハッキリ言ってるよ!」


 マリナは街に来るときは基本的に騎士甲冑をバッチリ装備して、ハルバードもしっかり持ち歩いている。俺とディアナがいっしょの時は、ディアナがアレだからかさほど違和感ないんだが、単体でいるとけっこう悪目立ちする。そうでなくてもターク族だ。他のターク族はほとんど街で見かけたことがないし、このへんでは少ない種族なのだろう。

 それが市場の屋台の前で揉めているとなると、すげー目立つんだわ。


 俺とディアナは、興味半分で見守ることにした。ヤバそうだったら仲介すればいいしな。



「どうしてでありますか? なぜ売ってくれないのであります?」


 どうやら、商品を売ってもらえないらしい。


「しつけーな、お前さんも。売れないものは売れないんだよ。ったく」


 にべもなく、つれない店主。


「……お金ならちゃんとあるであります」


「金のことじゃねぇんだ。ここで売ってるのは、霊験あらたかなエルフの里の品物でな、偽エルフなんかに売ると店の沽券に関わるんだよ。ったく、ターク族のくせに身ぎれいにしやがって……」


 うーん……。これがターク族の差別の実態なんだろうか。確かに迫害される……というほどではないけど……、紛れもない差別意識の現れ……。


 実際、俺やディアナがいっしょの時はこういった差別的なものに出会うことはなかった(ポッチャリは別にしても)。それは多分、主人がいる時に奴隷にわざわざ無礼なことをしないとか、そういう――言わばマナーみたいなものが存在しているからなんだろう。

 防具屋で騎士鎧買った時も、店主は終始ニコヤカではあったが、心中ではあの屋台の店主と同じように「ターク族の癖に……」と思っていたのかもしれない。

 マリナが妙に俺といっしょに行動したがるのも、これを回避するためだったのかな。そういう打算がある雰囲気ではなかったけど、人の深層心理なんかわからんもんだしな。


「ディアナ、屋台でなにを売ってるか見えるか? エルフの里の特産品って話だけど?」


 ハイエルフ様の視力はコイサンマン並。屋台まで50メートルは離れてるけど余裕だろう。


「えっ……と……、あれは……レース? レースを売っているようですが」


「レースってあの白い紐を編んで作る、あのレース?」


「はい。飾りレースの店のようなのです」


 レース屋か、珍しいな。

 そういえば俺も布は扱ってもレースは手を出してなかったっけ。


「エルフの里はレース作りが盛んだったりするのか?」


「いえ……、少なくとも私の知るかぎりでは、レース編みをしている者はいなかったはず……なのですけど」


 とすると、やはり騙りか? 

「消防署のほう・・から来ました」っていうアレか? まさに「エルフの里のほうから来ました」だな。騙り商法とはまた古臭い。


 店主に追い返され、しぶしぶ引き下がるマリナ。諦めきれないのか、下唇を噛んで、しばらく屋台を遠巻きに見つめていた。


 さて、半端な詐欺師はやっつけてやるか。


 あの場で、屋台の店主をたしなめて、偽物じゃないかと指摘したり、マリナの代わりに俺がレースを買うのは簡単だ。

 でも、そんなんじゃあ気が済まないしな。別に正義感出すわけじゃないけど、商売ガタキの上に差別主義者じゃあ情状酌量の余地もない。


「ディアナ、あの屋台懲らしめるから、ちょっと待っててくれ。状況によっては協力してもらうんで、詳しい説明はそのときにでも」


「? わかったのです」


 一人でインチキ屋台へ向かう。

 売り物は確かに飾りレースの店のようだ。花や草の文様をあしらった帯状のレース、幾何学模様の四角い飾りレース、清楚なレースのハンカチ。

 我々にとって最も馴染みのあるレースといえば、レースのカーテンだろう。だがこれは、ああいった工業品ではなく、当然手作りの品だ。作りが良い物には見えないし、デザインが細かいわけでもないが。

 看板に、大々的になにか書いてあるが、あいにくまだ俺はこっちの文字が読めない。おそらく「エルフの里直送のレースの店」などと売り出しているのだろう。

 俺は話しかけた。


「あの、エルフの里の品物を扱っているお店というのは、こちらでよろしかったでしょうか?」


「おう、そうだぜ。兄さんもひとつ買ってくかい? エルフの里の特別な品物だから、安く……ってわけにはいかねえがな」


 どうやら俺のことは知らないようだな。

 ディアナと俺を知っていて、この商売を思いついた……というわけではないということだ。

 これならやりやすい。


「……へぇ。このレースがエルフの……。ちょっと見た感じ、普通のレースのようにも見えますが、きっと素晴らしい加護がかかっているんでしょうね」


「へへへ、エルフの手作りだからな、見た目は特別じゃあないが、兄さんの言うとおり精霊の加護がバッチリよ」


 なるほど。ここまでは想定通りだな。大して価値のない商品を、ありもしない付与効果をデッチ上げて高値で売る……。騙り商法と霊感商法のハイブリッドというわけだ。まあ、実際に精霊加護のあるアイテムが存在している世界だから、霊感商法はちょっと違うのかもしれないが。

 一応、商品もこっそり「真実の鏡」で鑑定してみたが、やはり単なる普通のレースである。精霊の加護(笑)


「すばらしいですね。それでお値段はいかほど……?」


「エリシェまでは脚賃がかかってるからな、一番安いこのハンカチで銀貨1枚だ。エルフの里はここから遠く離れた『山岳』の麓の森。これでもかなり勉強してるんだぜ?」


「なるほど。それなら銀貨1枚でも頷けますね」


 微妙なボリかただな。まあマリナが買おうとしてたぐらいだから、それくらいだろうとは思っていたが……。

 ハンカチで銀貨1枚から2枚。帯状の飾りレースは銀貨2枚から4枚。四角の布の縁を飾るためのレースは銀貨5枚。この世界でのレースの相場がどんなもんかはわからないが、ハンカチ1枚15000円相当ってことだからな、日本でもそうそうないっていうか、下手したらエルメスでも買えるレベル。

 レースが嗜好品で高めなんだとしても(こっちの世界は嗜好品が基本的に高価)、高いは高いか。


「で、どうする? 買うかい兄さん」


「ええ、とても素晴らしい品で是非欲しい……と言いますか、えっと……そちらは行商でエリシェに来ているんですよね?」


「おう、そうだ。まだ10日ほどだが良い街だな」


「ええ、本当に良い街です」


 だから、ボッタクリ業者は排除しなきゃな。


「実はワタシ、この街で小さいですが商いをやらせていただいてるものでして、今日は噂を聞いてうかがった次第なのですよ。ワタシと同じ、エルフの里の品を売っているという話を聞いて……」


「お……おお、そうだったのか。同業ってわけかい」


 微妙にキョドるインチキ業者。同業だけど、同業じゃない。ちょっぴり同業な詐欺師。


「ワタシが仕入れている里ではレース作りをしておりませんので、売り物は全く別の物なんですよ。しかし、うちもエリシェで『エルフの里』の看板を出している以上、エルフの商品はなるべく自分のところで扱いたいというわけです」


「それで、偵察に来たってわけなのか?」


「いえ、それもありますが、せっかくですし情報交換などしようかと思いまして。そちらが契約しているエルフの森は『山岳』の麓ということでしたが、ワタシが取引しているのは『ヘリパ湖』をさらに北上した森林地帯でして、ここからはそれほど遠くはないのですが、その里にはあまり特産品と言えるものがないのですよ。そうしたら、他のエルフの里の品を売るという商人さんが、来ているというではないですか。ならば交渉して、商品を譲っていただこうかと」


「ん? これを全部買ってくれるのか?」


「はい。……と言いたいところですが、そちらもすべてをワタシ一人に売るというわけにもいかないでしょう。なによりワタシも持ち合わせが、そこまでありませんし」


「いや、買ってくれるなら全部買ってくれてもいいぞ。また仕入れてくるだけだしな」


「おお! なんて心の広い方だ……。しかし、先ほど申し上げましたように、そこの品をすべて買い上げるほどの手持ちがないのです……」


「じゃあ、どうすんだ?」


 グッと乗ってくるインチキ業者。

 最初にOKを出しておいて、後から条件を付与していく。なんとかテクニックって名前が付いてるんだよな、こういう心理を突いた技って。

 まあ、詐欺ぽい商談では、たいていはそういうテクを複合的に使って進めてくもんだから、一言で言い表せるものでもないけど。


「実は、ワタシは『ヘリパ湖』の北のエルフの里とは専属商人の契約を結んでおりまして、まだ他の街には里の品を卸したことがないのですよ。……ワタシはここの市場で小さい店舗で商売しているだけの、駆け出しですしね」


「それがどうして専属なんかになれたんだ?」


「いやぁ、お恥ずかしいのですが、偶然といいますか。森で助けたエルフがその里の長の娘さんでして、そういう縁で……。それまでは、人間とはほとんど関わりを持たない生活を送っていた里でして、運良くワタシが専属として――規模は小さいですが、品物を扱わせていただいているというわけです」


「ほほう」


「それで……、そちらが良ければですが、同じ値段で売っている品で、どちらもエルフの里の品物ということで……、交換……というわけにはいかないでしょうか」


「交換?」


「はい。実は今日ちょうど里の品物を受け取る日でして、商品の交換で手持ちの金のほとんどを使ってしまったのですよ。ですから、商品は大量にあっても、手持ちはほんの銀貨数枚……という状況でして。ああ、ちょうどまだ近くに商品を持って来てくださるエルフ様がいらっしゃるはずですから、お連れしましょうか。エルフの里の品とただ言っても信用できないでしょうし……」


「交換……交換か……。それでそっちが扱ってる品はどういうものなんだ?」


「塩です」


「は? しお?」


「はい。詳細な場所は秘密ということですが、里をさらに北上しますと彼らの聖地『ヒマラヤ山』という山がありまして、そこで採れる貴重な岩塩は精霊力を豊富に含み、普段から食用にすることによって、精霊の御力を得られるという素晴らしいもの。それを更に里のエルフ達が精霊魔法にて健康祈願、無病息災、金運上昇、財産上昇、商売繁盛、千客万来、出世成功、昇格昇進、恋愛成就、縁結び、安産祈願、子宝、合格祈願、学業成就、家内安全、旅行安全、厄除け、そして開運除厄の加護を施し、お守りとして所持するにも最高の一品となっております」


 うわぁ! 嘘がペラペラ出てきちゃう! 我ながら盛りすぎ! 詐欺師の天職が怖い!!


「どうでしょうか? いえ、ワタシの売っている塩では、レースとは吊り合わないとは思いますが、同じエルフの里の品物ということで――」


「……よしわかった。同業者のよしみで、交換に応じてやるよ」


 釣れた!

 インチキ業者は笑いをこらえきれないといった様子だ。すでに勝利? を確信しているんだろう。

 まあ、奴からすれば、それこそエビでタイが釣れたようなもんなんだろうからな。


「おお! そうですか、ありがとうございます! それでは商品を持ってまいりますので、少々お待ちください!」


 俺は慇懃に一礼して、踵を返した。






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